琉球大学戦略的研究プロジェクトセンターの鶴井香織特命助教および琉球大学農学部の辻瑞樹教授らの琉球大研究チームによる研究成果が科学全般の学術雑誌「Scientific Reports」誌に掲載されます。 <発表のポイント> |
<発表概要>
【研究背景】
ワースト外来種「カダヤシ」 今、世界中で、人為的に持ち込まれた外来種が在来生態系に悪影響を及ぼすことが問題となっており、有効な対策が模索されています。本研究が注目するカダヤシ(タップミノー)もそのような「侵略的外来種」の1つです。カダヤシは北米原産の小魚で、かつて、マラリアを媒介する蚊を駆除することを目的に、世界中の広い範囲に人為的に放されました。しかし、カダヤシを放流した現地で在来の魚が激減する等の悪影響が次々に報告される皮肉な結果となりました。現在、カダヤシは「世界のワースト外来種100」の1つに選定され、カダヤシ問題の解決が喫緊の課題となっています。
沖縄のカダヤシとグッピーの関係 カダヤシは日本にもやはり蚊の駆除を目的に放流されました。そして、在来のメダカがカダヤシにとって代わられる等、在来生態系に悪影響が出ています。沖縄島でも1960年代、在来のメダカにとって代わるかたちでカダヤシが分布を広げました(次頁の図1a)。しかし、1970年代、沖縄島では、ペットとして飼われていたグッピーが川に逃げ出したことにより、カダヤシの分布にさらなる変化が起こりました。今度はグッピーがカダヤシにとって代わっていったのです(図1b)。
【研究内容】
研究のアイデア 琉球大学戦略的研究プロジェクトセンターの鶴井香織特命助教および琉球大学農学部の辻瑞樹教授らの研究チームは、沖縄島でグッピーがカダヤシを滅ぼした現象に注目しました。グッピーがカダヤシを滅ぼしたメカニズムを解明できれば、カダヤシを防除できる技術を開発するヒントになるかもしれません。研究チームは、外来種が在来種を駆逐する種間競争メカニズムとして近年注目が高まっている「繁殖干渉」に注目しました。繁殖干渉とは、異なる生物種間で起こる「間違った」繁殖行動が次世代数を減らしてしまう現象のことです(植物なら結実数が減る、昆虫なら産卵数が減る等)。繁殖干渉は、植物や昆虫、カエルやヤモリの仲間の間でも起こることは知られていましたが、魚類で起こるかどうかは不明でした。
例えば、あるオスにとって、目の前のメスが同種なのか異種なのかの見分けがつきにくい場合、オスは誤って異種のメスに交尾などの配偶関連行動をとってしまうことがあり、このような状況で繁殖干渉が起こります。グッピーとカダヤシはいずれも視覚により配偶相手を認識していること、そして両者のメスの外見が非常によく似ていることから(図2)、研究チームはグッピーとカダヤシの間で繁殖干渉が起こると予測しました。実際、研究チームの予備観察によると、同じ水槽に入れておいたグッピーとカダヤシの間で互いに異種間交尾行動が起こりました(注1)。研究チームは、沖縄島でカダヤシがグッピーにとって代わられたことから、これら2種の間で起こる繁殖干渉はグッピーがカダヤシに一方的に悪影響を与えている可能性を考え、水槽飼育による実証実験を行ないました。また、現在の沖縄島におけるカダヤシとグッピーの分布を野外調査により確認しました。
図1沖縄島におけるカダヤシとグッピーの分布の変遷
(a) 1964–1965 年(データは幸地 2003より引用)
(b) 1978–1979年 (データは幸地 2003より引用)
(c) 2011 年以降(データは大隅ら 2014および本研究により取られたもの)
図2 類似するグッピーとカダヤシのメス
(a) グッピーのオス
(b) グッピーのメス
(c) カダヤシのオス
(d) カダヤシのメス
図3 グッピーとカダヤシの共存パターン
グッピーとカダヤシは滅多に共存せず、共存した場合も生息割合がどちらか一方に極端に偏っているという、極めて強力な排他パターンを示した。
(a) 各点は調査地ごとのグッピーとカダヤシの密度の対数(単位時間当たり捕獲数: CPUE)を示す。
(b) グッピー率 [グッピー/(グッピー+カダヤシ)] における調査地点の頻度分布。どれくらいのグッピー率の調査地点が多いかを示す。グッピーとカダヤシが互いに無関係に生息している(集合や排他などがない)とき、グッピー率が50%程度(グッピーとカダヤシが互いに同数程度)の調査地の数が最も多くなると予測される(白いバー)。しかし、実際は、グッピー率がほぼ100%または0%という極端なグッピー率を示す調査地の数が多くなった(黒いバー)。
野外調査 沖縄島全域にわたる50地点でグッピーとカダヤシの捕獲調査を行いました。その結果、沖縄島にカダヤシの生息地は確認されましたが(図1c)、データを解析すると、カダヤシはグッピーがいないもしくは少ない場所に限って生息することが分かりました(前頁の図3)。野外調査データの解析により、カダヤシとグッピーが互いに強い排除関係(どちらか一方のみ生息)にあることが示唆されました(図3)。
水槽飼育実験 次に研究チームは、異種のオスと同居すると産まれてくる稚魚の数が減少するか(注1)を多数の水槽を使って飼育実験により確かめました。実験の結果、予測通り、カダヤシのメスがグッピーのオスと同居したときにだけ、産む稚魚の数が減少しました(図4と5)。しかも興味深いことに、逆にグッピーのメスがカダヤシのオスと同居していても稚魚の数が減少しないこともわかりました(図4と5)。このように、繁殖干渉はグッピーからカダヤシへの一方的であり、沖縄島で起こったグッピーによるカダヤシとの交代劇は、繁殖干渉による可能性が高いと研究グループは結論付けました。
