研究成果

ウミクワガタの恋愛事情 ~メスのウミクワガタ幼生はオスに誘引され、オスがいないと大人になるのを延期する~

琉球大学理学部広瀬教授らの研究成果が、甲殻類の学術雑誌「Journal of Crustacean Biology」誌のオンライン版に掲載されました。

<発表のポイント>

  • メスの幼生はオスがいる所へ移動する傾向があり、オスはあまり移動しない。
  • メスの幼生はオスの抽出物を染み込ませた紙にも集まる。
  • 近くにオスがいないとメス幼生は成体に変態するのを一時延期してしばらく幼生のままでいる。ウミクワガタが延期可能な幼生期間は他の甲殻類で報告されているものよりもはるかに長期間である。

メス幼生が変態を延期できるのは変態直後の短い期間に1度だけ繁殖が可能なメスが繁殖の成功率を高めるための適応だと考えられる。


ウミクワガタの交尾前ガード:他のオスにメスを奪われないように、オス成体(♂)がメス幼生(メス)を抱えている。

 

<発表概要>
ウミクワガタはダンゴムシやフナムシなどと同じ等脚目の甲殻類です。オスはクワガタムシによく似た大顎を持っていますが、体長数ミリの小さな海の動物です。幼生は一時的に魚に取り付いて吸血する寄生虫で、吸血後に魚から離れて脱皮します。3回目の脱皮の時に成体(大人)に変態し、成体は何も食べずに繁殖に専念します。ウミクワガタの幼生は吸血や天敵から逃れるためによく泳ぎますが、成体はそれほど活発には動きません。ウミクワガタのメスは一生で1回しか繁殖する機会がなく子を産んだ後すぐに死んでしまいます。一方で、オスは死ぬまでに複数のメスと繁殖することが可能で、複数のメスと一緒に暮らすものもいます。このような一生を送るウミクワガタが繁殖に成功するためにはオスとメスが良いタイミングで出会う仕組みが必要だと考え、ウミクワガタの異性との出会いについて実験を行いました。


魚に取り付いて吸血中のウミクワガタ幼生(矢印)

誘引実験
小さなカップ2個を短い管でつないだ装置を使って、片側のカップにメス幼生をもう片方にオス成体入れオスとメスそれぞれの動きを調べたところ、メス幼生がオス成体のカップへ移動する傾向にあることがわかりました。オス成体は反対側のカップにメスがいてもいなくても動きに違いはありませんでした。さらに、オス成体をジクロロメタンという他の物質を溶かす有機溶媒に浸けてオス抽出液を作成し、これをろ紙に染み込ませたものと無処理のジクロロメタンを染み込ませたろ紙を飼育容器に置いて、メス幼生がどちらのろ紙に集まるかを調べたところ、オス抽出液を染み込ませたろ紙により多くの幼生が集まりました。この結果はオス成体は性フェロモン注1を持ち、これがジクロロエタンに抽出されたのでメス幼生がろ紙に集まったことを示します。つまりオス成体は性フェロモンを利用してメス幼生を誘引していることになります。成体よりも幼生の方が高い運動性を持つので、オス成体がメスを探すより、メス幼生がオス成体を探して移動する方が効率的なのでしょう。


誘引実験の実験装置:一方のカップにメス幼生を、もう一方にオス成体を入れておくと、一晩でメス幼生が短い管を通ってオス成体のカップに移動した。

オスの有無とメスの幼生期間
ウミクワガタの幼生を1個体ずつ単独で飼育すると、オスは1週間ぐらいで成体に変態しますが、メスはなかなか変態せず平均で1ヶ月ぐらい幼生のままです。変態しないで死んでしまうメス幼生もあります。しかし、メス幼生をオス幼生やオス成体と一緒に飼育すると、平均18日(最短で8日)でメス成体に変態することがわかりました。つまり、メス幼生はオスが近くにいる時といない時では幼生の期間が大きく異なるのです。
一般にウミクワガタを含む等脚目のメスは脱皮直後の外骨格が柔らかな時にしか交尾できません。ウミクワガタのメス幼生が成体に変態した時に、近くにオス成体がいなければ繁殖できないまま死んでしまうかもしれません。オスが近くにいない状況で、メス幼生が幼生期間を延長できるのは繁殖に失敗しないために重要な特性だと考えられます。


メス幼生が変態するまでの期間(箱ひげ図):メスを単独で飼育するよりもオスと飼育する方が幼生の期間は顕著に短い。

ウミクワガタの恋愛事情
このウミクワガタではオス成体が性フェロモンを利用してメス幼生を誘引します。オス成体を上手く見つけられたメス幼生は成体に変態するための準備を始め平均18日程度で変態します。しかし、オスを見つけられないメス幼生はしばらく成体になる(大人になる)のを延期することで、オスを見つけるための時間をかせぐのでしょう。どうしてもオスが見つけられない場合には、成体に変態するための準備を始めるか、そのまま死んでしまうようです。他のヘラムシやヨコエビなど他の甲殻類でも「メスの変態延期」報告されていますが、延長できるキル幼生期間は数時間〜せいぜい3日程度です。2週間以上も変態を延期できることが明らかになったのは今回のウミクワガタがはじめてです。ウミクワガタの繁殖様式は、生涯のうちで変態直後の短い期間に1度しか繁殖できないメスと、死ぬまで複数のメスと繁殖することができるオスが、必要なタイミングで出会い繁殖に成功するために進化したものだと考えられます。

 

<用語解説>
注1フェロモン:動物や微生物が体外に分泌する情報物質。他の個体の行動に影響を及ぼす。

<論文情報>
タイトル:Larvae of female Caecognathia sp. (Isopoda: Gnathiidae) are attracted to male adults and prolong their larval phase in the absence of males
(和訳)Caecognathia sp.(等脚目:ウミクワガタ科)のメス幼生はオス成体に誘引され、オスがいなければ幼生期を延長する
雑誌名:Journal of Crustacean Biology
著 者:Chiaki Hayasi, Katsuhiko Tanaka, Euichi Hirose* (林千晶、田中克彦、広瀬裕一*)
DOI番号:10.1093/jcbiol/ruz094
URL(Advanced Articles: 二つ目の論文) : https://academic.oup.com/jcb/advance-articles
URL(全文): https://academic.oup.com/jcb/advance-article/doi/10.1093/jcbiol/ruz094/5678672