研究成果

サンゴの精子に含まれる太古より利用されている酵素(Aキナーゼ)とその基質は動物に共通しつつ独自に進化?

     琉球大学熱帯生物圏研究センターの守田 昌哉 准教授の研究グループは、ミドリイシ属サンゴの精子に存在するタンパク質の中からタンパク質リン酸化酵素Protein kinase Aによりリン酸化される基質の候補を選別し、それらのタンパク質をコードする遺伝子の動物間での共通性と遺伝子進化を検証しました。Protein kinase Aが精子鞭毛の運動制御に関与することは、ミドリイシ科のコモンサンゴやサケ科魚類、そして哺乳類の精子鞭毛で明らかとなっていましたが、この鞭毛運動が活性化する際に、この酵素がリン酸化を起こす基質は不明なままでした。本研究では、サンゴの精子に存在する基質の多くは、動物に共通しており、リン酸化を受けるアミノ酸配列は保持しつつ機能変化を遂げていたことが推定できました。これはサンゴの精子鞭毛運動を活性化する過程が、放卵放精型や多種同調産卵などの特徴的な繁殖生態に適応することに繋がったのかもしれません。造礁サンゴのミドリイシ属サンゴの繁殖=サンゴ礁の維持の理解につながることが期待されます。

    <発表概要>

     琉球大学熱帯生物圏研究センター守田 昌哉 准教授、花原 望さん、寺本(守田)真梨子さん、修士課程に在籍するアリヨ・イマニュエ・ルタリガンさんの研究グループが、精子鞭毛の運動の活性化機構を明らかにするために、これまでサンゴや他の生物で共通して鞭毛運動の活性化に関与するProtein kinase A (PKA)に着目し、これらの動物の祖先に位置するミドリイシ属サンゴを対象に研究を行いました(図1Speer et al., 2022より改変)。研究の目的は、1) PKAがミドリイシ属サンゴの精子の運動活性化に関与するか、2)PKAのリン酸化を受けるタンパク質は何か?、そして3)この基質の動物における共通性の検証、を行うことで、動物の受精においてPKAの介する情報伝達系の共通性が鞭毛の運動装置を構成するタンパク質の共通性を伴っているのかを検討するためです。


      図1

     精子鞭毛運動は精子が卵に到達し、ふたつの細胞が融合し新しい命が誕生するために必要不可欠な要素です。本研究では、サンゴを含む様々な動物で報告のあったPKAの情報伝達系が精子鞭毛運動に果たす役割とその共通性を、ミドリイシ属サンゴ(コユビミドリイシなど)の精子を材料に調べました。はじめに精子の運動がPKAを介しているかを薬理学的な実験により検証しました。その結果、PKAを活性化するcAMPと呼ばれるセカンドメッセンジャーが精子の運動を活性化することがわかりました。次に精子を構成するタンパク質を質量分析(LC-MS/MS DIA解析)により網羅的に解析し、およそ2500個のタンパク質を同定しました。PKAのリン酸化をするアミノ酸配列(モチーフ)がRR*S/T(アルギニン・アルギニン・*・セリンまたはスレオニン)である性質を利用し、質量分析によって同定できたタンパク質の中でこの配列を持つものを選別した結果、およそ140個のタンパク質がこのモチーフ配列を持つことが判明しました。次に、この140個のタンパク質の遺伝子が他の分類群の動物でも共通しているかを検索しました。その結果、刺胞動物やサンゴに特異的に存在する遺伝子もありましたが、多くは動物に共通していました。これらの遺伝子から推定されるアミノ酸配列がモチーフを持つか検証し、かつ、これらの遺伝子がタンパク質の機能として、どのような進化をしたか?サンゴ内の遺伝子で検討しました。その結果、およそ60個のタンパク質の遺伝子は機能変化につながる進化をしていること、そして、タンパク質を構成する特定のアミノ酸が変化する進化を遂げていたにもかかわらず、モチーフ配列は維持されていることがわかりました。この結果は、PKAによりリン酸化を受ける基質はリン酸化を受ける基質としての機能は維持しつつ、タンパク質自身の機能は変化していると推定できました。このような進化は特定の条件に適応するときに起きることが多く、サンゴにおけるPKA基質の適応進化はサンゴの示す放卵放精型の産卵や多種同調産卵などに対する適応なのかもしれません。そして、サンゴから読み解く精子の運動活性化機構の共通性と基質の進化に関する知見は、他の細胞運動の分野にも貢献すると期待されます。この成果論文が国際科学誌「Journal of Molecular Evolution」に掲載されました。

    <研究の詳細について>

     精子鞭毛運動は、鞭毛内に存在する鞭毛軸糸と呼ばれる構造にあるモータータンパク質ダイニンと軸系の骨組みとる微小管の滑り運動により起こります。このダイニンと微小管の滑り運動は常に起きているわけではなく、精子鞭毛の場合は、精子の動くべき場所に放出されて、浸透圧の変化や卵由来精子活性化物質による運動活性化が起きます。

