研究成果

100年以上謎に包まれていた小さなガ、西表島のマングローブ林で多数発見 ― 属の単位で日本初記録 ― 目標14:海の豊かさを守ろう目標15:陸の豊かさも守ろう

     琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設の和智 仲是 助教と九州大学の松井 悠樹 学術研究員(現所属:農研機構)、京都府立大学の吉安 裕 共同研究員の研究チームは、西表島のマングローブ林でごく普通に見られる小さなガの一種が、属の単位で日本から記録のない種 (Dichocrocis frenatalis) であることを見出しました。本種は属のタイプ種(=このグループの基準となる種)でありながら、タイプ産地(=最初に本種が見つかった場所)であるインド・ニコバル諸島でも長らく再発見されておらず、これまでほとんど記録されていない稀種(=めったに見られない珍しい種)でもありました。実に100年以上にわたり、本種がどんな特徴を持ち、どこに分類されるべきなのか、そして、どのような生態をもっているのかは謎に包まれていました。
     しかしながら、今回、研究チームは西表島のマングローブ林でこのガを多数確認し、同島のマングローブ環境にごく普通に生息していることを明らかにしました。交尾器を含む形態の詳細な観察とDNA解析をもとに、その分類上の位置を改めて検討した結果、本種はヒゲナガノメイガ亜科のなかでも、これまでにマングローブ環境で記録されてきた種を含むグループ(Steniini族)に属することが分かりました。これに加えて、本種の和名として「ネッタイクロスジキノメイガ」を新たに提唱しました。
     研究チームによる観察で、本種の成虫がマングローブの葉裏で集団になるなど独特な行動も観察されました。その生活史の全貌は未解明ですが、同じグループにはマングローブの花や果実、海岸の藻類を食べる種が知られており、本種もマングローブ環境に特化した生態をもつ可能性があります。
     本研究成果は 2025 年 6 月25日付で生物多様性分野の国際学術誌 ZooKeys に発表されました。

    <研究概要>

     マングローブ環境は昆虫類の「見過ごされた多様性のホットスポット」とも呼ばれており、近年ではマングローブに生息する昆虫の多様性に注目が集まっています。しかし、日本のマングローブ環境については、全体像は未だ十分に解明されておらず、国内最大の面積を誇る西表島のマングローブにも、未知の昆虫類をはじめとした動物が生息している可能性が指摘されていました。
     このような背景のもと、和智助教は、西表島・船浦のマングローブ林(琉球大学が国から借り受け、熱帯生物圏研究センター・西表研究施設が管理している演習林の一画)において、2022年から継続的に昆虫相の調査を進めています。その中で、もっとも頻繁に見かける昆虫の一つとして、ツトガ科の一種を多数採集しました。これらの標本の同定を、同科の専門家である松井研究員に依頼したところ、意外にも日本では属の単位で記録がなく和名もつけられていない種であることが分かりました。
     その後、同じくツトガ科の専門家である吉安研究員を加えたチームでの研究の結果、本種がDichocrocis frenatalis Lederer, 1863(図1)であることがつきとめられました。本種は、Dichocrocis 属のタイプ種(注1)として記載されたものの、記載から約30年後に別属の種のシノニム(注2)とされた結果、属の定義すら曖昧なままとなっていました。さらに、タイプ産地(=最初に本種が見つかった場所)であるインド・ニコバル諸島でも長らく再発見されておらず、分類学的な再検討も行われなかったため、このガが本来どんな特徴を持ち、どこに分類されるべきかについて、約100年間にわたり判断がつかない状態が続いていました。


    図1. ネッタイクロスジキノメイガのオス(左)とメス(右)(撮影:松井悠樹)

     今回の研究では、西表島産の個体に加え、沖縄島や石垣島で得られた個体を検討し、タイプ標本(注3)との比較を行いました。その結果、これらの個体がDichocrocis frenatalis であることを確認するとともに、詳細な形態解析と分子系統解析を通じて、本種および本属をヒゲナガノメイガ亜科Steniini族に分類することが妥当であることを示しました。これにあわせて、本種の新たな和名として「ネッタイクロスジキノメイガ」を提唱しました。
     また、本種の生態についてはこれまでほとんど分かっていませんでしたが、西表島での観察結果により、マングローブ環境にごく普通に見られることが明らかとなりました。さらに、マングローブで年中成虫が見られること、マングローブの葉裏に成虫が集団を形成すること(図2)、マングローブでしか見られないアオキンツヤイシアブという捕食性のハエにしばしば捕食されること(図3)など、新たな生態的知見も得られました。


    図2. マングローブ林内で葉裏に集まるネッタイクロスジキノメイガ成虫(撮影:和智仲是)

     本研究は、分類が長年混乱していたガの再評価に加え、マングローブにおける昆虫の意外な分布実態の発見を通じて、生物多様性の理解に貢献するものです。マングローブは昆虫類の「見過ごされた多様性のホットスポット」とも言われているものの、特に日本ではその多様性の解明がほとんど進んでいません。日本で2ヶ所目の生息地として西表島で確認されたオオウスグロハラナガノメイガ(文献1)のように、本種もまたマングローブだけに暮らすガである可能性があります。


