研究成果

西表島の住宅で偶然見つかった「見慣れない虫」を 標本に基づいて記録 ―シロアリモドキ類の標本記録から考える、検証可能な生物多様性情報の意義― 目標15:陸の豊かさも守ろう

 

    <発表のポイント>

     琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設の和智仲是(わち なかただ)助教は、沖縄県西表島で確認されたシロアリモドキ目の一種、タイワンコケシタムシ(学名:Oligotoma humbertiana、別名:タイワンシロアリモドキ)を、標本に基づく検証可能な記録として報告しました。本種は熱帯・亜熱帯域に広く分布する昆虫ですが、日本国内での標本に基づく確実な記録は限られており、特に八重山諸島における記録の根拠や公開データは十分に整理されていませんでした。

     今回の記録は、西表島の同じ住宅で別日に確認された2個体の雄成虫に基づくものです。本成果は、日常的な観察の中で得られた発見を、同定・標本保存・文献確認・公開データの照合によって、検証可能な生物多様性情報として整理することの重要性を示しています。本成果は、2026年7月9日付で、生物の分布情報を専門に扱う国際学術誌 Check List に掲載されました。

    <発表概要>
     シロアリモドキ目は、主に熱帯から亜熱帯に分布し、樹皮の下、朽ち木、落ち葉の間などに、前脚にある特殊な器官から出す糸で網目状の巣をつくる小さな昆虫の仲間です。多くの種では雌は翅をもたず、雄には翅があり、今回確認された2個体も有翅の雄成虫でした。名前に「シロアリ」とありますが、シロアリとは別の昆虫で、英語では糸で巣をつくる性質に由来して webspinners と呼ばれます。多くの種は目立たない環境に生息しており、普段の生活で人が目にする機会は多くありません。そのため、日本国内における分布情報や公開データは、他のよく知られた昆虫類に比べて十分に整理されていませんでした。
     
     今回報告したタイワンコケシタムシ(学名:Oligotoma humbertiana、別名:タイワンシロアリモドキ)は、熱帯・亜熱帯域に広く分布するシロアリモドキ類の一種です。国外では台湾、中国、フィリピン、インドネシア、インド、スリランカ、マダガスカル、メキシコなど広い地域から記録されています(文献1)。日本では、九州の鹿児島県(文献1)や南大東島(文献2)などから記録されていますが、八重山諸島における記録には不確実な点が残されていました。石垣島については一部の図鑑類(文献3、4)で分布地として扱われており、西表島についても記録の存在が示唆されています(文献3)。しかし、これらの記録については、元となる文献、証拠標本の情報、詳細な産地情報などが十分に整理されているとはいえない状態でした。
     
     本研究では、沖縄県竹富町西表島船浦の住宅で確認された雄成虫2個体を対象としました。1個体目は2026年3月30日に住宅の網戸で偶然発見され、2個体目は同年6月21日に同じ住宅の外壁で確認されました。最初の発見は、和智助教にとっても生きたシロアリモドキを確認した初めての機会であり、発見時には一見してどの昆虫の仲間なのか判断することが難しいほど「見慣れない虫」でした。その後、これらの個体を採集してエタノール中に保存し、研究室で形態を観察しました。既存の文献や図に示された特徴と比較した結果、雄の腹部末端部に見られる特徴(図1)などからタイワンコケシタムシと同定されました。

     今回の発見は、特定の調査計画に基づいて得られたものではなく、日常的な生活環境の中で偶然確認された2個体に基づくものです。しかし、自然史研究では、このような偶然の発見も重要な出発点になります(注1)。発見された個体を標本として保存し、過去の文献や公開データベースと照合し、専門的な同定作業を行い、同定結果を標本情報とともに共有することで、単なる目撃情報ではなく、その地域にその種が存在したことを示す検証可能な生物多様性情報として位置づけることができます。

     本研究ではあわせて、国際的な生物多様性データベース GBIF(注2)や市民科学プラットフォーム iNaturalist(注3)に登録されている日本産シロアリモドキ目の記録も確認しました。その結果、日本産シロアリモドキ類の公開データは非常に限られており、写真に基づく観察記録では種レベルの同定が難しい場合があることが分かりました。たとえば、日本からのタイワンコケシタムシの記録は GBIF では確認されず、iNaturalist では石垣島からの観察記録が1件確認されたのみでした。さらに、標本に基づく記録であっても位置情報や元データとの対応に注意が必要な場合があることも分かりました。たとえば、国内の標本情報などを公開する S-Net(注4)では「竹富町西表島船浦」とされている詳細な産地情報が、GBIF上では「八重山郡」という、竹富町と与那国町を含むより広い行政区画として表示されている例が確認されました。公開データベースは生物多様性情報を共有するうえで重要な基盤ですが、その情報を利用する際には、標本、文献、元データ、位置情報の精度を確認することが重要です。

     また、地域で得られた標本記録や観察記録を、同定根拠や産地情報とともに整理し、将来検証できる形で残していくことは、地域の昆虫相を把握するだけでなく、国内外から利用可能な生物多様性情報を整備するうえでも重要です。一方で、本研究からは、そのための課題も浮き彫りになりました。たとえば、文献上よく知られているシロアリモドキ類の産地であっても、その情報がGBIFやiNaturalistなどの公開データベースに十分に反映されているとは限らないことが確認されました。

