研究成果

森から里への招かれざる虫とその共生菌~マンゴー生立木に見られる穿孔と衰弱・枯死の原因を特定~

【本研究のポイント】
  • 近年、世界各地で、本来は森林に生息する昆虫の養菌性キクイムシ注1)が人里に現れ、果樹や庭園木などに穿孔している。穿孔された木は衰弱・枯死する場合がある。
  • 沖縄本島のマンゴー枯死木からナンヨウキクイムシ注2)を発見し、その雌成虫が糸状菌のフザリウム・クロシウムを共生させていることを初めて明らかにした。また、この糸状菌がマンゴー苗木を衰弱・枯死させることを実証した。
  • 昆虫と菌類のパートナーシップにおける新知見であり、宿主木の開拓に伴う生物間相互作用を理解する上で重要な示唆を与える。また、樹木病害の防止対策の立案や、人里への進出による害虫化の根源解明に貢献することが期待される。
【研究概要】

 名古屋大学大学院生命農学研究科の梶村 恒 教授、姜 自如(ジャン ジル) 元研究員、同大学農学部の田上 萌々 元学生は、森林総合研究所の升屋 勇人 室長、アメリカ ミシガン州立大学農・天然資源学部、琉球大学農学部の亀山 統一 助教、神戸大学大学院農学研究科との共同研究で、マンゴーの生立木に穿孔するナンヨウキクイムシ(養菌性キクイムシの一種)が糸状菌のフザリウム・クロシウムと共生し、この共生菌がマンゴーの樹体を通水不能にして枯死させることを初めて実証しました。
 近年、世界各地で、養菌性キクイムシが森林から人里に現れ、果樹や庭園木などに穿孔し、衰弱・枯死させています。本研究では、沖縄本島のマンゴー農園で発生した事例について、原因を突き止めました。マンゴーの枯死木から成虫になって出現したのは、ナンヨウキクイムシでした。菌嚢注3)がある雌成虫の頭部で高頻度に見出されたのは、糸状菌のフザリウム・クロシウムでした。この虫と菌の共生関係(組み合わせ)は世界初でした。そして、フザリウム・クロシウムを培養してマンゴーの苗木に接種すると、数日で衰弱し始め、最終的に枯れました。
 この成果は、昆虫と菌類のパートナーシップにおける新知見であり、宿主木の開拓に伴う生物間相互作用を理解する上で重要な示唆を与えます。また、樹木病害の防止対策の立案や、人里への進出による害虫化の根源解明に貢献することが期待されます。
 本研究成果は、2023年12月7日付国際科学雑誌「Scientific Reports」(Springer Nature社)にオンライン掲載されました。

【研究背景と内容】

 養菌性キクイムシは菌嚢を持ち、樹木に穿孔する際に共生菌を材部に植え付けます。近年、世界各地で、本来は森林に生息する昆虫の養菌性キクイムシが人里に現れ、果樹や庭園木などに穿孔被害を起こしています。中には衰弱・枯死してしまう穿孔木もあります。果実などの生産現場では、大きな脅威になっています。本研究では、沖縄本島のマンゴー農園で発生した事例について、その原因を突き止めました。
 まず、マンゴーの枯死木から出現した成虫について、形態学的特徴を精査したところ、ナンヨウキクイムシと同定されました。遺伝子の塩基配列に基づく系統解析も行い、近縁な同属の他種とは異なることも確認しました。なお、性比は雌に偏り、雄の約2倍でした。
 次に、その雌雄の成虫から菌類を分離しました。体表面を洗浄後、頭部・胸部・腹部に分けて人工培地に置き、成長した各菌類を純化して形質タイプに分け、遺伝子解析によって種同定しました。雌からの分離菌は20種で、菌嚢が存在する頭部で高頻度(約90%)だったのはフザリウム・クロシウムでした。この虫と菌の存在は世界各地で報告されていますが、その共生関係(組み合わせ)は意外にも初めてでした。また、同属のフザリウム・デセムセルラーレが雌の胸部と腹部から低頻度(約6%と約1%)に分離されました。一方、雄からは15種の菌類が同定され、どの部位でもペニシリウム・シトリナムの分離頻度(約42~47%)が高くなりました。
 そして、フザリウム・クロシウム(共生菌)とフザリウム・デセムセルラーレ(随伴菌)の植物病原性を判定する接種実験を行いました(図1)。各菌種を培養して爪楊枝に付着させ、マンゴーの苗木(各10本)に挿入しました。フザリウム・クロシウムの場合、数日で5本の苗木が衰弱し始め、最終的に4本が枯れました(図1)。その通水状態の悪化は気孔伝導度注4)で定量的に追跡できました(図2)。フザリウム・デセムセルラーレを接種した苗木では、1本も異常がありませんでした。

