琉球大学理工学研究科博士後期課程の安里瞳氏と琉球大学熱帯生物圏研究センターの戸田守准教授は、宮古諸島に固有のトカゲで絶滅が危惧されているミヤコカナヘビの生態を5年半にわたり調査し、その生活史特性を解明しました。 |
<論文の概要>
研究背景:昆虫類など小型の動物はしばしば寿命がとても短く、1年に複数世代を繰り返す生活史(ライフサイクル)をもちます。1年のうちに回る世代数を表す言葉として「化性」という用語があり、年内に複数世代を繰り返すものを「多化性」と言います。脊椎動物では、魚類やネズミなどの小型哺乳類の一部が多化性であることが知られていますが、爬虫類でそれが明示的に示された例はありませんでした。多化性が達成されるためには、成長と成熟が非常に早く、かつ年内の長期にわたって活動が可能な気候条件が必要です。そのため、低緯度の温暖湿潤な気候帯に生息する小型のトカゲ類は、多化性を示す爬虫類の候補であると考えられます。今回、宮古諸島に固有のミヤコカナヘビにおける長期的な調査に基づいて、生まれた年に繁殖に参加する個体が確認されたことから、本種において多化性の検証を行うことにしました。
研究方法と結果:本研究では、宮古島において5年半にわたって標識再捕獲法による野外調査を行いました。標識再捕獲法とは、捕獲して標識したトカゲを野に放ち、再び捕獲したときに体長などを測定することで、その期間の成長量などを知る方法です。体長のほかにもいろいろなことを記録することで、成長率や成熟までにかかる時間、繁殖期や交尾期、寿命などに関するデータを得ることができます。それらのデータを詳細に分析することで、ミヤコカナヘビにおける多化性の検証を行いました。
その結果、本種の幼体は温暖な時期にはおよそ0.3mm/dayという早さで成長し、早いものでは孵化後2.5ヶ月で性成熟に達することが示されました。繁殖期も非常に長く、産卵は3月〜9月の7ヶ月間に及ぶことが分かりました。また、春先に孵化したメスの一部は、その年のうちに産卵し、2世代目が生まれることが確認されました。次に、各時季に生まれた幼体がどれくらいの期間生き残るのか、繁殖に参加している成体がどの時季に生まれたのかを分析した結果、本種は非常に短命で多くの個体は1年未満で寿命をむかえ、個体群のなかのおよそ半数が年に2世代を繰り返すライフサイクルに関与していることが明らかになりました(図1)。その一方で、1シーズンを通して、あるいはそれ以上の期間にわたって生存し、繁殖に参加している個体もいることから、年内の2世代が互いに独立して完全に世代交代するわけではないことも明らかになりました。このようなライフサイクルは、昆虫類などでみられる典型的な年2化性とは明らかに異なっており、年2化的な個体と年1化的な個体が混在する状態です。論文では、このようなライフサイクルを指す“半多化性”という語を提唱しました。
カナヘビ類の中では、同じ亜熱帯に属する台湾低地のミドリマダラカナヘビの成長がミヤコカナヘビに匹敵するほど早く、また短命であることが報告されています。しかし、この台湾の種は孵化の翌年に繁殖を開始することが示されており、年1化です。ミドリマダラカナヘビの調査がなされた台湾の北部と、ミヤコカナヘビが分布する宮古諸島の気象データを比較した結果、宮古諸島のほうが温暖な時季が長く、特に春先の気温が高いことがわかりました。両研究のデータは、ミヤコカナヘビの繁殖期のほうが2ヶ月ほど長いことを示しており、それに伴って成長可能な期間が長くなることも加わって、宮古諸島で“半多化性”のライフサイクルが達成されていると考えられました。
<論文の意義と今後の課題>
本研究により、季節性のある地域に生息するトカゲではじめて半多化性のライフサイクルが実証されました。上にも示したように、ミヤコカナヘビは近年急速に個体数が減少したために、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類とされ、国内で最も絶滅が危惧される爬虫類の1種です。また、宮古島市の環境保全条例の保全対象種、沖縄県の天然記念物、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種に指定され、3重に保護されています。ミヤコカナヘビの寿命は極めて短く、12ヶ月以上生存する個体は全体の16%にすぎません。そのため、春先に繁殖を開始する個体のほとんどが前年に孵化し、越冬に成功した個体で構成されていることになります。つまり、ある年に何らかの要因で越冬する個体が減少すれば、次年度以降で深刻な個体群衰退につながると予想されます。調査によって得られたデータの分析から、夏以降に生まれる2世代目の個体は、1世代目の個体に比べて翌春までの生き残りがよく、シーズン初期の個体数の増加に大きく寄与することが示されました。そのため、今回明らかになった“半多化性”のライフサイクルは本種の個体群維持に大きく関わっている可能性が高く、保全上も重要な知見といえます。
図1. ミヤコカナヘビでみられた生まれ時期による繁殖開始時期の違い.春先に生まれた個体は急速に成長しその年のうちに繁殖を開始する.夏・秋に生まれた個体は翌春から繁殖を開始し、シーズン初期の個体数の増加に貢献する.
<研究プロジェクトについて>
本研究は、WWFジャパン南西諸島プロジェクト,公益財団法人自然保護助成基金第31期(2020年度)プロ・ナトゥーラ・ファンド助成,環境省生物多様性保全推進支援事業の支援を受けて実施されました。
<論文情報>
- 論文タイトル:Precocious maturation and semi-multivoltine lifecycle in a subtropical grass lizard, Takydromus toyamai(亜熱帯性のトカゲ、ミヤコカナヘビの早い成熟と半多化性の生活史)
- 学術誌名:Current Zoology
- 著者名:Hitomi ASATO1 (安里瞳) and Mamoru TODA2 (戸田守)
1 琉球大学理工学研究科、2琉球大学熱帯生物圏研究センター - DOI:10.1093/cz/zoae038