     この精子鞭毛運動の活性化が起きる引き金となる刺激を受けたのちダイニンの滑り運動が起きるような情報伝達系が走ります。今回扱うPKAを例に挙げると、はじめに、精子の内部ではPKAを活性化するためのcAMPと呼ばれる物質がアデニル酸シクラーゼ(sAC)と呼ばれる酵素によりATPを材料に作られます(図2Speer et al., 2022より改変)。このcAMPの濃度が上昇するとPKAは活性化し、様々な基質をリン酸化して、鞭毛運動の活性化につながります。様々な生物においてsAC-PKAが精子鞭毛運動の活性化に関係することが報告されており、その共通性が示されていますが、情報伝達の上流にあたるsAC-PKAの活性化から始まって鞭毛運動が活性化する下流の情報伝達系の多くが不明なままでした。そこで、本研究では近年充実してきている遺伝情報をもとに、この課題に取り組むことにしました。


      図2

     はじめに、PKAの鞭毛運動における関与を薬理学的に間接的に調べました。精子の細胞膜の過分極を引き起こしアデニル酸シクラーゼ(sAC)を活性化することが知られるvalinomycinという薬剤をサンゴの精子に加え、実際に精子の活性化が起きるか検討しました(図3a)。その結果、valinomycinによって精子の運動が活性化し、sACの関与が推定できました。併せて、膜透過型のcAMPアナログである8-bromo cAMPを与えて精子の運動が活性化するか検討した結果、同様にして運動が活性化することが明らかとなりました(図3b)。これにより、PKAがミドリイシ属サンゴ精子の鞭毛運動活性化に関与することが推定できました。


      図3

     次に、活性化したPKAによってリン酸化を受ける基質の探索を行いました(図4)。精子を構成するタンパク質を遺伝情報から推定される分子量から網羅的に同定する方法で2500個ものタンパク質を同定しました。この2500個のタンパク質の遺伝子から推定されるアミノ酸配列からPKAの基質となるモチーフ(PKAの標的となる特定のアミノ酸配列)の検索を行い、この配列を持つタンパク質の遺伝子を約140個選別しました。選別されたタンパク質の中には、モータータンパク質であるダイニンなどが含まれていました。

     選別された約140個のタンパク質をコードしている遺伝子について、他の分類群の動物で探索を行い、このタンパク質が動物間で共通しているかを間接的に検証しました(図4)。その結果、一部の遺伝子は刺胞動物やサンゴにしか見つかりませんが、多くの遺伝子が動物に共通していました。一方で、他の生物の精子で報告されているPKAの基質とは一致しないものも多くありました。これは、鞭毛の基本構造は維持されつつ構成要素であるタンパク質には違いがあることが考えられました。PKAという情報伝達は共通で利用しつつ、PKAによってリン酸化を受けるタンパク質は生物間で異なるものもある可能性があると考えられました。つまり、多くのPKAの基質となる遺伝子は動物で共通していたが、サンゴにしかない遺伝子があったように、他の動物にしかないタンパク質の遺伝子もあることが推定できました。


      図4


      図5

     次にPKAの基質となるタンパク質がどのような進化を経たのか、アミノ酸置換を指標に検証し、およそ60個のタンパク質の遺伝子が機能変異をしつつPKAの基質として機能していることが判明しました(図5)。この解析には、公開されているミドリイシ属サンゴ種の遺伝子情報を用いて、アミノ酸の同義置換と非同義置換を比較し、その置換率が特定のアミノ酸をコードするコドンで非同義置換が正の選択を受けたかを検証しました(図4)。その結果、単離した遺伝子の60個ほどが正の選択を受けていたことが判明しました。さらに、PKAにリン酸化されるスレオニン残基ではモチーフ配列の保存性と置換率に違いは見られませんでしたが(図6 a b)、セリン残基のモチーフ配列の保存率は、正の選択を受けたタンパク質の方が高いことも判明しました(図6 c d)。また、他の組織で利用されているPKAの基質と一致するものは強い純化選択を受けていました。正の選択は特定の条件に適応進化する際に起こることがこれまでの研究で示されているので、ミドリイシ属サンゴの繁殖生態―海中に精子を放出し受精させる、多種同調産卵など―に適応し受精獲得をするためかもしれません。


      図6

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:Conservation of Protein Kinase A Substrates in the Cnidarian Coral Spermatozoa Among Animals and Their Molecular Evolution (サンゴの精子に存在するプロテインキナーゼAの基質の動物における保存性とその分子進化)

    2. 学術誌名:Journal of Molecular Evolution 195, 108063 (2024)

    3. 著者名:Masaya Morita1*, Nozomi Hanahara1,2, Mariko M. Teramoto1, Ariyo Imanuel Tarigan1
      守田昌哉1*、花原 望1,2、寺本(守田) 真梨子1、アリヨ イマニュエル タリガン1
      1.琉球大学熱帯生物研研究センター、2.沖縄美ら島財団
      *責任著者

    4. DOI:https://doi.org/10.1007/s00239-024-10168-x

    5. URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00239-024-10168-x