     本成果は、タイワンコケシタムシの西表島における検証可能な標本記録を提示するとともに、小型で目立たない昆虫類の分布情報を整理するうえで、標本、形態観察、文献調査、公開データの確認を組み合わせることの重要性を示すものです。同じ住宅で別日に2個体が確認されたことは、この場所で本種が繰り返し出現している可能性を示しますが、西表島で定着しているかどうかを判断するには、今後の追加調査が必要です。一見小さな記録であっても、適切に保存・同定・整理・公開することで、地域の自然史研究や生物多様性情報の基礎資料となりえます。


    図1. 西表島のタイワンコケシタムシ
    雄の腹部末端部に見られる、種の識別に用いられる特徴(矢印)と、2026年3月に住宅の網戸で発見された際の様子(和智仲是撮影)

    <今後の展望>
     今回確認された2個体は、同じ住宅で別日に採集された雄成虫であり、この場所で本種が繰り返し出現している可能性を示しています。ただし、これらはいずれも住宅の網戸や外壁といった人為的な環境で確認されたものであり、西表島で本種が定着しているかどうかは現時点では明らかではありません。タイワンコケシタムシは人工光に誘引されることが知られており、今回の個体も人為的な環境で偶然確認されたものです。また、シロアリモドキ類は一般に移動能力が限られる一方で、人間活動に伴って分布を広げる可能性も指摘されています。そのため、西表島に個体群が存在するとしても、それが自然分布によるものか、人為的な移動に関係するものかは、今後慎重に検討する必要があります。
     
     今後は、樹皮下、朽木、落葉層、樹幹上など、本種が生息する可能性のある微小環境を調査し、巣が形成されていないかを確認することで、西表島における生息状況や定着の有無を明らかにすることが重要です。また、他種を含め、過去に報告されたシロアリモドキ類の記録についても、標本の有無、同定根拠、位置情報を再確認することで、八重山諸島を含む日本産シロアリモドキ目の分布情報をより正確に整理できると考えられます。

     さらに、標本記録、文献記録、市民科学による観察記録を、GBIFやiNaturalistなどの公開データと結びつけていくことは、地域の生物多様性を国内外から利用可能な情報として残すうえで重要です。今回のように日常的な環境で偶然見つかった小さな記録であっても、標本として残し、正確に同定し、既存情報と照合することで、将来の分布変化の把握や地域の昆虫相研究に役立つ基礎情報となります。

    <補足説明>
     1)偶然の発見が出発点になった自然史研究の例
    偶然の発見が自然史研究につながることは少なくありません。琉球大学からは、これまでにも以下のような研究成果が発表されています。
    ・「これ、なに?」3歳児が見つけたのは、実は八重山初記録のハチの繭だった(琉球大学・研究成果, 2025年1月9日, https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/63551/

    ・トイレで見つけたカメムシは、八重山初記録の北米原産の外来種だった!(琉球大学・研究成果, 2025年7月30日, https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/69500/

    ・世界的に珍しいハエの、誰も見たことがなかった繁殖行動 地域住民の協力で明らかに(琉球大学・研究成果, 2025年11月7日, https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/72107/

    ・幼虫が水生と考えられているミツクロモンミズメイガを石垣島で初記録 -八重山では与那国島に続く2地点目- (琉球大学・研究成果, 2026年1月7日, https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/74568/

    2)国際的な生物多様性データベース GBIF
    GBIF(Global Biodiversity Information Facility)は、世界各地の研究機関や市民科学プラットフォームが保有する生物の分布・標本・観察記録を集約し、国際的に共有するデータ基盤です。生物多様性研究や保全の基礎情報として利用されています。

    3)市民科学プラットフォーム iNaturalist
    iNaturalist(アイナチュラリスト)は、市民や研究者が生き物の写真や観察情報を投稿し、種名の候補を共有・確認できるオンラインプラットフォームです。投稿された観察記録は、一定の条件を満たすと研究利用可能なデータとして扱われ、GBIFなどにも共有されます。

    4) S-Net(サイエンスミュージアムネット)
    S-Netは、日本国内の博物館・研究機関などが所蔵する自然史標本情報を検索できるデータベースです。標本の採集地、採集日、所蔵機関などの情報が公開されており、一部のデータはGBIFにも共有されています。

    <参考文献>
    1)伊藤 元(2020)シロアリモドキ目.日本昆虫目録編集委員会 編『日本昆虫目録 第3巻 直翅系昆虫類』日本昆虫学会,55.
    2)朴 鎮亨・岡 太陽・上原友太郎(2025)南大東島におけるタイワンコケシタムシ(シロアリモドキ目,シロアリモドキ科)の記録.昆蟲(ニューシリーズ)28: 103–105.
    3)市川 顕彦(2016)シロアリモドキ目.日本直翅類学会 編『日本産直翅類標準図鑑』学研プラス,196–197.
    4)中峰 空(2022)コケシロアリモドキ(コケシタムシ),タイワンシロアリモドキ.丸山宗利・長島聖大・中峰 空 編『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫』学研プラス,63.

    <論文情報>
    1.       論文名:Specimen-based record of Oligotoma humbertiana (Saussure, 1896) (Embioptera, Oligotomidae) from Iriomote Island, Japan, with notes on the species’ distribution and occurrence data
    2.      雑誌名:Check List 22 (4): 610–617
    3.      著者名:Nakatada Wachi
    4.      URL:https://checklist.pensoft.net/article/195410/
    5.      DOI:https://doi.org/10.15560/22.4.610