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<発表のポイント>
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<概要>
生物の持つ様々な機能は、通常、自身のゲノムに書き込まれた遺伝子によって制御されています。研究チームは、発光魚の一種であるキンメモドキが、餌であるウミホタル類から発光酵素「ルシフェラーゼ」を取り込み、自らの発光に利用しているという「盗タンパク質現象」を以前に発見していました。しかし、本種のゲノムに発光酵素の遺伝子が本当に存在しないのかは不明でした。
今回、東北大学学際科学フロンティア研究所の別所-上原学助教らの研究チームは、最新のロングリードシーケンス技術を用いてキンメモドキのゲノムを解読しました。全ゲノム情報を徹底的に解析した結果、キンメモドキのゲノムの中に、ウミホタル類のルシフェラーゼ遺伝子がないことが明らかとなりました。
この結果は、キンメモドキが「盗タンパク質」という極めて珍しい戦略をとっていることを決定づけるものです。本成果は、生物が遺伝情報の書き換えを伴わずに新しい機能を獲得するという、進化の多様性を示す重要な発見です。
今後、本ゲノム情報を基盤として、タンパク質の機能を保ったまま消化せずに経口で取込むというメカニズムの解明が進むと期待されます。この成果は将来的に、経口バイオ医薬など医療分野への応用も見据えられています。
本成果は、2026年4月1日に科学誌Scientific Reportsにされました。
<研究の背景>
生物の形や機能は、自分自身のゲノム(生物が持つすべての遺伝情報)にある遺伝子をもとに作られるのが大原則です。しかし、自然界には他の生物の能力を「盗む」ことで、自分だけでは成し得ない能力を発揮する特異な生物が存在します。
その代表例が、発光魚のキンメモドキです。キンメモドキは、海を漂うウミホタルを捕食し、ウミホタルの発光酵素(ルシフェラーゼ)を自身の発光器官に取り込んで数ヶ月以上も光ることができます(図1、図2、動画1)。この現象は「盗タンパク質(kleptoprotein)」と呼ばれ、世界でもキンメモドキでしか報告されていない極めて稀で、謎に包まれている現象です。先行研究によって、キンメモドキがウミホタルの酵素をそのまま利用していることが示唆されていましたが、「実はキンメモドキ自身も、DNAのどこかに発光遺伝子を隠し持っているのではないか?」という可能性を完全に否定することはできていませんでした。この謎を完全に決着させるためには、全ゲノムを完全に解読・解析する必要がありました。
<今回の取り組み>
東北大学学際科学フロンティア研究所の別所-上原学助教、基礎生物学研究所の山口勝司主任技術員、重信秀治教授、琉球大学理学部の小枝圭太助教、沖縄美ら海水族館の松崎章平主査、慶應義塾大学先端生命科学研究所の前田太郎特任助教からなる研究チームは、最新のロングリードシーケンス技術(PacBio HiFi)を用いて、キンメモドキの高精度な全ゲノム解読(約6.25億塩基対)を行いました。
完成した精緻なゲノムデータやそこから見つかった全遺伝子データ、遺伝子が書かれていないDNA領域、さらには生データ(注4)にいたるまで、あらゆる情報解析手法を駆使して発光酵素(ウミホタル類のルシフェラーゼ)の遺伝子を徹底的に探索しました。その結果、キンメモドキのゲノムのどこにも発光酵素の遺伝子は存在しないことが明らかになりました。
さらに、発光能力に関わるルシフェラーゼ以外の遺伝子について、「ウミホタルから遺伝子そのものをコピーして取り込んでいる(水平伝播)(注5)」という可能性についても検証しましたが、そうした遺伝子の移動を示す証拠は一切見つかりませんでした。これにより、キンメモドキの発光能力は、自身の遺伝子によるものではなく、完全に餌から盗み出した「タンパク質」であることがゲノムレベルで決定づけられました。
<今後の展開>
本研究で構築されたキンメモドキの高精度な全ゲノム情報は、世界で唯一の「盗タンパク質」現象の分子メカニズムを根底から解き明かすための極めて重要な研究基盤となります。
生物学の常識では、口から摂取したタンパク質は胃腸の消化酵素によってタンパク質としての機能を持たないアミノ酸へと分解されてしまいます。しかし、キンメモドキは餌生物のタンパク質(発光酵素)を無傷のまま、さらに数ヶ月という長期間にわたって機能を維持した状態で自身の発光器官に蓄積し、利用しています。この「特定の臓器においてタンパク質を消化せずに機能させたまま体内に取り込む」という驚異的なメカニズムの全容解明が、今後の最大の研究テーマです。
このキンメモドキが進化の過程で獲得した独自のメカニズムは、現代医療の大きな壁を突破する可能性を秘めています。現在、がん治療に使われる抗体医薬や糖尿病治療のインスリンといった「タンパク質製剤(バイオ医薬品)」は、口から飲むと胃酸や消化酵素で分解されて効力を失うため、患者に痛みを伴う注射や点滴で投与せざるを得ません。
もし、キンメモドキが発光酵素を消化から守り、特定の器官へ輸送・保持する仕組み(未知の保護タンパク質や特殊な受容体、免疫寛容システムなど)をゲノム情報から特定し、人間の医療に応用することができれば、「これまで注射でしか投与できなかったバイオ医薬品を、口から飲める薬(経口投与薬)に変える」という、画期的なドラッグ・デリバリー・システム(DDS)(注6)の創出に繋がります。これは患者の日々の苦痛を取り除きQOL(生活の質)を劇的に向上させるだけでなく、医療市場にパラダイムシフトを起こす可能性を秘めた技術です。また産業分野においても、有用な酵素を家畜や養殖魚の体内に機能したまま効率よく届ける新規飼料の開発など、幅広い応用が期待されます。

