研究成果

スピロヘータは実は有用微生物だった! 〜タカサゴシロアリ腸内で木材の消化をアシスト!〜

平成30年11月27日
琉球大学
農研機構
山口大学

スピロヘータは実は有⽤微⽣物だった!
〜タカサゴシロアリ腸内で⽊材の消化をアシスト!〜

<本研究成果のポイント>

  • スピロヘータはらせん状の形をした細菌(バクテリア)で、ヒトの病原細菌として良く知られています。今から約100年前、日本の野口英世博士が梅毒トレポネーマ(Treponema pallidam)をはじめとして、様々な病原性スピロヘータの研究を精力的に行ったことでも有名です。
  • l 本研究では、沖縄県八重山諸島に分布するタカサゴシロアリの腸内において、餌の木片に大量に付着したトレポネーマ属のスピロヘータがキシラナーゼと呼ばれる消化酵素を生産し、木材に含まれるヘミセルロースの主要成分であるキシラン分解に主要な役割を果たしていることを初めて明らかにしました。
  • l これまでキシラナーゼを生産するスピロヘータは知られていませんでした。そこで得られた遺伝子配列の類似性や系統関係を解析したところ、シロアリの腸内に共生するスピロヘータはキシラナーゼ遺伝子を全く異なる細菌から獲得したことが示唆されました。
  • l キシラナーゼの標的であるキシランは食物繊維として穀物や草にも含まれていますが、一般に動物自身はこれを分解する消化酵素を作ることができません。そのため、ヒトや草食動物の腸内にもキシラナーゼを生産する細菌群が共生していますが、これらはスピロヘータとは全く異なる種類の細菌であることが知られています。今回の研究成果は、脊椎動物と昆虫という系統的に大きく離れた動物の腸内で、共通の機能を持つ細菌が独立に進化しうることを示しており、腸内細菌の進化や共生の仕組みを理解する上で重要な知見です。

 

この研究成果は11月26日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) 電子版に掲載されました。

<研究の背景と内容>
 琉球大学熱帯生物圏研究センターの徳田教授の研究グループと国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の渡辺主席研究員の研究グループは、シロアリを中心とした食材性昆虫の木材分解メカニズムを長年研究しています。本研究では昆虫の腸内微生物研究の第一人者である独・マックスプランク研究所のAndreas Brune教授とAram Mikaelyan研究員(現・米ノースカロライナ州立大学助教)、さらに抗体による微生物研究の第一人者である山口大学藤島教授との国際共同研究により、高等シロアリの腸内でスピロヘータがヘミセルロースの主要成分であるキシラン分解に主要な役割を果たしていることを初めて明らかにしました。

 国内の温帯域に広く分布するヤマトシロアリやイエシロアリでは、主に腸内に共生する原生生物が木材に含まれるセルロースやヘミセルロース注1)の分解を行っていることが知られていますが、熱帯域を中心に分布するシロアリの多くはこのような原生生物を腸内に保有していません。このようなシロアリは新たに派生したことから「高等シロアリ」と呼ばれ、国内では沖縄県内にのみに分布しています。私たちは高等シロアリのセルロース消化についてもこれまで研究しており、シロアリ自身が中腸で自前の消化酵素を分泌していること(Tokuda et al. 2012. Journal of Insect Physiology 58, 147)や、腸内の木片に付着した特定のバクテリア群集がセルロース分解に重要な役割を果たすことを報告しています(Tokuda and Watanabe, 2007. Biology Letters 3, 336; Mikaelyan et al. 2014. Environmental Microbiology 16, 2711)。しかし、高等シロアリの腸内におけるヘミセルロース分解の仕組みについては、これまで世界的にもあまり研究が進んでいませんでした。そこで本研究では、沖縄県八重山諸島に分布する食材性高等シロアリであるタカサゴシロアリを用いて、高等シロアリのキシラン分解の仕組みについて研究を実施しました。

本研究により、以下の結果が得られました。

  • タカサゴシロアリ腸内のキシラン分解活性は、後腸の不溶性画分(木片と細菌の塊)に局在していた
  • 後腸のキシラン分解活性は、セルロース分解活性よりも高かった
  • 木片に付着しているバクテリアのみを単離し、次世代DNAシーケンサーを用いて発現遺伝子の網羅的解析(メタトランスクリプトーム解析)を行ったところ、特定の種類のキシラナーゼ遺伝子群がもっとも高発現していた
  • 高発現しているキシラナーゼと相同な配列を有するキシラナーゼ遺伝子を大腸菌に挿入し、当該キシラナーゼを異種生産したところ、高いキシラン分解活性が確認された
  • 木片付着細菌群集を抗原としてモノクローナル抗体を作製したところ、上述のキシラナーゼに反応する抗体が得られ、その抗体はらせん状の細菌を認識していた(図1)
  • 次世代DNAシーケンサーにより、木片付着細菌群集のゲノムDNA配列を網羅的に取得し(メタゲノム解析)、binningと呼ばれる情報処理的手法による解析を行ったところ、高発現しているキシラナーゼ遺伝子はトレポネーマ属スピロヘータのゲノムに存在することが明らかとなった
  • これまでスピロヘータのゲノムからこのようなキシラナーゼ遺伝子は見つかっていなかったが、過去には本種と近縁な高等シロアリの未知の腸内細菌からも相同な配列を有する遺伝子の存在が報告されていた。そこでキシラナーゼ遺伝子の包括的な系統解析を行った結果、これらの遺伝子はファーミキューテス門に属する細菌から高等シロアリの祖先種の腸内に共生していたスピロヘータに水平伝搬注2)によってもたらされたと推定された

