研究成果

ハダカゾウクラゲから新規の光反射構造を発見 ~透明な浮遊性の巻貝が姿を消す仕組み~

 琉球大学理学部の広瀬裕一教授と北見工業大学、産業技術総合研究所、東海大学の研究者による共同研究の成果が、オープンアクセスの国際学術誌「PeerJ」に掲載されました(10 月28日付け) 。

・ハダカゾウクラゲは透明で柔らかな体をもつプランクトンで、貝殻を持たない巻貝である。不透明な内臓は銀色の皮に包まれ、水中で天敵に視認されにくい。

・銀色の皮を透過型電子顕微鏡で観察したところ、薄く広がった細胞が多層構造を構成していた。屈折率の異なる透明な板が互い違いに積み重なった構造(ブラッグ構造)では反射率が高くなるので、本種の細胞性多層構造も高反射構造を形成していると考えられる。

・細胞の薄層とその間隔は内側に向かって薄くなっている。これをもとにした光学モデルで光反射のシミュレーションを行ったところ、本構造は幅広い波長の光を反射し、反射光がほぼ白色であることが確認された。

・細胞内のブラッグ構造で光を反射する例は様々な動物で知られているが、細胞そのものが多層構造を作る反射構造は新発見である。


ほとんど透明な体のハダカゾウクラゲ(生体)と銀色の器官 (発表論文の図1を再編集)

 

<発表概要>
 透明で柔らかな体をもつハダカゾウクラゲ注1はクラゲの仲間ではなく、もちろんゾウの仲間でもありません。一生を海中でゆっくりと漂って暮らすこのプランクトンは巻貝の仲間(軟体動物門・腹足綱)です。このような生物は、外敵の攻撃から身を守る貝殻を持たないため、体のほとんどが透明なのは、敵に見つからないための適応だと考えられています。しかし、消化器系の末端に内臓核注2と呼ばれる不透明な器官があります。これはヒトの肝臓などに相当する器官で、赤褐色の髄質を銀色の皮質が包んでいます注3。側面からの光をこの銀色の皮質が反射することで、内臓核は背景と似た明るさになるため、不透明な器官であっても水中で目立たなくなります。実際に、内臓核の皮質が反射する光の波長を調べると、ほぼ白色であることが確認できました。



 内臓核皮質の微細構造 内臓核を包む皮が光を反射する仕組みを明らかにするため、透過型電子顕微鏡で観察したところ、内臓核皮質は多層構造で構成されていました(下図)。1つ1つの層は厚さ0.5〜0.1 µmで、その内部構造から薄く伸展した細胞であることが明らかとなりました。また、多層構造の下には細胞層があり、この細胞が伸展して多層構造の薄層に分化すると考えられます。細胞には活発にタンパク質を合成している特徴が見られるので、多層構造をつくる細胞の薄層にもタンパク質が蓄積されていると推定されます。

 新規の反射構造 屈折率の高い薄層が屈折率の低い薄層(隙間)をはさんで積み重なると光反射率が高まります。この繰り返しの層はブラッグ構造と呼ばれ、例えば窓ガラスに貼る遮熱フィルムや合成繊維の発色にも利用されています。ブラッグ構造は様々な動物でも光の反射に利用されおり、昆虫や甲殻類では屈折率の異なる薄層を積み上げたクチクラ層によって金属的な光沢のある体表をつくっています。また、魚の体の銀色は、グアニンなどの板状結晶が積み重なったブラッグ構造を持つ細胞(虹色素胞)によるものです。イカやタコの色素細胞にも、リフレクチンと呼ばれる高屈折率タンパク質を含む小胞を積み重ねたブラッグ構造を持つものがあります。魚やイカのブラッグ構造は細胞内に作られますが、ハダカゾウクラゲでは細胞そのものが薄層となって多細胞性のブラッグ構造を構成している点で新規の反射構造と考えられます(下図)。

 

 光学モデルと光反射シミュレーション ブラッグ構造による光の反射特性は薄層および隙間の屈折率と厚さで変化します。ハダカゾウクラゲの細胞性多層構造をもとに光反射シミュレーション注4を行いました。ここでは細胞性の薄層の屈折率を上述のイカやタコのリフレクチン程度と想定しています。実際の多層構造では薄層とその間隔は内側に向かって薄くなってゆきます。これを再現したモデルでは、幅広い波長(色に相当)を含む白色光を様々な角度で照射しても結果的にほぼ白色の光を反射することがわかりました。これは今回観察した内臓核皮質による反射光とよく一致します。

 では、なぜ薄層と隙間の厚さが変化しているのでしょう? 薄層と間隔の厚さが変化しないモデルを用いたシミュレーションでは、強く反射される光の波長が光を照射する角度によって変化します。これでは、内臓核の反射光の色や明るさが観察する位置によって変わることになり、かえって目立ってしまうでしょう。したがって、反射光を白色に近づけるために、薄層の厚さと間隔が薄くなることが必要だと考えられます。

 

 厳しい生存競争の中で、獲物や天敵に対して「姿が目立たない」ことは有利な性質となります。特に、体が柔らかく攻撃から身を守れないような動物にとっては重要です。本研究ではハダカゾウクラゲから新規の反射構造を発見し、その特性を解析しました。しかし、莫大な生物多様性と進化の中で、私たちがまだ知らない数多くの機能構造が新たな研究を待っていると期待されます。

 

<用語解説>
注1ハダカゾウクラゲ:クラゲではなく、巻貝の仲間に分類される。一生を海中に漂って暮らす透明なゼラチン質プランクトンで、広く世界の浅い暖水域に分布する。貝殻を持たないので「ハダカ」と呼ばれるが、近縁のゾウクラゲは内臓核の部分を覆う貝殻を持つ。動物プランクトンを捕食するので、透明な体は獲物に発見されないためにも役立っているかも知れない。本研究ではプランクトンネットを用いた採集を駿河湾で行なっているが滅多に採れない。

注2内臓核:消化管の終末に位置する円錐形の器官。主に肝臓の役割を果たすと考えられている。遊泳時には円錐の頂点が海底に向く姿勢を取って、上からや下から見える面積は最小化されているので、側面から見えにくくすることが重要となる。

注3皮質と髄質:動物の器官で外側の部分と内側の部分で構造や機能が異なる場合、外側を皮質、内側を髄質と呼ぶ。内臓核では中心ある消化管を取り巻く赤褐色の組織が髄質に相当する。

注4光反射シミュレーション: 様々な波長(色)の光を様々な角度で照射した場合の、構造表面における光の反射を計算する。本研究では厳密結合波解析(RCWA)と呼ばれる手法を用いている。

 

<謝辞>
本研究は科研費20K06213(代表 西川淳・東海大学)の助成を受けています。

<論文情報>
タイトル:Stack of cellular lamellae forms a silvered cortex to conceal the opaque organ in a transparent gastropod in epipelagic habitat(和訳)細胞性多層構造による銀色の皮質が表層で暮らす透明な巻貝の不透明な器官を隠す

雑誌名:PeerJ

著者:Daisuke Sakai, Jun Nishikawa, Hiroshi Kakiuchida, Euichi Hirose*酒井大輔(北見工業大学)、西川淳(東海大学)、垣内田洋(産業技術総合研究所)、広瀬裕一(琉球大学)*

DOI番号:DOI 10.7717/peerj.14284 

URL:https://peerj.com/articles/14284