研究成果

カポジ肉腫の原因ウイルスのタンパク質のはたらきには4つのシステインが必要~AI予測構造を活用したウイルス性複合体構成因子の機能性領域の探索~ 目標3:すべての人に健康と福祉を

     琉球大学大学院医学研究科の渡部匡史講師、大野真治教授らと、アメリカン大学(米国)、京都薬科大学の国際共同研究チームによる研究成果が、米国微生物学会の学術誌「Journal of Virology」に掲載されました。

    <発表のポイント>

    • カポジ肉腫は、カポジ肉腫ヘルペスウイルスというウイルス感染により生じるがんの一種で、日本全体での発症は非常に稀な一方、沖縄県宮古島で発生率が高いことが知られています。
    • 渡部講師、大野教授らの研究チームは、ウイルスが増殖する際に必須となるウイルスタンパク質複合体に着目し、AI予測構造モデルを活用しながら、複合体機能に必須なORF34ウイルスタンパク質の領域や構造を決めるための解析に取り組みました。
    • その結果、ORF34に含まれる4つのシステインが重要であり、構造予測等から金属イオンの取り込みが示唆され、それを支持する実験結果も得られました。
    • 今回の研究結果を発展させることで、ウイルスタンパク質複合体がつくられることを阻止してウイルス増殖を止めるといった、新しいしくみをもつ抗ウイルス薬の創薬にもつながっていくことが期待されます。
    <発表概要>
    【研究の背景】

     カポジ肉腫ヘルペスウイルス(KSHV: Kaposi’s sarcoma herpesvirus) (注1)は、腫瘍やリンパ腫の原因となるがんウイルスです。初めて感染した後には生涯にわたり潜伏感染を維持しますが、通常の健康状態であれば、寿命を迎えるまでにこのウイルスによる病気は生じないことがほとんどです。しかし、沖縄県宮古島ではこのウイルスを原因とした腫瘍の一つである古典型カポジ肉腫(注2)の発生率が高いことが報告されています。
     ヘルペスウイルスを含む多くのウイルスは、潜伏感染時には宿主細胞のタンパク質群を利用し、メッセンジャーRNAをつくり、ウイルスタンパク質を作りだすことで自己複製をはかります。この際、複数の宿主タンパク質から構成される転写開始前複合体(注3)を利用するのが一般的です。
     しかし、KSHVと一部のヘルペスウイルスは、潜伏感染状態から盛んにウイルスをつくる状態に移行するとき、宿主由来の転写開始前複合体を利用せずにメッセンジャーRNAをつくり始める場合があることが明らかになってきました。この際、利用されるのがウイルスタンパク質群から構成されるウイルス性転写開始前複合体(注4)です。
     ウイルス性転写開始前複合体は、少なくとも6種類のウイルスタンパク質から構成されていると推定されており、渡部講師、大野教授らの研究チームは今回着目したORF34ウイルスタンパク質など、その一部についてこれまで明らかにしてきました(参考文献1、2)。しかし、この複合体が機能するうえで、ウイルスタンパク質のどの部分がどのようにはたらいているかについては不明な点が多く残っていました。

    【研究の内容】


    図1:KSHV ORF34の構造予測モデル(a)と類縁ウイルスタンパク質と共通しているアミノ酸(b)  [当該論文より一部改変]

     KSHVの遺伝子がコードするORF34タンパク質はウイルス性転写開始前複合体の構成因子として分かっていましたが、タンパク質中のどの領域がその機能に重要かについては未解明でした。そこで、深層学習(AI)アルゴリズムAlphaFold2(参考文献3)によりタンパク質構造予測モデルを作製し、得たモデルと既知の類縁タンパク質で共通しているアミノ酸配列とを照合しました(図1)。予測された構造をもとにタンパク質の機能に重要と考えられる部位を抽出し、それらに変異を加えた計18種類のORF34変異タンパク質を準備して、細胞を用いた実験で、それら変異タンパク質の各種機能解析を実施しました。 
     

    図2:各種アミノ酸変異体の解析スコア(ウイルス産生量,ウイルス膜タンパク質発現量と遺伝子発現量,ウイルスゲノム上への集積,他の複合体構成因子との結合度)と階層クラスタリングによる分類 [当該論文より一部改変]
     
     具体的には、ORF34を含む複合体としての機能が維持されているかどうかを確認するために、ウイルス産生量、ウイルス遺伝子発現量、ウイルスゲノム上への集積を、変異タンパク質と変異のない野生型タンパク質とで比較しました。加えて、ORF34と他の複合体構成因子との結合度合いについても同様に比較しました。結果、ORF34タンパク質配列の中で少なくとも4つのシステインが機能に重要であることが変異体解析により示唆されました(図2)。


    図3:ORF34タンパク質中の4つのシステインの位置と,亜鉛イオンとの局所結合予測モデル [当該論文より一部改変]

