研究成果

蝶の成虫に役にたつ“擬態遺伝子”が幼虫や蛹では生存率を下げる?

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琉球大学農学部の加藤三歩博士と、辻瑞樹教授らの研究チームによる研究成果が、令和2年8月26日に、英国の科学雑誌「Journal of Evolutionary Biology」にてオンライン掲載されました。

<発表のポイント>

  • シロオビアゲハの別種の毒チョウに擬態する雌(擬態雌)と擬態しない雌(非擬態雌)は、“擬態遺伝子”によってその表現型が決定されています。
  • 擬態遺伝子は雌成虫が捕食を回避することに役立ちますが、終齢幼虫期と蛹期の幼虫では生存率を低下させる有害効果(注1)があることを新規に発見しました。
  • この擬態遺伝子の発生上の有害効果の発見は、シロオビアゲハの雌の擬態する/しないの多型が維持されていることについて、より現実に即した説明ができる進化学的な大きな成果と言えます。

<研究内容>

1.背景
 
琉球諸島に生息するアゲハチョウ科の一種、シロオビアゲハには、別種の毒チョウであるベニモンアゲハに擬態をする擬態雌と、同種の雄と同じ見た目の非擬態雌が存在します(図1)。本種の擬態はベイツ擬態(Batesian mimicry)と呼ばれ、鳥などの捕食者に狙われやすい種が、捕食者にとって有害な生物の特徴を「真似る」ことで捕食を回避することをいいます。過去の研究で、ベニモンアゲハを捕食したトリが擬態雌も忌避するようになる擬態の効果は実証されています。擬態の効果ゆえに擬態雌は非擬態雌に対し種内における生存競争で有利なはずです。しかし、不思議なことに、擬態雌が非擬態雌に完全に取って代わることはありません。この問題は、擬態個体がそれらのモデルにくらべ多くなり過ぎると擬態の効果が消失してしまうとする頻度依存選択説で説明され、辻教授らの研究グループもそれを支持する証拠を示してきました(Tsurui-Sato et al. 2019)。しかし、この仮説だけではモデルの個体数の多さに関係なくどの場所でも例外なく非擬態型が存在するシロオビアゲハの現実を説明できませんでした。
 本研究では、シロオビアゲハの雌の多型を制御する対立遺伝子(注2)のHhに注目しました(図1)。本種の雄はどの遺伝子型でも非擬態表現型になりますが、雌の場合は、この遺伝子座に対立遺伝子Hを1つまたは2つ持つと擬態雌になります(従ってHは顕性(注3)です)。対立遺伝子hは潜性(注4)であり、これを2つ持つホモ接合体(注5)の雌が非擬態雌になります。著者らは、顕性遺伝子Hは雌成虫に擬態形質をもたらす一方で幼虫時代の生存率を低下させる有害効果を多面発現するのではないかと予想し研究を進めました。


図1 シロオビアゲハとベニモンアゲハ(a) シロオビアゲハの雄(どの遺伝子型でも単一の表現型),(b) シロオビアゲハの非擬態雌(遺伝子型はhh),(c) シロオビアゲハの擬態雌(遺伝子型はHHHh),(d) ベニモンアゲハ

2.飼育実験
 野外で採集した多数の雌に産卵させ、それらの子孫を三世代目まで室内で累代飼育しました。このとき、擬態雌から生まれた雄と擬態雌を交配する擬態選抜系統と、非擬態雌から生まれた雄と非擬態雌を交配していく非擬態選抜系統をそれぞれ複数作りました。ただし近親交配がないよう工夫しました。このような疑似的な同類交配で生まれてきた集団は、擬態選抜系統では対立遺伝子Hを持つ個体の割合が、非擬態型選抜系統では対立遺伝子hを持つ個体の割合が増えていくはずです。上述のHの多面発現する有害効果の考えがもし正しければ、擬態選抜系統では世代が進むにつれて、集団内に増えた顕性遺伝子Hを持つ幼虫が死亡することで平均生存率が低下していくことが予想されます。これらの各系統・世代の幼虫集団を対象に、生存率や羽化時の性比、擬態雌率(雌に占める擬態雌の割合)を測定しました。

