琉球大学大学院医学研究科の柳輝希准教授(北海道大学大学院医学研究院客員研究員)および北海道大学大学院医学研究院の氏家英之教授、慶應義塾大学医学部の舩越 建准教授及び西原広史教授らの研究グループは、乳房外パジェット病*1の薬剤耐性モデルを樹立しました。 |
ポイント
- 高齢者の外陰部に好発する皮膚がんである「乳房外パジェット病」の薬剤耐性モデルの作製に成功。
- 乳房外パジェット病における薬剤耐性機構を解明。
- 乳房外パジェット病に対する抗がん剤開発の進展に期待。
【背景】
乳房外パジェット病は外陰部や肛門周囲に発生する皮膚がんで、進行すると治療抵抗性で死に至る疾患です。高齢者に好発し、発症頻度は10万人あたり0.6人と低いながらも、日本や欧米などでは近年増加傾向にあります。これまで乳房外パジェット病に対して、いろいろな治療法が試されており、その中の一つに抗HER2(ハーツー)*5療法があります。乳がんや乳房外パジェット病において、細胞の増殖に関係するHER2という蛋白質が増えたりした場合には、抗がん剤として用いられるトラスツズマブという抗体を用いた抗HER2療法という治療法が有効です。
ただしこの治療は、様々ながんで徐々に薬剤の効果が弱くなる(=薬剤耐性)ことが分かっています。しかし、乳房外パジェット病は珍しい皮膚がんであるため、どうして薬剤耐性がつくのか、その仕組みは明らかになっていませんでした。
【研究手法】
研究グループは、トラスツズマブの効かない乳房外パジェット病の腫瘍モデルの作製を試みました。
まず、乳房外パジェット病患者さんのリンパ節転移部分のうち、診断に使用する部分以外の余剰組織を数ミリ角に分割し、免疫不全マウスの皮下に移植しました。樹立できた腫瘍組織の病理学的解析・遺伝子変異検索・トラスツズマブによる治療実験を行うと、この腫瘍がトラスツズマブ投与で縮小することが明らかになりました。
この腫瘍組織に、通常の治療量よりも少ない量のトラスツズマブを長期間投与することによって、トラスツズマブの効かない(=トラスツズマブ耐性と呼ぶ)乳房外パジェット病腫瘍を作製しました。
そして、上記の方法で作製したトラスツズマブの効かない腫瘍と効く腫瘍の遺伝子の変化を、網羅的な遺伝子変異検索という手法で比較しました。
【研究成果】
比較の結果、トラスツズマブの効かない腫瘍ではPTENという遺伝子にその機能が失われる変異が加わっており、それがトラスツズマブ耐性の仕組みに関与していると考えられました。次に、この樹立できたトラスツズマブ耐性乳房外パジェット病の腫瘍組織に対して様々な抗がん剤治療を試しました。すると、乳がんに対する化学療法剤の数種類を用いたところ、複数の薬剤で腫瘍の顕著な縮小が確認できました。
【今後への期待】
これまで乳房外パジェット病の薬剤耐性モデルは樹立できておらず、病態解明・新規治療法の開発などは困難でした。今回、研究グループが作製した、この新規腫瘍モデルによって、乳房外パジェット病がどのように薬剤耐性を得ていくか、その一端が明らかとなりました。これにより、乳房外パジェット病に留まらず、他の症例においても抗がん剤に対する薬剤耐性機構が解明できる糸口となるだけでなく、新規治療法開発においても有用であると考えられます。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費JP22K0839702の助成を受けたものです。
【用語解説】
*1 乳房外パジェット病 … 乳房外ぺージェット病とも呼ばれる。高齢者の外陰部に発生する皮膚がんの一種。
*2 薬剤耐性 … ある病気(がんなど)に対し、それまで効いていた薬剤が効かなくなること。抗がん剤などでもこの現象が起こる。
*3 トラスツズマブ … *5のHER2(ハーツー)という蛋白質に結合することで、細胞障害作用や細胞増殖抑制作用などにより、がん細胞の増殖を抑える薬。
*4 PTEN(ピーテン) … 細胞内ではたらく酵素の一つで、がん抑制機能を持つ。がん細胞では、機能が喪失していることがある。
*5 HER2(ハーツー) … 細胞が増えることに関係する蛋白質の一種。HER2を作る遺伝子(ERBB2と呼ばれる)の数や配列が、乳がんや乳房外パジェット病では変化することがある。