発表概要
「再生医療」とは病気やケガなどで機能を失った組織や臓器を修復・再生する治療のことで、ヒトから採取した細胞を加工して移植することで失われた組織や臓器を再生することを目的としています。再生医療は従来の治療法では効果が得られなかった患者さんに対する新たな治療として大変な注目を集めており、琉球大学医学部でも2015年より再生医療研究を開始し、臨床応用を目指してきました。
再生医療では自分または他人から採取した細胞を培養し、対象となる組織や器官に合わせて加工した上で患者さんに移植しますが、使用する細胞を疾患治療のための「薬」として国に認めてもらうためには、「治験」というヒトに対する安全性と有効性を確認する厳格な臨床試験を実施しなければなりません。再生医療の分野でこの「治験」を実施することは極めてハードルが高いのですが、琉球大学医学部では2017年から形成外科の清水雄介教授とロート製薬株式会社が準備を進めて「再生医療の治験を実施できる体制の構築」を目指してきました。2020年には沖縄県商工労働部から「先端医療産業技術事業化推進事業」の助成を受けて体制構築を進め、2022年4月に再生医療に関する治験計画「包括的高度慢性下肢虚血に対する他家脂肪組織由来間葉系幹細胞幹細胞を用いた再生治療の治験」に関する治験計画届が独立行政法人医薬品医療機器総合機構に提出され、医師主導治験を開始できるようになりました。
包括的高度慢性下肢虚血とは、動脈硬化症や糖尿病など様々な原因で足の血流が悪くなり、足が壊死して切断や命の危険にさらされる疾患です。近年、世界はもとより沖縄でも患者さんが爆発的に増えています。通常は足の血管を広げる治療や人工血管を移植する手術が行われますが、症状が悪化しやすく治療が大変困難であることが知られています。今回の「治験」では、通常の治療では治らない患者さんを対象に、ロート製薬株式会社が製造した「他家脂肪組織由来間葉系幹細胞」を足の筋肉に注射する治療を試みます。
この「他家脂肪組織由来間葉系幹細胞を包括的高度慢性下肢虚血に用いる治験」は日本初の試みです。治験の責任医師は琉球大学病院第二外科の古川浩二郎教授が務め、仲栄真盛保診療講師が実際の治療にあたります。また治験の事務局責任者は臨床薬理学講座の植田真一郎教授が務め、適切な研究全体の遂行を支援します。このような専門家が集まり「再生医療の治験を実施できる体制を構築」したことは沖縄県初のこととなります。本治験は「包括的高度慢性下肢虚血」で悩む多くの患者さんの治療の可能性を拡げるだけでなく、沖縄県の再生医療産業の活性化にも繋がります。
再生医療は今後の医療の発展に欠かすことができない分野であると認識されており、世界の再生医療関連市場は2020年の1.1兆円から、2030年に12兆円、2050年に38兆円と急拡大することが予想されています。琉球大学では再生医療等製品の原料を海外からの輸入に頼っている国内の課題に取り組むための国のプロジェクトの一環として、「みらいバンク」を設置し、産業界と連携した再生医療の発展に取り組んでいます。
【参考】
間葉系幹細胞
分裂して自己を複製する力(自己複製能)と別の細胞に変化する力(分化能)の2つをもつ細胞のことです。近年、様々な疾患に対する治療のための幹細胞を用いた再生医療が拡がっています。自身の細胞を用いる場合を「自家」と呼び、他人の細胞を用いる場合を「他家」と呼びます。今回の治験で用いる細胞は他家脂肪組織由来間葉系幹細胞になります。
治験
ヒトに対する安全性と有効性を確認する厳格な臨床試験のことです。医師主導治験と企業治験があります。今回の琉球大学で実施する治験は医師主導治験です。
医師主導治験
医師が自ら企画・立案して実施する薬事承認(薬として認めてもらう)を目指した研究のことです。2003年までは製薬企業しか実施できませんでしたが、薬事法の改正で医師自らが実施することができるようになりました。
包括的高度慢性下肢虚血
足の血流が悪くなることや感染することで足が壊死して切断や命の危険にさらされる疾患のことです。通常は足の血管を広げる治療や人工血管を移植する手術が行われますが、治癒に至らない患者さんが多い疾患です。患者数が爆発的に増加しており、日本では年間1万人以上の足切断が行われています。また足の切断後の5年生存率は25%以下と悪性腫瘍よりも悪く、患者さんのQOLや医療経済を圧迫しており、新しい治療が望まれています。
再生医療等製品
ヒトや動物由来の生きた細胞や組織を加工(培養、活性化、分化誘導等)することで作製する薬のことで、身体の機能や構造の修復を促します。厳密な内容は改正薬事法で定義されていて、治験を経て「薬」として承認されます。