琉球大学大学院医学研究科の中村幸志教授らの研究チームによる研究成果が、日本高血圧学会の学術雑誌「Hypertension Research」誌にてオンライン早期公開されました。 |
<発表のポイント>
- 健康診断にて新規に高血圧を見出された人がその後に医療機関を受診するかどうかを数少ない既報よりも精緻に調べたものであり、中小規模事業所における健康管理体制を踏まえた報告としては初めてのものです。
- 全体では1ヶ月後の受診率は2.72%、6ヶ月後が7.50%でしたが、健康管理担当者の有無に着目すると、1ヶ月後の受診率は有=2.97%、無=2.00%と差があることがわかりました。
- 高血圧の中でも収縮期/拡張期血圧≧150/95 mmHgでは、1ヶ月後の受診率は有=4.97%、無=2.29%とより大きな差があることがわかりました。
- 沖縄県働き盛り世代の循環器系疾患予防のための課題および職域における改善策を示唆しうる成果といえます。
<発表概要>
【研究の背景】
わが国の死亡原因や要介護状態原因の上位を占める循環器系疾患(心疾患、脳卒中)を予防する第一義的な策は集団アプローチによって国民全体に適切な生活習慣励行を図ることですが、次善の策は地域や職域の健康診断にて高血圧などの危険因子を有するハイリスク者を検出し、医療的管理に繋げることです。特に職域は労働安全衛生法に基づく従業員への定期的な健康診断と絡めて、若・中年層の健康増進と疾患予防を推し進めるのに適した場といえます。大規模事業所では産業医や保健師などのフルタイムの健康管理担当者が従業員に保健指導や受診勧奨を行うことで、従業員が健康診断後に医療機関を受診しやすくなるとの報告があります。しかし、日本の全民間事業所の99.7%を占めて全従業員の68.5%を雇用する民間中小規模事業所における健康管理体制の実態、健康診断後の医療機関受診率についてはわかっていませんでした。
【研究の内容】
琉球大学大学院医学研究科 公衆衛生学・疫学講座の中村幸志教授らは、全国健康保険協会(協会けんぽ)沖縄支部から委託され、沖縄支部が所管する民間中小規模事業所およびその従業員(35~59歳)の2019年度の基礎登録、健康診断、診療情報明細書および事業所の健康管理体制などの調査結果を突合させたデータを解析しました。健康診断において所見がある割合が高く、循環器系疾患の主要な危険因子である高血圧に注目しました。
前年度の健康診断にて高血圧(注1)がなく、対象年度の健康診断にて新規に高血圧を見出された2,906人において、健康診断の翌1~6ヶ月の各月末までの医療機関受診率は翌1ヶ月末までで2.72%、翌2ヶ月末までで4.03%、翌6ヶ月末まででも7.50%でした(図1)。
県内の民間中小規模事業所のうち、健康管理担当者(保健医療系資格の有無を問わない)を有する事業所での新規高血圧者の健康診断の翌1ヶ月末までの医療機関受診率は2.97%、有しない事業所では2.00%でした(図2a)。健康管理担当者を有する事業所での新規高血圧者の健康診断の翌1ヶ月末までの受診に関して交絡因子を調整(注2)したオッズ比(注3)は1.74(95%信頼区間0.94–3.22)でした。保健医療系資格のない健康管理担当者でも同様の傾向でした。受診の追跡期間の延長に伴い受診率は漸増するものの、健康管理担当者有無間の受診率の差は漸減しました。
受診控えがありうるごく軽度の高血圧を除外した収縮期/拡張期血圧≧150/95 mmHgという高血圧では、健康管理担当者を有する事業所での新規高血圧者の健康診断の翌1ヶ月末まで受診率は4.97%、有しない事業所では2.29%でした(図2b)。健康管理担当者を有する事業所での新規高血圧者の健康診断の翌1ヶ月末までの受診に関する調整オッズ比は3.05(95%信頼区間1.12–8.29)でした。
数少ない既報よりも新規高血圧者を厳密に設定する精緻なデザインのもとで健康診断後の高血圧に関する受診率を調べ、初めて中小規模事業所における健康管理担当者の有無間で受診率を比較した報告です。
【社会的意義】
沖縄県働き盛り世代の循環器系疾患予防のための課題および職域における改善策を示唆しうる成果といえます。人的資源が限られている中小規模事業所では、産業医や保健師などの有資格者に限定せずに健康管理担当者を配置することが健康診断から医療的管理への移行を促進させる現実的かつ効果的な戦略といえるでしょう。そのためには、個々の事業所における努力のみならず、保健医療に関わる諸機関による健康管理担当者に対する継続的な教育やトレーニングなどの支援も望まれます。
<用語解説>
高血圧:収縮期血圧(上の血圧)が140mmHg以上、または、拡張期血圧(下の血圧)が90mmHg以上を指す。
交絡因子を調整:比較する2つの群(本研究では健康管理担当者の有無)の背景にある事業所と従業員の平均的な特性(例.事業所の規模や業態など、従業員の年齢や性別など)の違いを理論的に取り除くことである。
オッズ比:「ある事象(本研究では受診)が起きる確率pの、その事象が起きない確率(1 − p)に対する比であるオッズ」に関する2つの群(本研究では健康管理担当者の有無)における比である。単純に「○倍」ということではない。
<論文情報>
- 論文タイトル:Healthcare administrators and hypertension at small-to-medium worksites in Okinawa, Japan
- 雑誌名:Hypertension Research, 2024年11月8日オンライン早期公開
- 著者:Shota Kudaka, Atsushi Sakima, Koshi Nakamura
- DOI番号:10.1038/s41440-024-01979-y
- URL:https://www.nature.com/articles/s41440-024-01979-y