琉球大学理学部ライマー教授らの研究チームによる研究成果が、動物学の学術雑誌「Contributions to Zoology」誌に掲載されました。 |
<発表のポイント>
琉球大学のジェイムズ・ライマー教授らの研究チームは、西オーストラリアおよびインドネシア東部において、カイメン(海綿動物)と共生するスナギンチャク類の新種6種を博物館所蔵のカイメン標本の再調査より発見しました。この研究成果は、自然史博物館の収蔵品が未知の生物多様性を明らかにする重要な資源であることを示しています。
◆ 西オーストラリアおよびインドネシア東部で6種の新種スナギンチャクを発見
◆ カイメン-スナギンチャク共生の多様性を解明し、インド太平洋地域がホットスポットであることを確認
◆ 自然史博物館のコレクションが未記載の生物多様性を明らかにする重要なリソースであることを強調
写真:カイメンと表面に共生する新種スナギンチャク類の標本
<発表概要>
琉球大学理学部のジェイムズ・ライマー教授を中心とする国際的な研究チーム(西オーストラリア博物館、オランダのライデン自然史博物館、その他の共同研究者)が、通常の海でのフィールド調査ではなく、西オーストラリアおよびインドネシア東部の自然史博物館に収蔵されたカイメン(海綿動物)注1の標本を再調査することによって、そこから全く別の海洋生物であるミニセンナリスナギンチャクUmimayanthus属(スナギンチャク目注2)の新種6種を発見しました。今回、研究チームは、本属が特定のカイメン類と共生するという特徴に着目して研究を進めました。
ライマー教授らは、これら新種を形態およびDNAによる解析に基づいて確認しました。この研究の結果は、自然史博物館の収蔵品が未解明の生物多様性を明らかにする重要な資源であることを示しており、特に西オーストラリアとインドネシア東部がカイメンと共生するスナギンチャクの多様性において世界的に重要なホットスポットであることを示唆しています。
スナギンチャク類(刺胞動物門六放サンゴ亜綱)は、サンゴやイソギンチャクと同様、主に浅海から深海にかけて生息する底生の海洋生物です。しかし、これまでの研究では、この分類群は多くのフィールド調査で見過ごされてきました。一方で、カイメン類は広く収集されており、博物館には多くのカイメン標本が収蔵されています。本研究では、これらのカイメン標本に目を向け、それらに含まれる、見過ごされていたスナギンチャクの多様性を解明することに成功しました。このような調査手法は、従来のフィールド調査とは異なるアプローチであり、博物館の収蔵品が新たな発見をもたらす可能性を示しています。
今回の調査では、琉球大学および西オーストラリア博物館に保存されていたスポンジ標本を詳細に分析することで、今までは5種のみが知られていたミニセンナリスナギンチャクUmimayanthus属おいて新種6種を発見・記載しました(合計が11種と倍増)。また、100年以上前に記載された別のミニセンナリスナギンチャクUmimayanthus属の種も新たな形態観察に基づいて再記載し、これによりミニセンナリスナギンチャクUmimayanthus属全種を識別するためのキー(同定表)も作成しました。新種は、それぞれ異なるカイメンと特異的な共生関係を持ち、ポリプやコロニーの形態、さらには生息深度によって識別されます。これらの発見は、西オーストラリアおよびインドネシア東部がカイメンと共生するスナギンチャク類の多様性において、世界的に重要な地域であることを示すものです。
研究の新規性
本研究の新規性は、自然史博物館の収蔵品を調査するという従来の研究とは異なるアプローチを取り、新種の発見に至った点にあります。多くの博物館には、過去に収集されたカイメンやその他の生物標本が収蔵されており、それらは収集当時の環境や分類学的知識を反映した「スナップショット」としての価値を持っています。今回の研究では、これらの標本を再調査することで、これまで知られていなかった新種が発見され、博物館収蔵品の新たな科学的価値が浮き彫りになりました。また、カイメンとスナギンチャクの共生関係に着目した研究は非常に少なかったことから、このような共生関係に基づく新たな分類学的知見が得られたことは、今後の生物分類学や博物館学において大きな意義を持つと考えられます。
さらに、本研究は単に新種を記載するだけでなく、カイメンとスナギンチャクの共生という特異な生態系の理解を深めることにも寄与しています。海洋生態系における共生関係は、環境変動や人為的な影響を受けやすい側面があり、それらを理解することは、今後の保全活動や資源管理においても重要な役割を果たすでしょう。
社会的意義と今後の展望
本研究は、海洋生態系における生物多様性の理解を大きく前進させるものであり、特に海洋環境における共生関係の重要性を明らかにしています。カイメンとスナギンチャクの共生関係を解明することで、海洋資源の持続可能な利用や保全に向けた新たな視点を提供します。また、博物館の収蔵品が単なる保存物ではなく、未来の研究において重要なデータバンクとして機能することを示しました。これにより、博物館学の分野においても、収蔵品の再評価が進められることが期待されます。
海洋無脊椎動物の多様性や生態を研究しているライマー教授の研究室では、今までスナギンチャク類だけでも、4科13属49種を発見・記載してきました。今後、他の地域や博物館の収蔵品に対するさらなる調査を進めることで、さらに多くの未知の種が発見される可能性があります。特に、気候変動や人間活動の影響を受ける海洋生態系における生物多様性の保全に向けた取り組みが重要です。インド太平洋地域のような生物多様性のホットスポットに焦点を当てた調査が拡大されることで、これらの地域における生態系の保護と持続可能な利用が促進されることが期待されています。
<用語解説>
(注1)カイメン: 海綿動物で、多孔質の体を持ち、海中で生活する原始的な動物。多くの海洋生物と共生関係を持つことが知られている。
(注2)スナギンチャク目: 刺胞動物門の一部で、主に六放サンゴやイソギンチャクに近縁の海洋生物群。サンゴ礁や深海など、広範囲に分布している。
<論文情報>
- 論文タイトル:Museum collections as untapped sources of undescribed diversity of sponge-zoantharian associations with the description of six new species of Umimayanthus (Zoantharia: Parazoanthidae) from Western Australia and eastern Indonesia
(博物館コレクションにカイメン-スナギンチャク共生系の知られざる多様性が潜む可能性 - 西オーストラリアとインドネシア東部から発見されたミニセンナリスナギンチャク属(スナギンチャク目:センナリスナギンチャク科)の新種6種の記載) - 雑誌名:Contributions to Zoology
- 著者: Javier Montenegro* 1, 2, Jane Fromont3, Zoe Richards3, 4, Hiroki Kise1, 5, Oliver Gomez3, Bert W. Hoeksema6, James Davis Reimer* 1, 7(*責任著者)
- 所属:1琉球大学理工学研究科、2西オーストラリア大学、3西オーストラリア博物館、4カーティン大学、5産業技術総合研究所、6フローニンゲン大学、7琉球大学熱帯生物圏研究センター
- DOI番号:10.1163/18759866-bja10069
- アブストラクトURL: https://brill.com/view/journals/ctoz/aop/article-10.1163-18759866-bja10069/article-10.1163-18759866-bja10069.xml
- 注意事項:オーストラリアの民族グループにちなんで名付けられた種の学名については、その使用に各民族グループの許可が必要です。今回の6新種の学名は、上述の論文の参照をお願いします。明示的な許可なしに使用すると、これら民族グループとの間で大きなトラブルに発展する可能性があります。