図1. キンメモドキ
体長約7 cm。太平洋沿岸に生息し、数千匹の群れをつくる。沖縄美ら海水族館など、国内の水族館でもしばしば展示されている種ではあるが、発光することはあまり知られていない。写真:国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館

図2. 発光の様子
薄暗い環境で水槽の下から見上げると、腹側が青色に発光する様子が観察できる。この発光に使われる酵素や化学分子は、キンメモドキ自身は作ること(生合成)ができず、エサであるウミホタルの一種(Cypridina noctiluca)から摂食により取り込んでいることが明らかとなった。写真:国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館

動画1.キンメモドキの発光の様子:動画
キンメモドキは透明な体(図1では背骨が透けて見えていることに注目)の表面に赤い色素を広げ、赤〜橙の体色をしめす。キンメモドキは、赤色の色素を縮めることで体を半透明化し、色素を広げることで水中では黒く見えるように変化し、巧みに環境に擬態する能力を持つ。しかし、月夜の晩などの薄暗がりの海でさえも、上から注ぐ光によって頭や内臓に自身の影ができるため、夜間の活動でも、下で待ち構えている捕食者らに見つかる危険性がある。このリスクを極限まで回避する方法として、キンメモドキは腹側を発光させ、自身の影を消していると考えられている。動画では、高感度カメラを用いて、薄暗い環境でキンメモドキの輪郭や発光の様子を捉えている。動画:国営沖縄記念公園(海洋博公園):沖縄美ら海水族館
<謝辞>
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR214D)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(20K22627, 21K15144, 21K06313)、基礎生物学研究所 共同利用研究(23NIBB103, 24NIBB102)などの支援を受けて行われました。
<用語説明>
注1. ロングリードシーケンス技術
DNAの塩基配列を一度に長く、正確に読み取る最先端の解析手法。本研究ではPacBio HiFiリードを用い、精度の高いゲノム構築を実現した。
注2.ルシフェラーゼ
生物が光を放つ化学反応を引き起こす「発光酵素」。
注3.盗タンパク質(kleptoprotein)
獲物から機能を持ったタンパク質を取り込み、消化せずにそのまま自分の機能として利用する生物学的な現象。現在、キンメモドキでのみ確認されている。
注4.ゲノム解読における生データ
全ゲノム解読では、断片的なDNA配列をつなぎ合わせて、完全なゲノム配列の復元を行う。本研究ではPacBio HiFiリードである平均約2万塩基対のデータを繋ぎ合わせることで、キンメモドキの全ゲノム配列を構築した。このつなぎ合わせる前の塩基配列解析装置から出力されたデータに対しても探索したが、ルシフェラーゼの遺伝子は見つからなかった。
注5.遺伝子の水平伝播
親から子への遺伝(垂直伝播)とは異なり、ある生物から別の生物へと直接遺伝子が移動し、組み込まれる現象。
注6.ドラッグ・デリバリー・システム(DDS: Drug Delivery System)
薬物を必要な部位に、必要な量だけ、必要な時間だけ届けるための技術。注射ではなく経口投与が可能になることで、患者の負担を大幅に軽減に寄与する。
<論文情報>
(1) 論文タイトル:Absence of the luciferase gene in the genome of the kleptoprotein bioluminescent fish Parapriacanthus ransonneti
(2) 著者:別所-上原学*、山口勝司、小枝圭太、松崎章平、前田太郎、重信秀治*責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 (兼 生命科学研究科)助教 別所-上原学
(3) 掲載誌:Scientific Reports
(4) DOI:10.1038/s41598-026-43942-6
(5) URL:https://doi.org/10.1038/s41598-026-43942-6