研究成果

青少年における健康行動の社会経済格差はCOVID-19によって変容している

     京都大学大学院医学研究科社会疫学分野の喜屋武享特定助教(研究当時、神戸大学大学院人間発達環境学研究科)、琉球大学医学部保健学科疫学・健康教育学分野の高倉実教授は、COVID-19流行前と流行中とで、青少年に推奨される身体活動水準の達成状況に社会経済格差の拡大が、朝食摂取状況に格差の縮小が認められることを世界で初めて明らかにしました。

     この研究成果は、Journal of Physical Activity & Healthで公開されています(2023年4月24日現在、Ahead of Press)。

    <ポイント>
    • 本研究は、COVID-19流行前と流行中の青少年の様々な健康行動における社会経済的格差の時間推移を調べた世界で初めての研究です。

    •  COVID-19流行前と流行中の青少年において、推奨される身体活動水準の達成において社会経済格差が拡大し、朝食摂取量における格差は縮小していることを見いだしました。具体的には、2019年には所得によって身体活動の実施状況に差が認められなかったにも関わらず、2021年には等価所得が低い家庭の青少年ほど身体活動を実施していない(出来ていない)ことが明らかになり、朝食摂取状況では逆の様相が認められました。

    • このことが健康状態に対して中長期的にどのような影響を与えるのか、引き続き観察していく必要があります。

    <研究の背景>

     研究チームは、これまでに、COVID-19禍の日本人成人における身体活動の社会経済格差を明らかにしてきました(Kyan & Takakura, Public Health, 2022)。本研究では、思春期の健康行動における社会経済的格差の問題に着目しました。日本における健康格差は、これまで欧米諸国と比較して緩やかでしたが、近年は状況が悪化し、2013年以降、政府による対策が進められています。欧米諸国では、家庭や近隣の経済状況による健康行動の格差が観察されていますが、日本で健康格差が注目され始めたのは比較的最近になってからであるため、その状況はよく分かっていません。
     COVID-19パンデミック時、思春期の健康行動は世界的に悪化しました。日本国内の全国調査でも、身体活動量の著しい減少や、スクリーンタイムの増加などの健康行動の悪化が示されています。また、パンデミックは、世帯の所得格差を拡大させ、健康格差を悪化させる可能性が指摘されてきました。
     本研究は、COVID-19流行前と流行中の青少年の健康行動、特に身体活動、スクリーンタイム、朝食摂取、排便回数などの基本的な健康行動における社会経済的格差の傾向を明らかにすることを目的としました。これらの格差を理解することが青少年に必要な支援を行うための介入戦略や政策立案につながることを期待しています。

    <研究の内容>

     本研究では、公益財団法人笹川スポーツ財団が実施した「2019年・2021年全国子ども・若者スポーツライフ調査」のデータを使用しました。この調査では、児童・青少年の放課後や休日の運動・スポーツ参加状況やスポーツ環境を中心に、睡眠時間やメディア利用時間、排便回数などの健康行動についても調査しています。データは、各調査年の6月から7月にかけて、青少年と保護者による自記式質問紙調査法によって収集されました。調査対象者は、住民基本台帳の人口に基づく地区・都市規模別の層から比例配分された225地点より2段階層化無作為抽出法で抽出されました。調査対象は4歳から21歳の3,000人です。
     分析対象は12歳から18歳で、高校に通っていない18歳は除外しました。年齢と学校在籍の包括基準を満たした参加者数は、2019年は1,076人、2021年は1,025人でした。変数が欠損している個人を除外した後、2019年の766人、2021年の725人のデータを分析しました。
     社会経済状態の指標には、等価所得を用いています。好ましい健康行動の定義は、各種ガイドラインに準じて、毎日の中高強度身体活動(MVPA)が60分以上、スクリーン時間が2時間未満、睡眠が8〜10時間、毎日の朝食摂取、排便回数が3日に1回以上としました。
     本研究の特徴は、格差勾配指標・格差相対指標という、社会経済状態を指す要因(本研究の場合、所得)の各カテゴリーにおける人口割合の違いを考慮した格差指標を用いている点です。

    図. 調査年別の所得水準指標に応じた各健康行動の格差勾配指数および格差相対指数(当該論文のAppendixを筆頭者が改変)

     解析の結果、COVID-19流行前と流行中の青少年において、推奨される身体活動水準の達成において社会経済格差が拡大し、朝食摂取状況における格差は縮小していることがわかりました。具体的には、2019年には所得による身体活動の実施状況に差が認められなかったにも関わらず、2021年は等価所得が低い家庭の青少年ほど身体活動の実施割合が低いことが明らかになり、朝食摂取状況では逆の様相が認められました。スクリーン時間については、格差の縮小傾向がみられましたが、統計的には有意ではありませんでした。睡眠時間と排便頻度は2019年および2021年ともに社会経済格差は認められませんでした。

    <今後の展開>

     COVID-19蔓延前の身体活動促進施策が、拡がった社会経済的格差の是正にも貢献するのか、継続してモニタリングする必要があります。本研究により社会経済状態による青少年の身体活動実施状況の差が顕にされたことは、このような健康(行動)の継続的モニタリングの重要性を支持するものでもあります。本研究が、政策の方向性を検討する上で一つの参考資料になることを期待しています。

    <用語解説>

    等価所得:世帯所得をもとに、世帯の構成員の生活水準を表すように調整した所得。世帯所得を世帯人員の平方根で割ることで求める。

    <論文情報>
    • タイトル
      “Impact of the COVID-19 Pandemic on the Socioeconomic Inequality of Health Behavior Among Japanese Adolescents: A 2-Year Repeated Cross-Sectional Survey”
      DOI:10.1123/jpah.2022-0489
    • 著者
      Akira Kyan, Minoru Takakura
    • 掲載誌
      Journal of Physical Activity and Health