     さらに、ORF34タンパク質中でのそれら4つのシステインの立体配置を構造予測モデルで確認すると、タンパク質内部で相対した4面体構造をとりうることが示唆されました(図3)。この構造はタンパク質が金属イオンを保持する際の構造ときわめて似ており、ORF34は分子内に金属イオンを保持することでその分子構造を安定化させて機能しうることが考えられました。また、構造予測モデルに別のイオン結合予測アルゴリズムを組み合わせることで、当該部位に亜鉛をはじめとした金属イオンが結合しうることが推定されました(図3)。さらに、金属イオンを除去した実験において、ORF34タンパク質と他の構成因子との結合度合いの低下が観察されました。この結果は、前述したアルゴリズムの予測を支持するものだと考えられます。
     今回の研究では、コンピュータ上での予測解析と、実際の生物学的実験とを組み合わせることで、一歩踏み込んだ形で、カポジ肉腫ヘルペスウイルスのウイルス性転写開始前複合体を構成するタンパク質の機能的領域の解明に近づくことができました。これらの情報は、複合体がはたらく際に、どのような形をとりうるのかを理解するのに重要だといえます。

    【今後の展望】

     現時点で、カポジ肉腫ヘルペスウイルスそのものに対して有効な薬剤はありません。一方で、今回研究対象としたウイルス性転写開始前複合体は、新しいウイルスが作り出されるためには不可欠なしくみです。仮に、この複合体が組み合わされるのを阻止するような物質や薬剤を発見できれば、カポジ肉腫や関連リンパ腫治療につながる創薬に大きな進歩をもたらすことができます。その土台として、本研究で実施したような各種分子機能と構造との詳細な関連性の解明は必須な研究課題です。また、同じヘルペスウイルスのヒトサイトメガロウイルスやEBウイルスもそれぞれ同様の複合体を持つことから、これらヘルペスウイルスを原因とする疾患に対する創薬にもつながる可能性があります。

    <用語解説>

    (注1)カポジ肉腫ヘルペスウイルス:カポジ肉腫から発見されたヘルペスウイルス。カポジ肉腫以外にもB細胞系リンパ腫の原因ともなる。アフリカ諸国では感染率・発症率ともに高く臨床的に問題となっている。
    (注2)古典型カポジ肉腫:カポジ肉腫ヘルペスウイルス感染のみを原因とする上皮系がん。表皮上に隆起した紫斑が形成されることが多い。地中海沿岸の高齢男性での発症例が多く1800年代後半にモーリッツ・カポジにより報告された。一般的に日本全体で発症率の高いカポジ肉腫は、HIV感染を伴ったAIDS関連カポジ肉腫が多数を占める。
    (注3)転写開始前複合体:TATAボックス結合タンパク質、基本転写開始因子群から構成される複合体、RNAポリメラーゼIIをゲノム上の転写開始領域にリクルートして、メッセンジャーRNAの合成を開始する。
    (注4)ウイルス性転写開始前複合体:カポジ肉腫ヘルペスウイルスのウイルス性タンパク質から構成される複合体。宿主の転写開始前複合体と同様にRNAポリメラーゼIIのリクルートに関わる。ウイルス膜タンパク質などのウイルス粒子を構成するタンパク質の発現調節に深く関わっている。

    (参考文献1)Nishimura M, Watanabe T, Yagi S, Yamanaka T, Fujimuro M. Kaposi's sarcoma-associated herpesvirus ORF34 is essential for late gene expression and virus production. Sci. Rep., 7, 329., 2017.
    (参考文献2)Watanabe T, Nishimura M, Izumi T, Kuriyama K, Iwaisako Y, Hosokawa K, et al., Kaposi's Sarcoma-Associated Herpesvirus ORF66 Is Essential for Late Gene Expression and Virus Production via Interaction with ORF34, J. Virol., 94, e01300-19., 2020.
    (参考文献3)Jumper J, Evans R, Pritzel A, Green T, Figurnov M, Ronneberger O , et al., Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold, Nature , 596, 583-589, 2021

    <研究支援体制>

     本研究は、文部科学省科研費21K08509(研究代表:渡部匡史)、JP19K07669(研究代表:大野真治)、武田科学財団薬学系研究助成(研究代表:渡部匡史)、乳酸菌研究会研究助成(研究代表:大野真治)、琉球大学若手研究者支援研究費20SP04102(研究代表:渡部匡史)、琉球大学医学部先端医学研究支援事業(研究代表:渡部匡史)の支援を受けて行われました。

    <論文情報>
    1. タイトル:Conserved cysteine residues in Kaposi’s sarcoma herpesvirus ORF34 are necessary for viral production and viral pre-initiation complex formation
    2. (和訳)カポジ肉腫ヘルペスウイルスORF34分子中の保存システイン残基はウイルス複製とウイルス性転写開始前複合体形成に必要である
    3. 雑誌名:Journal of Virology
    4. 著者:Tadashi Watanabe*, Aidan McGraw, Kedhar Narayan, Hasset Tibebe, Kazushi Kuriyama, Mayu Nishimura, Taisuke Izumi, Masahiro Fujimuro, and Shinji Ohno*   (*; Corresponding author)
    5.  DOI:https://doi.org/10.1128/jvi.01000-24
    6.  URL:https://journals.asm.org/doi/10.1128/jvi.01000-24