    図3. マングローブ林内でアオキンツヤイシアブに捕食されるネッタイクロスジキノメイガ成虫(撮影:和智仲是)

    <今後の展望>

     本研究では、ネッタイクロスジキノメイガ Dichocrocis frenatalis を詳細に再記載するとともに、分類学上の位置づけを明らかにしました。この種はDichocrocis属の基準となるタイプ種ですが、約100年間、分類学的な再検討もなされないままでした。今回の研究により、D. frenatalis はSteniini族というグループに属することがわかり、過去に誤って関連づけられていた別種 Conogethes pandamalis(Margaroniini族に所属)との混同も解消されました。この成果は、約50種が含まれるDichocrocis属の他の種の所属を見直すことにもつながる重要な第一歩となります。
     今回の調査では、本種の成虫が日中に1枚の葉の裏に集まって静止している様子(図2)が観察されました。このような行動は、同じツトガ科の別グループ(ミズメイガ亜科やクルマメイガ亜科)では知られていますが、ヒゲナガノメイガ亜科では知られていません。この行動の目的や生態的意義は未解明であり、今後の行動観察によってその実態に迫ることが求められます。
     このように本研究では本種の成虫について様々な新しい発見がありましたが、一方で幼虫期の生態を解明することはできていません。本種と同じSteniini族に属し、マングローブ環境に生息する種(オオウスグロハラナガノメイガ、ウスグロハラナガノメイガ、キオビハラナガノメイガなど)の中には花や果実、海岸の藻類を食べる種も知られており、本種もまたマングローブ環境特有の資源に依存している可能性があります。今後は、今回の研究結果を手がかりとして、野外での幼虫の探索や成虫からの採卵・飼育を通じて、より詳細な生活史の解明を進めていく予定です。
     さらに、本種のこれまで記録がある地域は、ニコバル諸島、スマトラ、香港、琉球列島と点在しており、連続性がありません。また、本種のタイプ産地であるニコバル諸島では再発見されていません。このように記録数が少ないのは、本種がマングローブという特殊な環境に依存しているからかもしれません。一方で、シンガポールのマングローブでの昆虫類の網羅的調査を行った先行研究(文献2)では本種は確認されておらず、分布が非常に局所的である可能性も否定できません。今後、各地のマングローブ環境を重点的に調査することで、既知の地域での再発見や他地域での新たな生息地の発見につながることが期待されます。

    <用語解説>

    注1)タイプ種
    属の基準となる種。ある種がどの属に属するか不明なとき、タイプ種の特徴を基準にすることで分類群の所属を判断できる。

    注2)シノニム
    同じ分類単位に複数の名前が付けられていること。分類学ではそれらのうち先に付けられた名前が優先され、あとに付けられた名前は無効となる。今回のように、実際は別の分類群であるのに同じ名前の下にまとめられることで分類の混乱を引き起こすこともある。

    注3)タイプ標本
    種の基準となる唯一の標本。種を記載する際、その種の特徴を最もよく表す標本をタイプ標本に指定する。

    <参考文献>
    1. 和智仲是・松井悠樹 (2024) オオウスグロハラナガノメイガ (チョウ目, ツトガ科, ヒゲナガノメイガ亜科) の八重山諸島からの初記録 Fauna Ryukyuana, 69: 39–41.
      琉球大学プレスリリース: 西表島の琉球大学演習林で発見! マングローブ林だけに暮らす蛾の18年ぶり国内2例目の記録
    2. Murphy, D. H., (1990) The natural history of insect herbivory on mangrove trees in and near Singapore. Raffles Bulletin of Zoology, 38: 119–203.
    <論文情報>
    1. 論文名:Discovery of Dichocrocis frenatalis Lederer, 1863 (Lepidoptera: Crambidae: Spilomelinae) in mangrove environments of the Ryukyu Islands, Japan, and tribal placement of the genus
    2. 雑誌名:ZooKeys
    3. 著者名:Yuki Matsui 1*, Nakatada Wachi 2, Yutaka Yoshiyasu 3
      *: 責任著者
    4. DOI:https://doi.org/10.3897/zookeys.1243.155924
    5. URL:https://zookeys.pensoft.net/article/155924/
    <著者の役割など>

     筆頭著者で責任著者の松井研究員は、研究を構想し、論文初稿の執筆と分類学的検討、分子系統解析を主導しました。第二著者の和智助教は、論文に使用した大部分の標本を採集し、生態観察を主導、さらに論文原稿の加筆修正を行いました。第三著者の吉安研究員は、分類学的検討と論文原稿修正を分担しました。
     また本研究の一部は、琉球大学熱帯生物圏研究センター共同利用・共同研究(2024年度)、琉球大学若手研究者支援研究費(No. 24SP04106)、JSPS科研費(No.JP25K09163)の助成を受け実施されました。