今年2021年1月から「国連海洋科学の10年(United Nations Decade of Ocean Science; UNDOS)」が始まりました。UNDOSでは、海の豊かさを未来へ引き継ぐため、「きれいな海」、「健全で回復力のある海」、「生産的な海」、「魅力的な海」などの社会目標を設定し、今後10年で、これらの目標達成に取り組みます。これに対応して、琉球大学理学部 久保田教授の研究チームは、海洋生物ビッグデータと統計モデルや人工知能(AI)を基に、海の生態系を見える化し、市民・行政・企業・金融機関と協働して「海の豊かさを守る」ための10年プロジェクト“Ocean180”をスタートします。Ocean180は、劣化する海の状況を反転し改善させるという願いをこめた名称で、生物多様性ビッグデータ分析を基にした実効性のある海の保全再生アクションを推進します。 地球の生物1/3以上(50万種)を網羅したビッグデータで生物多様性を見える化 |
<発表概要>
琉球大学の特色ある研究分野の一つである「海洋」において、久保田教授らの研究チームはプロジェクトOcean180をスタートさせます。劣化する海洋環境を、この10年で反転改善するという気持ちをこめた名称で、海洋生物ビッグデータを汎用化するための基盤技術を開発し、海の豊かさを守る応用技術の開発を推進していくことになりました。
プロジェクトOcean180の正式名称は、「海洋生物多様性ビッグデータ汎用化の基盤技術と海の豊かさを守る応用技術の開発」であり、文部科学省の「海洋資源利用促進技術開発プログラム 海洋生物ビッグデータ活用技術高度化」(https://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/mext_00159.html)の一つとして実施されました。プロジェクト期間は、「国連海洋科学の10年(UNDOS)」に対応した2021-2030年の10年間で、事業規模は年間最大3000万円です。
本プロジェクトは、主に以下3つの目標の達成を目指します。
目標①)誰もが使えるような、海の生物多様性ビッグデータを整備。海洋生物に関する様々な情報を規格化・強化・浄化しデータ統合するツールを開発します。そして、機械学習(人工知能など)を駆使し、遺伝子・種・群集・生態系の多様性及び保全利用の指標値を地図化し、行政機関や海に関わる様々な企業が利用可能な情報基盤を提供します。
目標②)適応的で持続的な海洋保全利用に関する技術開発。世界・日本スケールで生物多様性の時空間パターンを定量予測し、環境変動を考慮した海洋保護区の空間配置、温暖化・沿岸開発・漁業・海運に関係した海の生物多様性と生態系サービスの劣化リスク評価を行います。
目標③)様々な業界の連携で社会実装を推進。市民・行政・企業・金融機関と協働し、例えば、海洋生物可視化アプリケーションによるGIGA教育事業、生物多様性スマートな海運オペレーションモデル構築、海の豊かさの脅威に関わるリアルタイム評価監視システムの構築などを推進します。
最終的に、研究成果の収益化を元に海洋生物ビッグデータの自立的運用メカニズムを確立します。
プロジェクトの展望
このプロジェクトで実施する産学官連携の事業は、現在、始動しているだけでも、以下があります。
・海の生き物の豊かさを「見える化」するARアプリケーションのリリース
・美ら海サンゴ礁生態系の保全再生事業と生物多様性オフセットの条例化
・民間企業と連携したブルーカーボン事業
・海洋生態系への影響も考慮した海運オペレーションモデル構築
・再生エネルギー施設建設に関わる戦略的環境アセスメント技法の開発
・生物多様性ビッグデータを活用したGIGA教育アプリケーション開発
このような様々な社会実装を推進する研究プロジェクトは前例がなく、その組織体制が特徴的です。国内外の研究者を中心に社会実装を推進するベンチャーである(株)シンク・ネイチャーをハブとして、多セクターを横断した連携体制です。今後も、様々な企業と、さらに連携を拡大する計画で、海洋科学と社会実装を、プロジェクトの両輪として駆動し、民間投資を基にした多面的展開も推進し、「海の豊かさを守る」実効性のあるアクションで「国連海洋科学の10年」に貢献します。
プロジェクトの関連情報
久保田教授らの研究チームは、自然史(ナチュラルヒストリー)研究の成果を基に、生物多様性情報をビッグデータ化し、日本の全土の生き物の分布を「見える化」しています。さらに、研究チームは株式会社シンクネイチャーを立ち上げて、「日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)」(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)を構築しました。
J-BMPの生物多様性ビッグデータには、生物の空間情報、種の進化履歴を表す分子系統情報、種の生理生態学的な特徴を表す機能特性情報、生態系サービスに関係する生物の有用性情報などが含まれます。このビッグデータを分析することで、生物分布や種数の空間分布などを高精度で予測でき、私たちの身の回りに、どのような生物がどれくらい分布しているのか、全国各地にどのような生物が分布しているのか、絶滅危惧種や外来種が、どこにどれくらい分布しているのかを、瞬時に把握できます。
現在、私たち人間の影響で、生物の大量絶滅が懸念されています。このような地球環境問題を解決する上で、生物多様性ビッグデータを元にした保全計画の立案は、とても重要です。J-BMPのデータは随時アップデートされ、行政機関や民間企業などのSDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」や目標15「陸の豊かさを守ろう」などに関わる事業を支援しています。