琉球大学総合技術部・藤本真悟技術職員らの研究チームによる研究成果が、イギリスの生態学の学術雑誌「Molecular Ecology」誌に掲載されました。 |
<発表のポイント>
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キタノメダカ(青森)とミナミメダカ(沖縄)で、野外の産卵状況を比較すると、青森のメスは沖縄のメスより繁殖期間は短いが、一腹の産卵数は多かった。この繁殖様式の違いは、温度の季節変化など高緯度環境への適応進化を示していると考えられた。
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飼育下のF2世代のメダカで産卵数に影響する遺伝子座を調べたところ、関連する遺伝子座を23番染色体に見つけることができた。この領域には成長に関わるIGF1遺伝子と卵黄形成に関わるlep-b遺伝子が含まれていた。
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他の動物でも緯度に沿った繁殖様式の変異は広く知られるので、メダカによる今回の研究結果は繁殖特性の種間変異をもたらす遺伝・生理基盤の理解に役立つと考えられる。
<発表概要>
① 研究の背景
あらゆる生物は、成長して体が大きくなると、子どもを産めるように「成熟」して、繁殖を始めます。このとき、体が大きくなることや年齢が増えることに伴い、繁殖に使うエネルギーがどう変わるか(体のサイズと繁殖力のアロメトリー関係 *1)は、生物によって違いがあります。また、近縁な仲間の種でも、この関係にはしばしば大きな違いが見られることが知られています。進化生態学という分野では、この「体のサイズと繁殖力のアロメトリー関係」は、その生物が住んでいる環境の下で、「一生の間に一番多くの子どもを残せる」繁殖戦略を長い時間をかけて進化させた結果だと考えます。たとえば、「大きな体でたくさんの子どもを産む」や「小さな体で早めに繁殖を始める」など、それぞれの環境に合った方法で種ごとに戦略が進化したということです。
最近では、ニワトリ、ウズラやサケといった家畜や養殖魚で、どの個体がどれくらい子どもを産むかに影響する遺伝子が特定されるようになりました。このような研究は、家畜や魚の生産性を上げることを目的としています。しかし、こうした「同じ種の中での個体間の繁殖力の違い」を説明する遺伝子が、「違う種の間での繁殖力の違い」も説明できるのかは、まだはっきりしていませんでした。
琉球大学総合技術部の藤本真悟技術職員らの研究チームは、この「体のサイズと繁殖力の関係」の適応進化(生物が住んでいる環境に合わせて体や繁殖の特性を変化させる進化)とそれに関わる遺伝子を探るために、日本に生息するミナミメダカ Oryzias latipesとキタノメダカ O. sakaizumiiの分析を試みました。
② 研究内容
日本列島にいるメダカの仲間は、沖縄から青森まで広い地域に分布しています。その中で、キタノメダカは日本海側を中心に分布し、ミナミメダカは太平洋側を中心に分布しています(図1a)。キタノメダカは寒冷な地域に分布しており、季節による温度の変化が大きい高緯度環境に適応しています。そのため、成長速度や繁殖の季節性などがミナミメダカとは遺伝的に異なると、今までの研究で示されてきました。しかしながら、「緯度の異なる地域間で繁殖期間や産卵数がどのように違うのか」や、「体の大きさと産卵数の関係」が、野外に生息する野生のメダカでどうなっているかは、これまで詳しく比べられていませんでした。
繁殖の期間や卵数の違い:そこで今回、沖縄(ミナミメダカ)と青森(キタノメダカ)の野生のメダカを調べて、繁殖の特性がどう違うのかを観察しました(図1)。日本列島のメダカの分布の最南と最北に近い、沖縄(ミナミメダカ)と青森(キタノメダカ)の野生のメダカを比べて、繁殖特性がどう違うのか観察する行動生態学のアプローチで調べました(図1)。すると、沖縄のメスは3月から10月まで半年間にわたって繁殖していたのに対して、青森のメスは5月から7月のわずか2ヶ月間だけ繁殖することがわかりました(図1c, d)。さらに、メスの体のサイズと産卵数との関係を調べると、青森のメダカでは、体のサイズが大きくなるほど1回の繁殖で産卵する卵数が増える傾向が強いことがわかりました(図1b)。これらの結果から、高緯度の環境に分布するキタノメダカは、気温が低くなる秋冬までの時間が短いといった環境の制約に適応した繁殖特性として、その短い期間に産卵を集中させるような適応進化が生じたことを示唆します。
図1. (a) 日本におけるキタノメダカ(水色)とミナミメダカ(赤)の地理的分布、(b) 青森と沖縄の野生個体におけるサイズと産卵数との関係、(c) 青森における繁殖可能な雌雄の割合の季節変化、(d) 沖縄における繁殖可能な雌雄の割合の季節変化
遺伝子の違いに要因?:青森と沖縄のメダカで、体の大きさと産卵数との関係に進化が生じているのか結論付けるには、産卵数の違いが環境の違いではなく、遺伝子の違いによることを確かめる必要があります。今回の研究で使った2種のメダカは、飼育下で簡単に交配させることができます。そこで、青森と沖縄に生息していた野生個体を飼育下で交配し、孫の世代(F2個体)を作りました。そして、そのF2個体を使って、どの遺伝子が産卵数に影響しているかを調べる量的形質遺伝子座解析(*2)を行いました。