3.成果
 結果は、擬態選抜系統では世代が進むにつれて、擬態雌率が増すと同時に、性比が雄に偏ることを示唆しました。また性比が偏ると同時に終齢幼虫期と蛹期の生存率が低下しました。一方で、非擬態選抜系統では、世代が進むにつれ雌に占める非擬態型の率が上昇しましたが、性比や死亡率に大きな変化は見られませんでした。これらは、擬態選抜系統に蓄積された顕性遺伝子Hの有害効果が雌幼虫の生存率を低下させたことを意味します。
 次に、擬態遺伝子Hの有害効果の雌雄差やその大きさを様々に設定したメンデル集団遺伝モデルのシミュレーションを行い、生存率、性比、擬態雌率がどんな相関パターンを示すのかを予測しました。この予測と飼育実験の結果を比較すると、擬態遺伝子の有害効果は雌にだけ特異的に発現することから、有害効果が不完全顕性的である(すなわち羽化前の生存率はhh>Hh>HHであるらしい)ことが示唆されました。つまり、野外ではhhの非擬態雌は捕食者に狙われやすく、その一方でHHの擬態雌は発生上の有害効果を多く受けるため、ヘテロ型のHh擬態雌の適応度が最も高くなる可能性も考えられます。このようなケースは超優性(超優性選択)と呼ばれ、生物の種内遺伝的多様性を維持する仕組みのひとつだといわれています。

4.今後の展望
 今回発見された有害効果の強さは他種の個体数に依存しないため、モデルが擬態雌よりも圧倒的多数存在する地域のシロオビアゲハの集団においても、擬態雌の一方的な増加を抑止する普遍的要因になりえます。今後の研究は、シロオビアゲハの野外集団に本当に超優性選択が働いているかが焦点となります。辻教授らの研究グループが実証研究を行ってきた頻度依存選択説に加えて、本研究の有害効果が確かなもとして支持されることになれば、シロオビアゲハの多型維持機構をより合理的に解釈することができるでしょう。

用語解説>

(注1)ここでは、幼虫の生存率を低下させる負の効果のこと
(注2)同じ遺伝子座にあり、異なる遺伝情報をもつ対の遺伝子
(注3)対立遺伝子で制御される形質のうち、現れやすいほうの表現型
(注4)対立遺伝子で制御される形質のうち、現れにくいほうの表現型
(注5)同じ対立遺伝子をもつ状態 

<引用文献>

Tsurui-Sato et al. (2019) Evidence for frequency‐dependent selection maintaining polymorphism in the Batesian mimic Papilio polytes in multiple islands in the Ryukyus, Japan. Ecology and Evolution, 9(10), 5991-6002. (論文紹介ページ:シロオビアゲハが毒蝶を真似するときの条件 ~擬態の進化学的パラドクスを解明~ https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/4810/

<論文情報>
  1. 論文タイトル Mimicry genes reduce pre-adult survival rate in Papilio polytes: A possible new mechanism for maintaining female-limited polymorphism in Batesian mimicry(シロオビアゲハの“擬態遺伝子”は成長期の生存率を下げる:メスのベイツ型擬態多型を維持する新たなメカニズムの可能性)
  2. 雑誌名 Journal of Evolutionary Biology
  3. 著者 Mitsuho Katoh1*, Haruki Tatsuta1,2 & Kazuki Tsuji1,2  *)責任著者
    著者の所属機関
    1.琉球大学農学部
    2.
    鹿児島大学大学院連合農学研究科
  4. DOI番号 10.1111/jeb.13686
  5. アブストラクトURLhttps://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/jeb.13686