図4 個別飼育実験の結果(初産(1回)の比較)
カダヤシのメスがグッピーのオスと同居した場合にだけ、産まれてくる稚魚の数が減少(↓で示す)。(a)の対照区では同種オスが2匹なのに対し、(a)の干渉区では同種オスは1匹で実験した。同種オスが1匹しかいなくても出産稚魚数は減少しないことが(b)の実験結果により確認されている。<br />
グレー:カダヤシ 白:グッピー
対照区:同種のみ 干渉区:異種オスと同居
カ:カダヤシ グ:グッピー 数字は匹数
(a) 対照区(♀1:♂2)および干渉区(♀1:♂1:異種♂1)
(b) オス数の影響評価用の対照区(同種ペア)
図5 集団飼育実験の結果(5週間合計の比較)
カダヤシのメスがグッピーのオスと同居した場合にだけ、産まれてくる稚魚の数が減少(↓で示す)。(a)の対照区では同種オスが8匹なのに対し、(a)の干渉区では同種オスは4匹で実験した。同種オスが4匹しかいなくても出産稚魚数は減少しないことが(b)の実験結果により確認されている。
グレー:カダヤシ 白:グッピー
対照区:同種のみ 干渉区:異種オスと同居
カ:カダヤシ グ:グッピー 数字は匹数
(a) 対照区(♀6:♂8)および干渉区(♀6:♂4:異種♂4)
(b) オス数の影響評価用の対照区(♀6:♂4)
【社会的意義・今後の予定等】
グッピーの潜在的リスク 本研究により明らかになった重要なポイントが2つあります。1つは、グッピーは他の卵胎生魚を繁殖干渉により滅ぼすリスクを潜在的に持つ魚であるということです。グッピーはペットとして人気があり世界中で飼われています。在来の卵胎生の魚がいる国や地域では、逃げ出したグッピーが在来魚に与えるリスクに注意する必要があります。
カダヤシ根絶への応用 ポイントのもう1つは、グッピーのオスを使えば外来のダヤシを根絶できる可能性が見えてきたことです。外来カダヤシの生息地にグッピーのオスだけを継続的に放流すれば、繁殖干渉により外来カダヤシ集団で産まれる稚魚が減る状況が続き、やがて根絶できるというアイデアです。オスだけを放流すれば、グッピーが放流地に定着することはなく、カダヤシもグッピーもいない水域ができあがるはずです。実は、これとよく似た仕組みによる害虫の根絶技術が既に実用化され日本の農業を守っています。不妊虫放飼法によるウリミバエの根絶です。グッピーを用いた繁殖干渉によるカダヤシ根絶法では、グッピーのオスと交尾したカダヤシメスが産む稚魚の数が減少しますが、不妊虫放飼法では、放射線照射により不妊化されたウリミバエのオスと交尾した野外のウリミバエのメスの子供の数が減少します。放流オスによる繁殖干渉を利用した根絶法では放射線による不妊化の工程を省略できるため、安全で安価に根絶事業を行なえるかもしれません。
今後への実証実験 研究グループでは現在、グッピーオスの放流によるカダヤシの根絶法確立のため、野外の小さなプール(注2)における実証実験を進めているところです。また、なぜグッピーのメスはカダヤシからの繁殖干渉の悪影響を受けないのかについて、進化的・生理学的解明を進める研究も進めているところです。
<用語解説>
(注1)グッピーとカダヤシはいずれも卵胎生の魚です。卵胎生とは、卵を産むのではなく、お腹の中で孵った稚魚を産み落とす性質のことです。卵胎生の魚の場合、精子による卵の授精は、交尾によりメスの体内で起こります。グッピーとカダヤシのオスには尻鰭が変化してできた交尾器があり、これをメスの総排泄孔に挿し込むかたちで交尾が起こります。
(注2)カダヤシは特定外来生物であるため、厳重な逸走防止策をとった二重に施錠された野外網室内で実験を行なっています。
<引用文献>
幸地良仁(2003)メダカ及びグッピー類. 『琉球列島の陸水生物』(西田睦・諸喜田茂充・鹿谷法一 編著), 東海大学出版会, pp492-495.
大隅大・津波幹樹・樺澤七海・手登根真子(2014)沖縄県名護市におけるミナミメダカおよびメダカ様魚類の分布. 南紀生物, 56(1): 56-61.
<論文情報>
(1)タイトル
Reproductive interference in live-bearing fish: the male guppy is a potential biological agent for eradicating invasive mosquitofish
(和訳)卵胎生魚における繁殖干渉:グッピーのオスの放飼により侵略的外来種カダヤシを根絶できる可能性がある
(2)雑誌名
Scientific Reports
(3)著者
鶴井香織*,†,1 藤本慎吾†,1 出岐大空†, 2 鈴木貴大2, 立田晴記2, 3 辻和希(瑞樹)2, 3
* Corresponding author
†These authors contributed equally to this work.
1 琉球大学戦略的研究プロジェクトセンター
2 琉球大学農学部/琉球大学大学院農学研究科
3 鹿児島大学連合大学院連合農学研究科
(4)DOI 10.1038/s41598-019-41858-y
(5)論文(アブストラクトを含む全文)URL
www.nature.com/articles/s41598-019-41858-y