研究成果

糖尿病治療薬による血液がん抑制効果の可能性 ~SGLT2阻害剤が超難治性の血液悪性腫瘍の増殖を抑える~

<発表概要>
【背景とこれまでの研究】
 がん細胞は低栄養・低酸素という劣悪な環境に打ち勝つ為に、ワールブルグ効果*1という形質を獲得することが知られています。がん細胞ではミトコンドリアに機能不全が生じる結果、エネルギー産生効率が高い酸化的リン酸化反応を上手に利用できなくなり、細胞増殖に必要なエネルギーは、エネルギー産生効率の悪い解糖系*2を用いたATP産生反応に頼らざるを得なくなります。エネルギー産生効率の悪い解糖系に依存する結果、がん細胞ではブドウ糖(グルコース)の取り込みが盛んになります。この代謝特性を利用したFDG-PET検査*3は がん診療の現場で汎用されています。琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)の研究チームでは、FDG-PET検査を用いて九州・沖縄地域に多発する超難治性の血液悪性腫瘍である成人T細胞白血病 (Adult T cell Leukemia、 ATL*4) 患者の悪性度が上昇するにつれて腫瘍のグルコース取り込みが亢進していることを明らかにしてきました1)。
一方、2014年からわが国でも使われるようになった糖尿病治療薬sodium glucose cotransporter 2(SGLT2)阻害剤*5は、糖を尿に出すことで血糖を下げる薬であり、近位尿細管におけるグルコースの再吸収を担うグルコーストランスポーター分子のひとつであるSGLT2を阻害して尿糖排泄を促進します。最近、膵臓がん、大腸がんなどのヒトの固形腫瘍をマウスに移植したゼノグラフトモデルに対するSGLT2阻害剤の投与が、がんの縮小効果をもたらす可能性が報告されました2)3)4)

【本研究の成果】
 今回、琉球大学第二内科の研究チームは、ATL 細胞株やATL患者検体においてSGLT2が高発現していることを新たに見いだしました。さらに、ATL細胞の代謝や増殖におけるSGLT2の役割の解明を試み、①ATL細胞株は高グルコース濃度の培養条件において細胞増殖が顕著に促進している、②ATL細胞株や患者由来ATL細胞に対して種々のSGLT2阻害薬を作用させると細胞内へのグルコースの取り込みが低下し、解糖系・ペントースリン酸回路*6の抑制に伴うATP産生量の低下、細胞内NADPH*7レベルの低下を招き、結果的にG1期に細胞増殖周期*8を留め、細胞増殖を抑制する、③SGLT2阻害剤による細胞増殖抑制効果は細胞自殺(アポトーシス)*9には関連しない、以上のことを明らかにしました。加えて、SGLT2遺伝子に対するRNA干渉*10によりSGLT2遺伝子の発現を抑制した細胞においてはSGLT2阻害剤を作用させてもグルコースの取り込み低下が観察されなかったことからも、ATL細胞の増殖においてSGLT2はグルコースの取り込みに寄与していることが裏付けられました。

【今後の展望】
 本研究の結果から、未だ決定的な治療法が確立していないATLのような超難治性の血液がんに対して、糖尿病治療薬を巧みに活用して、糖尿病とは直接の関係がないものの、進行の早い悪性細胞の増殖を遅らせるというユニークな治療法の樹立が期待できます。

 

ATL細胞増殖を抑制するSGLT2阻害剤の作用メカニズム

 

<参考文献>
1) Nakachi S et al. Hematology 2017; 22: 536-543
2) Scafoglio C et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112: E4111-E4119
3) Saito T et al. Endocr J 2015; 62:1133-1137
4) Scafoglio CR et al. Sci Transl Med 2018; 10: eaat5933

<商標登録の取得>
Metabolic Oncology(がんの糖・脂質代謝特性を活用する新規のがん予防・改善戦略)
考案者: 益崎裕章
商標登録番号:第6015034号(登録日:2018年1月26日)
出願日:2017年4月3日
商標権者:国立大学法人 琉球大学

<特許の出願>
特願:2018-177405 (出願日:2018年9月21日)
発明の名称:血液がんの予防及び/又は治療剤
発明代表者:益崎裕章
出願人:国立大学法人 琉球大学

特願:2018-211066 (出願日:2018年11月9日)
発明の名称:抗血液悪性腫瘍薬
発明代表者:益崎裕章
出願人:国立大学法人 琉球大学

<用語解説>
1. ワールブルグ効果
 がん細胞では有酸素状態においてもミトコンドリアの酸化的リン酸化よりも解糖系を亢進させることによりATPを産生する現象。

2. 解糖系
  生体内にある糖の代謝経路。グルコースやピルビン酸や乳酸などを分解し、細胞のエネルギー源となるATPを産生する多段階の化学反応。

3. FDG-PET検査
 グルコースに似た性質を持つ18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)が、がん細胞に取り込まれ集積する性質を利用したがん検査。

4. 成人T細胞白血病 (Adult T cell Leukemia、 ATL)
 T細胞にヒトT細胞白血病(human T-cell lymphotropic virus type 1(HTLV-1))ウイルスが感染し、がん化することにより発症する超難治性の血液がん。ウイルス感染者
 のみが発症する。

5. SGLT2阻害剤
 近位腎尿細管におけるブドウ糖の再吸収を阻害し、尿にブドウ糖を排泄することで血糖値を下げる経口血糖降下薬(糖尿病治療薬)。

6. ペントースリン酸回路
 グルコースの代謝経路の1つ。脂肪酸合成のためのNADPHの生成、リボースなどの五炭糖が生成される。

7. NADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド還元型)
  生体の酸化還元反応を触媒する酵素の補酵素として多くの酵素反応に関与する物質。

8. 細胞(増殖)周期
 細胞が増えるとき、細胞分裂が生じ、細胞分裂で生じた細胞(娘細胞)が再び細胞分裂を行う細胞(母細胞)となって新しい娘細胞を生み出す過程のこと。細胞はG1、S、
 G2、M期という過程を経て増殖する。 

9. アポトーシス
 予め予定されている細胞の死。構成している組織をより良い状態に保つため、細胞自体に組み込まれたプログラムである。

10. RNA干渉
 二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される現象。この現象を利用して人工的に二本鎖RNAを導入することにより、特定の遺伝子の発現を抑制する手法。

 

<論文情報>
(1)  論文タイトル:Impact of anti-diabetic sodium glucose cotransporter 2 inhibitors on tumor growth of intractable hematological malignancy in humans
        「ヒト難治性血液悪性腫瘍の増殖抑制に対するSGLT2阻害剤のインパクト」

(2)  雑誌名:Biomedicine & Pharmacotherapy

(3)  著者:Sawako Nakachi、 *Shiki Okamoto、 Keita Tamaki 、 Ikumi Nomura 、 Mamiko Tomihama、 Yukiko Nishi、 Takuya Fukushima、 Yuetsu Tanaka、 Satoko Morishima and *Hiroaki Masuzaki

(4)  DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.biopha.2022.112864

(5)  アブストラクトURL (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332222002530?via%3Dihub

(6)  注意事項:日本時間3月31日(月)午前0時 オンライン公開中