 さらに、各苗木の通水部分を可視化するために色素水溶液(赤色)を吸わせ、切開して内部を観察しました(図3)。フザリウム・クロシウムの場合、枯死した苗木では、接種点より上方の材部で全く通水しておらず、完全に褐変(壊死)していました(図3 A,B)。対照的に、枯死しなかった苗木では、接種点から離れると通水率(横断面の面積比)が大きくなり、褐変はほとんど見られませんでした(図3 C)。フザリウム・デセムセルラーレの場合も枯死していないので、同様の結果でした(図3 D)。一方で、接種点から生じた褐変の長さ(平均値)は、同じ生存木でも、フザリウム・クロシウム(図3 E)の場合にフザリウム・デセムセルラーレ(図3 D)よりも有意に長くなりました。

【成果の意義】

 本研究によって、ナンヨウキクイムシとフザリウム・クロシウムの新たなパートナーシップが少なくとも沖縄本島でマンゴーを宿主木として成立しており、ナンヨウキクイムシの共生菌であるフザリウム・クロシウムがマンゴーの樹体内に定着して萎凋病を引き起こしている確証が得られました。
 この成果は、昆虫と菌類の共生関係という学術的課題に新知見をもたらし、宿主木の開拓に伴う生物間相互作用を理解する上で重要な示唆を与えます。また、マンゴー木への穿孔被害の実態(関与するキクイムシ種とその共生菌種、さらには共生菌の植物病原性)を世界に先駆けて解明し、その被害対策に資するとともに、人里への進出による害虫化の根源に迫るものです。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究(B)(19H02994, 20H03026)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(18KK0180)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】

注1)養菌性キクイムシ:
ゾウムシ科のキクイムシ亜科とナガキクイムシ亜科に属する甲虫のうち、菌類を栽培して食物とする習性を持つグループを指す。樹体内に坑道(トンネル)を掘り、その内壁に下記の菌嚢から共生菌を接種する。一部の種は、共生菌あるいは随伴菌に植物病原菌が含まれ、生立木を衰弱・枯死させる害虫となっている。
注2)ナンヨウキクイムシ:
学名でユーワラセア・フォルニカートゥスである。近縁な数種が過去に同じ学名(種群)として取り扱われていたが、現在ではそれぞれ別の学名が与えられている。
注3)菌嚢:
昆虫が体内に菌類を貯蔵し、運搬する特別の器官を指す。嚢とは、袋という意味である。キクイムシの場合は、口の中、胸部の背面や側面、上翅の基部、脚の付け根など、その位置や形状が著しく多様化している。
注4)気孔伝導度(気孔コンダクタンス):
気孔における水蒸気や二酸化炭素などの通りやすさを表す指標で、環境ストレスへの耐性を調べる際に使用される。その測定にはリーフポロメーターなどの専用機器が用いられる。

<論文タイトルと著者>
  1. 雑誌名:Scientific Reports

  2. 論文タイトル:Fusarium kuroshium is the primary fungal symbiont of an ambrosia beetle, Euwallacea fornicatus, and can kill mango tree in Japan

  3. 著者:Zi-Ru Jiang (姜 自如:名古屋大学大学院生命農学研究科 元研究員)、Momo Tanoue(田上 萌々:名古屋大学農学部 元学生)、Hayato    Masuya(升屋 勇人:森林総合研究所きのこ・森林微生物研究領域 室長))、Sarah M. Smith(アメリカ ミシガン州立大学農・天然資源学部 学芸員)、Anthony I. Cognato(アメリカ ミシガン州立大学農・天然資源学部 教授)、Norikazu Kameyama(亀山 統一:琉球大学農学部 助教)、Keiko Kuroda(黒田 慶子:神戸大学大学院農学研究科 名誉教授)、Hisashi  Kajimura (梶村 恒:名古屋大学大学院生命農学研究科 教授)

  4. DOI: 10.1038/s41598-023-48809-8

  5. URL: https://www.nature.com/articles/s41598-023-48809-8