研究成果

中小規模事業所の健康教育実施の実態
~健康教育実施割合はわずか15.3%、しかし効果ありうる~ 目標3:すべての人に健康と福祉を目標17:パートナーシップで目標を達成しよう

     琉球大学大学院医学研究科の中村幸志教授らの研究チームによる研究成果が、日本動脈硬化学会の学術雑誌「Journal of Atherosclerosis and Thrombosis」誌にてオンライン早期公開されました。

    <発表のポイント>
    ◆ 中小規模事業所における健康教育の実態と効果を併せて明らかにした報告としては初めてのものです。
    ◆ 健康教育を実施している中小規模事業所の割合は15.3%(情報提供のみ=12.3%、研修会のみ=1.0%、情報提供+研修会=2.0%)であることがわかりました。
    ◆ 情報提供と研修会を実施している事業所では、男女の「現在喫煙」と男性の「現在毎日飲酒」の割合(オッズ)が低いことがわかりました。
    ◆ 働き盛り世代の生活習慣病予防のための職域において解決すべき課題を示唆しうる成果といえます。

    <発表概要>
    【研究の背景】
     わが国の死亡原因や要介護状態原因の上位を占める、がんや循環器病(心疾患、脳卒中)などのいわゆる生活習慣病を予防する第一義的な方策は、集団アプローチによって国民全体に適切な生活習慣励行を図ることです。健康増進法に基づき、全国民を対象に、生活習慣励行を全国的に、あるいは地域ごとに推し進めることに加えて、若年・中年層の勤労者には職域の近接な関係を活かしてアプローチすることが効果的であるといえます。
     産業医や保健師などのフルタイムの健康管理担当者がいる大規模事業所では、個別アプローチによる保健指導に加え、集団アプローチによる健康教育などを比較的容易に行えます。しかし、日本の全民間事業所の99.7%を占め、全従業員の68.5%を雇用する民間中小規模事業所においては、このような人的資源は限定的であるといえます。この為、従業員全体に働きかける集団アプローチによる健康教育は、特に重要であるものの、その実施の実態と効果についてはわかっていませんでした。

    【研究の内容】
     琉球大学大学院医学研究科 公衆衛生学・疫学講座の中村幸志教授らは、全国健康保険協会(協会けんぽ)沖縄支部(以下、「沖縄支部」)から委託され、沖縄支部が所管する民間中小規模事業所およびその従業員(35~59歳)の2019年度の基礎登録、健康診断および事業所の健康管理体制などの調査結果を突合させたデータを解析しました。まず中小規模事業所の健康教育実施の実態を明らかにし、次いで健康教育実施の有無別にがんや循環器病などの罹患の危険を高める主要な生活習慣及び関連因子である「喫煙」、「飲酒」及び「肥満(注1)」を持つ者の割合を比較しました。
     本研究の対象事業所(沖縄支部が所管する全事業所の26.1%にあたる5,910事業所)のうち、健康教育を実施している事業所の割合は15.3%(情報提供のみ=12.3%、研修会のみ=1.0%、情報提供+研修会=2.0%)でした(図1)。

     対象事業所の対象従業員の中で、現在喫煙している者(以下、「現在喫煙」)は男性で39.9%、女性で13.8%でした。現在毎日飲酒している者(以下、「現在毎日飲酒」)は男性で32.0%、女性で12.4%、肥満を有するは男性で47.3%、女性で29.3%でした。
     【図2-(a)】「現在喫煙」の割合に関して、情報提供と研修会を実施している事業所にて最も低く、交絡因子を調整(注2)した「現在喫煙」のオッズ比(注3)は男性で0.80(95%信頼区間0.68–0.93)、女性で0.68(95%信頼区間0.52–0.88)でした。また、情報提供のみを実施している事業所にて、女性の「現在喫煙」のオッズ比は0.74(95%信頼区間0.63–0.87)でした。
     【図2-(b)】「現在毎日飲酒」の割合に関しては、情報提供と研修会を実施している事業所にて最も低く、「現在毎日飲酒」の調整オッズ比は男性で0.81(95%信頼区間0.69–0.95)、女性で0.84(95%信頼区間0.69–1.02)でした。また、情報提供のみを実施している事業所にて、女性の「現在毎日飲酒」のオッズ比は0.88(95%信頼区間0.77–1.00)でした。

     しかし、肥満の割合は、事業所の健康教育の有無に関わらず概ね同じで、オッズ比は概ね1でした。
     以上は、実社会の業態多様かつ多数の中小規模事業所と従業員を取り込んだデータの解析によって、中小規模事業所における健康教育実施の実態を把握して、実際に行われている一般的な健康教育の効果を見出した初めての報告です。

    【社会的意義】
     本研究チームはこれまでにも、職域健康診断における新規高血圧者の医療機関受診の実態を明らかにし、中小規模事業所における健康診断と関連する健康管理体制について課題と改善策を提示してきました。本研究ではさらに解析を進めた結果、働き盛り世代が罹病する、がんや循環器病などの生活習慣病予防のために、その一翼を担う職域において、解決すべき課題を示唆しうる成果を得たと考えています。人的資源が限られている中小規模事業所では、従業員に対して集団アプローチによる健康教育(情報提供、研修会)を実施することが困難な実態が見えましたが、一部の事業所が創意工夫で実施している健康教育が、その内容などの詳細は不明ながらも、従業員の喫煙と毎日飲酒を低減させていると推測されました。
     非常勤産業医や社外の健康増進事業と関係する機関を活用しながら、可能な限り、情報提供と研修会を組み合わせる形で健康教育を実施することが中小規模事業所にとって現実的かつ効果的な戦略といえるでしょう。そのためには、個々の事業所の努力のみならず、諸機関の支援、さらに事業所の取り組みを促進させる仕組みも望まれます。一方、肥満は食事や運動などの複合的な要因の結果ゆえに効果が表れにくかったと予想され、今後の研究では、肥満につながる各種生活習慣に注目した解析を要すると考えます。

    <用語解説>
    注1— 肥満:体重(kg)を「身長(m)の二乗」で除して計算されるBody Mass Indexという指標が25以上を指す。
    注2— 交絡因子を調整:比較する2つ以上の群(本研究では健康教育なし、情報提供のみ、研修会のみ、情報提供+研修会の4群)の背景にある事業所と従業員の平均的な特性(例.事業所の規模や業態など、従業員の年齢や生活習慣病に関する服薬状況)の違いを理論的に取り除くことである。
    注3— オッズ比:ある群における「ある事象(本研究では現在喫煙など)を有する確率pを、その事象を有しない確率(1 − p)で除したもの」をオッズという。このオッズを2つ以上の群(本研究では健康教育なし、情報提供のみ、研修会のみ、情報提供+研修会の4群)の間で比較するための指標がオッズ比である。オッズ比<1を呈する群は、基準群(本研究では健康教育なし)よりも事象を有するオッズが低いことを意味する。その数値は「○倍」ということではない。

    <論文情報>
    (1)論文タイトル:Worksite healthcare systems and lifestyle-related risk factors among employees at small-to-medium worksites in Okinawa, Japan
    (2)雑誌名:Journal of Atherosclerosis and Thrombosis, 2026年8月3日(月)オンライン早期公開
    (3)著者:Shota Kudaka, Kenshu Taira, Atsushi Sakima, Koshi Nakamura
    (4)DOI番号:10.5551/jat.66257
    (5) アブストラクトURL :https://doi.org/10.5551/jat.66257