研究成果

人工知能による経カテーテル大動脈弁治療後の予後予測~幕開ける心臓病治療の新時代~

     琉球大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・神経内科学講座の楠瀬賢也教授と、筑波大学・名古屋市立大学・帝京大学・徳島大学らとの共同研究による成果が、ヨーロッパ心臓病学会(European Society of Cardiology)の学会誌である「European Heart Journal Open」誌に掲載されました。

    ◆どのような成果を出したのか
      この研究では、経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)が施術された患者群(1365名)において、人工知能(AI)によるクラスター分析を用いることで、異なる予後を示す3つの患者タイプを特定しました。

    ◆新規性(何が新しいのか)
      従来の方法では明らかにならなかった患者群が、データをAIにより解析することで明らかになりました。最も予後が悪かったグループは、術前に大動脈弁の圧較差が低く、多くの心筋障害の存在が示されました。TAVI治療において個々の患者を評価する新しい方法論をAIにより示す研究成果となりました。

    ◆社会的意義/将来の展望
      AIを用いた多数データの解析により、従来の方法より予後評価において高精度かつ新たな分類を提示することが可能でした。本発見は心臓血管疾患の治療戦略の改善に寄与する可能性があります。将来的には個々の患者に最適化された治療法を提供し、患者の生活の質の向上につなげられるでしょう。また、琉球大学は沖縄県下で最大のTAVI治療施設であり、このような新しい知見を積極的に発見し続けることで、日本の心臓病治療の先駆者としての役割を果たしていきます。


    図:解析例:複数の心エコー図検査指標も組み合わせることで、クラスターの特定が可能。

    <発表概要>
    【研究の背景】

     心臓には4つの弁があり、血液の流れを一方向に維持し逆流を防止しています。これらの弁のうち左心室と大動脈を隔てているのが大動脈弁で、大動脈弁が何らかの原因で硬くなり血液が送り出しにくくなる症状を大動脈弁狭窄症と呼びます。超高齢化社会を背景に、大動脈弁狭窄症は全世界的に増加の一途をたどっています。重症大動脈弁狭窄症に対しては従来の内科治療(限界:対症療法であり根治はできない)、外科治療(限界:一時的に心臓を止めるなど身体への負担が大きい)に加え、近年では低侵襲をコンセプトとする経カテーテル大動脈弁留置術 TAVI: Transcatheter Aortic Valve Implantation が治療選択肢の一つとして登場しました。現在、TAVI による生命予後の改善が示されその適応も拡大しています。琉球大学においては、2014年5月にTAVIハートチームを立ち上げ、2015年8月に沖縄県内で初めてTAVIを施行し、現在まで550例を超える症例に対してTAVIを実施してきました。
     一方でTAVI後一定数の予後不良群が存在していることが明らかとなってきています。 TAVIを受ける患者一人ひとりのリスクや予後を適切に評価し、治療計画を立てることが重要です。これまでいくつかの予後不良因子については報告がありますが、多数指標を同時に扱うことは従来の解析手法では限界がありました。本研究では、人工知能(AI)を用いた新しいアプローチ(クラスター解析)により、患者の予後をより正確に予測しすることを目的としています。

    【研究の方法】

    多施設研究(全国17施設)として計画され、2015年1月から2019年3月に重症大動脈弁狭窄症でTAVIを受けた1、365人の患者データを収集しました。クラスター分析(注1)を用いて異なる予後を持つ患者グループを識別しました。分析には年齢、性別、手術のリスクを表すSTSスコア、心エコー検査データなどが含まれ、これにより患者の特徴と予後の関連を詳細に調査しました。

    【研究の結果】

     1,365人の患者を分析したところ、従来の知見では明らかとならなかった3つの異なるクラスターを特定しました。クラスター1は高齢で大動脈弁圧較差が高く、左室肥大と関連し、クラスター2は左室駆出率が保持され、大動脈弁面積が大きく、血圧が高い患者群でした。クラスター3は頻脈、低流量/低勾配AS、左心および右心機能障害を呈する患者群でした。追跡期間中にクラスター間で有意な臨床アウトカム(医学的介入によって得られる結果)の違いが見られ、特にクラスター3は予後が悪く、高リスクの患者群であることが示されました。AIによるこれらの発見により、TAVI後の患者の予後評価に新しい視点が提供されました(別図)。


    別図:AIを用いたTAVI後の予後に関するクラスター解析の結果。1365名のTAVIを受けた患者の特徴と予後に関するデータについて人工知能によるクラスター解析を行い、その結果新たに三つのグループ(クラスター、 Cluster)に分類できることを明らかにした(A、 B)。この中で特にクラスター3は予後不良の群であることが明らかになった(C)。

    【社会的意義・今後の展開】

    TAVI治療後の患者の予後をより正確に予測することで、個々の患者に最適な治療計画を立てることが可能になり、心臓病治療の質の向上に貢献します。特に、高齢者や従来の手術が困難な患者にとって、このような個別化されたアプローチは重要です。将来的にはこの研究が心臓血管疾患の治療法の改善につながり、患者の生活の質の向上に寄与することが期待されます。琉球大学は沖縄県下最大のTAVI治療施設であり、この分野の研究をリードすることで、日本全体の心臓病治療の発展にも貢献します。
     また、本研究の主任研究者である楠瀬教授は43歳で2023年7月に琉球大学に赴任しました。彼は特に医療AIの研究・開発において日本のパイオニアとして活躍しており、その専門知識と革新的なアプローチがこの研究の成功に大きく貢献しています。この研究は医療の未来を形作る重要な一歩となるでしょう。

    <用語解説>

     注1)クラスター解析:データセット内の類似する要素をグループ化するAI手法。個々の患者の最適な分類ができるようになる。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:
      Unsupervised Cluster Analysis Reveals Different Phenotypes in Patients after Transcatheter Aortic Valve Replacement
      教師無しクラスター解析はTAVI後症例の新たなタイプを特定する
    2. 雑誌名:European Heart Journal Open
    3. 著者:Kenya Kusunose, MD, PhD, Takumasa Tsuji, PhD, Yukina Hirata, RMS, PhD, Tomonori Takahashi, MD, PhD, Masataka Sata, MD, PhD, Kimi Sato, MD, PhD, Noor Albakaa, MD, PhD, Tomoko Ishizu, MD, PhD, Jun’ichi Kotoku, PhD, Yoshihiro Seo, MD, PhD, and on behalf of JSE-TAVI investigators
    4. DOI番号:10.1093/ehjopen/oead136
    5.  URL:https://academic.oup.com/ehjopen/advance-article/doi/10.1093/ehjopen/oead136/7481830