その結果、産卵数に関係する遺伝子が23番染色体にありそうなことがわかりました(図2a)。さらに、23番染色体の遺伝子のタイプが産卵数にどう影響するか調べたところ、青森の遺伝子型を持つ個体の産卵数の平均が、沖縄の遺伝子型や青森と沖縄が交雑したタイプよりも多いことがわかりました(図2b, c)。この結果は、野生のメダカで見られた産卵数の違い(図1b)を説明するものでした。
また、23番染色体にある産卵数に関連する部分の遺伝子を詳しく調べたところ(分子や生理機能の遺伝子オントロジー *3を確認)、インスリン様成長因子1 (Insulin-like growth factor 1, IGF1)やレプチン(Leptin B, lep-b)の遺伝子が含まれていることがわかりました。この2つの遺伝子は、脊椎動物全般で体の成長や卵巣の成熟、産む子どもの数に関係することが知られています。これらの遺伝子が、メダカでも体のサイズと産卵数に影響している可能性があると考えられます。
図2. (a) 青森と沖縄のF2交雑個体で行った産卵数のQTL解析の尤度スコア、(b) 23番染色体のSNP遺伝子マーカーの遺伝子型と平均産卵数、(c) 23番染色体上のSNP遺伝子マーカーによるサイズと産卵数との関係に対する効果
③ 社会的意義
高緯度(寒い地域)に分布する種(または集団)の方が低緯度(暖かい地域)の種より、同じサイズでも産卵数が大きくなることは、メダカを含む魚類だけでなく、鳥類やトカゲ、昆虫など、様々な生物で広く知られているパターンです。
しかし、こうした生物の違いについて研究するとき、「その違いが本当に遺伝子によるものなのか」を調べるのは簡単ではありません。特に野生動物を対象にすると、種や地域ごとの違いの原因が遺伝子によるものかどうかを証明するのが難しい場合が多いです。
今回のメダカの研究では、種間での産卵数の違いに遺伝子が関係していることを示した上で、サイズと産卵数の関係に影響する遺伝・生理メカニズムの候補となる遺伝子を示しました。この発見は、生物が住む環境、特に気温や気候の違いに合わせてどのように進化してきたのかを理解するのに役立つでしょう。
<用語解説>
*1: 体のサイズと繁殖力のアロメトリー関係
身長が大きい個体ほど体重が重くなるといったように、生物では体の大きさと特定の部位の大きさに比例関係が見られることをアロメトリー関係と呼びます。ほとんどの動物、トカゲや魚類などの脊椎動物だけでなく、昆虫などでも同一の種の中では、体が大きな個体ほど、一度の繁殖でたくさんの子どもを産む、正の傾きを示します。しかしながら、サイズと子どもの数の傾きは種によって大きく異なります。例えば、ヒトをふくむサル目は、母親の体の大きさにかかわらず子どもの数は1~2頭と例外的です。一般的に、子どもの数を増やすには、卵への栄養の割当や子育て行動など、親によるエネルギーの投資が必要です。また、このような繁殖へのエネルギーの投資は、親自身が生存や成長するためのエネルギー配分との間でもバランスを取る必要があるため、体のサイズと繁殖力のアロメトリー関係は、種によって異なる多様なパターンを示すと考えられています。
*2: 量的形質遺伝子座解析, またはQuantitative trait locus(QTL) 解析
1ペアの雌雄から作出した孫世代にあたるF2交雑個体の核ゲノムは、染色体の領域ごとに祖父母が持っていた染色体が組み換えられてモザイク状態になります。こうしたF2の多数の個体について、注目する表現型とゲノム全体に設定した多数の遺伝子マーカーのそれぞれの遺伝子型を計測することで、表現型に関連する染色体領域(=遺伝子マーカー)を評価することができます。
*3: 遺伝子オントロジー, Gene Onotology, (GO解析)
遺伝子の名称や関連する分子機能、生物学的プロセスといった遺伝子関連の情報を、異なる生物種のデータベース間で比較できるように統一した語彙で記述して整備したものを遺伝子オントロジーと呼び、データベースで公開されています。日本のメダカの場合、ミナミメダカのゲノムが標準ゲノムとして多くのデータベースに登録されているため(HdrR系統, Genome assembly ASM223467v1)、本研究の遺伝子オントロジー解析もこれを用いました。
<論文情報>
- 論文タイトル:Evolution of Size-Fecundity Relationship in Medaka Fish From Different Latitudes 緯度の異なるメダカ2種間におけるサイズ-産卵数関係の進化
- 雑誌名:Molecular Ecology
- *藤本真悟, Bayu, K.A. Sumarto, 村瀬偉紀, Daniel, F., Mokodongan, 明正大純, 八木光晴, 安齋賢, 北野潤, 武田哲, 山平寿智 (*は責任著者)
- DOI番号: https://doi.org/10.1111/mec.17578
- アブストラクトURL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/mec.17578