図1 タカサゴシロアリの腸内でキシラナーゼを生産する共生細菌(緑)の分布の様子(撮影:松浦優)。青い大きな塊は木片の自家蛍光。右上の差込み画像は、共生細菌の拡大蛍光顕微鏡画像。スケールバーは10μm。

これまでに系統的に下等なシロアリの腸内では、木材分解は主に大型の共生原生生物が担っていることが知られていた一方で、スピロヘータは水素と二酸化炭素からの酢酸合成や空気中の窒素固定を行うと報告されていました。本研究結果は、系統的に高等なシロアリの腸内においては木材分解を担う原生生物が失われた代わりに、スピロヘータが木材分解にも関与するようになったことを示唆しており(図2)、一般的には病原細菌として認知されているスピロヘータの意外な一面を解き明かしたものとして注目されます。

図2 タカサゴシロアリにおける木材消化の模式図

シロアリの消化管は大きく前腸・中腸・後腸から構成されており、共生細菌は主に後腸に分布しています。まず、木材はシロアリの大顎で噛み砕かれた後、前腸でさらに細かく破砕され、中腸に運ばれます。中腸では、木片はシロアリ由来のセルラーゼによって部分分解され、生じたブドウ糖はシロアリによって吸収されます。その後、木片は後腸に到達し、スピロヘータやその他の腸内細菌が付着します。セルロースとリグニンの間を架橋するヘミセルロースはスピロヘータ由来の酵素によって分解され、キシロースを始めとする分解産物は腸内細菌に利用されると考えられます。さらにこの分解作用によって木材からはセルロースの露出が促進され、その他の腸内細菌由来のセルラーゼによる作用を受けやすくなると考えられます。また、このような木片は糞に混じって、自分では採餌することのできない兵隊アリや他の若齢シロアリに供給されると思われます。糞を食べたシロアリは、その中に含まれる木材を中腸において自分の消化酵素(セルラーゼ)で消化し、エネルギー源として利用しているのではないかと考えています。


注1)
木材はセルロースおよびヘミセルロースと呼ばれる多糖類とリグニンと呼ばれる難分解性のフェノール化合物から構成されています。セルロースはブドウ糖の重合体で、木材にもっとも多く含まれる多糖です。ヘミセルロースは木材に含まれるセルロース以外の多糖の総称で、その主要成分はキシランと呼ばれています。キシランはセルロースに次いで2番目に多く木材に含まれる多糖で、樹木が枯死した際にはセルロースより先に微生物の栄養資源として分解を受けます。また、ヘミセルロースはセルロースと難分解性のリグニンとの間を架橋しており、ヘミセルロース分解によってセルロースも分解を受けやすくなると考えられています。
注2)
遺伝子が個体や種の壁を越えて他個体や他種に運ばれること。細菌の進化や環境適応においては、遺伝子の水平伝搬が重要な役割を果たしてきたと考えられている。


<今後の展望>
【基礎研究面】
 シロアリは熱帯・亜熱帯を中心に約3000種類が知られており、その多くは共生原生生物を持たない「高等シロアリ」です。高等シロアリは木材以外にも、きのこや地衣類、腐植土などを主食とするものが知られており、土壌中で生活するものや塚を作るものなど,多様な生活様式を示します。これらのシロアリは熱帯や亜熱帯の多様な環境に適応しながら、独自の消化システムを構築していることが予想されます。今回の発見はその氷山の一角であり、シロアリの消化や代謝システムの研究は、生命が共生現象を介してどのように新たな環境に適応進化してきたのかを理解するための大きな手がかりになるものと期待されます。
【応用面】
 キシランとその構成単糖である五炭糖のキシロースは哺乳類の栄養素としてなじみが薄く、目立った産業利用はされてきませんでしたが、これまでにも「ちくわ」や「かまぼこ」などの水産練り製品の焼き色の改善に活用されてきました。しかし近年では、キシランをキシラナーゼで分解して得られるキシロースに糖吸収を抑える作用が知られるようになり、サプリメントとしての活用が進んでいます。また、キシロースを還元して得られるキシリトールは抗う蝕性の低カロリー甘味料として知られ、ガムなどの甘味料として広く活用されるに至っています。加えて一部企業はキシロースを乳酸に転換する酵母を分子育種し、これをもとにバイオプラスチックを生産する技術の開発を進めています。
 本研究では、シロアリの腸内共生スピロヘータ由来のキシラナーゼを大腸菌に作らせることにも成功しており、大量生産による産業利用などの応用への可能性を示唆しています。今後は応用原料としての木材からのキシロース生産と、それを出発点とする機能性糖類生産に活用されることが期待されます。
<謝辞>
 本研究は、平成26年度発酵研究所一般研究助成、日本学術振興会科学研究費助成事業(26292177, 15K14900, 17H01510)および日本学術振興会・ドイツ学術交流会による二国間共同研究(平成26年度特定国派遣研究者事業)の支援を受けて行われました。

<論文情報>
掲載誌:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
論文タイトル:Fiber-associated spirochetes are major agents of hemicellulose degradation in the hindgut of wood-feeding higher termites (和訳:木質繊維に付着したスピロヘータは、食材性高等シロアリの後腸においてヘミセルロースの主要な分解者である)
DOI:10.1073/pnas.1810550115
著者:徳田岳 (*責任著者、琉球大・熱帯生物圏研究センター(熱生研)・教授)
Aram Mikaelyan (米・ノースカロライナ州立大学・助教)
福井知穂 (元琉球大・熱生研・技術補佐員)
松浦優 (琉球大・熱生研・助教)
渡辺裕文(農研機構・生物機能利用研究部門・主席研究員)
藤島政博(山口大院・創成科学研究科・特命教授)
Andreas Brune(独・マックスプランク研究所・教授)