研究成果

サンゴの雑種による繁殖はサンゴ礁の危機に対しての適応か? 〜生息数の減少に対して雑種形成が果たす役割〜 目標14:海の豊かさを守ろう

 琉球大学熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授ら、沖縄高専、宮崎大学の共同研究グループは、ミドリイシ属サンゴ2種(トゲスギミドリイシ、サボテンミドリイシ)とそのF1雑種(サンゴ2種の雑種の第一世代)を対象に、より自然に近い条件(同調産卵するため親種と雑種の配偶子は海中に混在)で、雑種の卵と精子の戻し交配(親種との交配)や自家受精(自己の卵と精子の受精) を示すことを明らかにしました。これは、F1雑種の形成が、高水温時のような大規模な生息数の減少時に起こり得ることと、雑種の卵と精子のもつ性質(卵は自家受精すること、精子は親種の精子との競争に勝ち親種の卵と受精することができること)が、サンゴ礁の回復過程で効率的に繁殖すること に適応した結果であると推察できます。

 この研究成果は、現地時間3月30日(BST00:01)にScientific Reports誌に公表されました。
 

 

<発表概要>
  琉球大学熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授、北之坊誠也博士(現在 筑波大学下田臨海実験センター研究員)、阿嘉島臨海実験所の岩尾研二研究員、沖縄高専 磯村尚子准教授、そして宮崎大学 深見裕伸教授らの研究グループが、造礁サンゴであるサボテンミドリイシ(Acropora florida)、トゲスギミドリイシ(Acropora intermedia)、そして両種のF1雑種を対象に、サンゴの交雑を通じた遺伝子浸透が起こる仕組みの一端を明らかにしました(図1)。これまで形態による推定や集団遺伝学的な研究によりミドリイシ属サンゴが交雑を通じた遺伝子の交換(浸透交雑)が示されていましたが、どのような仕組みで起こるのか明らかになっていませんでした。
 ミドリイシ属サンゴは同じ属内に非常に種数が多く、形態的にも非常に多様です。このような多様性が生まれた経緯として交雑を通じた遺伝子流動があった可能性が考えられています。また、個体数を大きく減少させるような過去の気候変動時にも、交雑が活発に起きていたことを示唆する研究もあります。ミドリイシ属には、一見すると特殊とも取れる種の垣根を超えた繁殖や、遺伝的な多様性を獲得する上で矛盾する自家受精などの繁殖方法によって多様性を維持してきた可能性があります。
 本研究では、より野外に近い条件で実証実験を行い、F1雑種が親種であるトゲスギミドリイシ、サボテンミドリイシと戻し交雑を行うこと、そしてF1雑種(サボテンミドリイシの卵とトゲスギミドリイシの精子由来)の卵が、親種の精子が存在していても自分の精子と優先的に受精することを明らかにしました。この成果論文が国際科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

 本研究では、サボテンミドリイシとトゲスギミドリイシによるF1雑種の卵と精子(配偶子)を親種(上述の2種)の配偶子と混合し、雑種の配偶子が親種と受精するか検討しました。これまで親種の配偶子と雑種の配偶子が親和性を持ち、受精することは示されていました。しかし、より自然に近い条件(同調産卵するため親種と雑種の配偶子は海中に混在している)では検討されて来ませんでした。そこで、本研究では、F1雑種の精子と親種の精子、そして親種の卵を混合して、親種の卵がどちらの精子と受精するか検討しました。

 その結果、雑種の精子は優先的に親種の卵と受精することが明らかとなりました(図2)。これは、野外でも雑種の精子が親種の卵と受精しうることを示しています。例えば、親種の精子が存在していても雑種の精子は親種の卵と受精しました(灰色のバー)。さらに、雑種の精子の量が親種の量に対して、かなり少ない条件でも(親種が106 sperm/ml 雑種が104 sperm/ml)、雑種の精子が親種の卵と受精することも明らかとなりました。これは、雑種の 精子は優先的に親種の卵と戻し交雑をすることを示しています。

 

 

 さらに、雑種(サボテンミドリイシの卵とトゲスギミドリイシの精子由来―FLOint)の卵は、優先的に自家受精(自分の精子と受精する)することも明らかとなりました(図3)。これは、親種の精子を混合しても同様の結果でした(灰色のバー)。この雑種は本グループの先行研究から、野外でも繁殖危機下(例えば大規模白化の後の生息数の少ない状態)で形成しうることが示されており(サボテンミドリイシは同種の精子存在下でも、精子の量が少ないとトゲスギミドリイシの精子と受精し、雑種を形成しうる)、このような危機的な状態から回復状態にあるサンゴ礁(交配相手が少ないと予想される)での有性生殖に適した特徴であると考えられます。

 本研究では、非常に簡潔な実験系からミドリイシ属サンゴの交雑の過程の一端を明らかにしました。雑種を繁殖に至るまで時間がかかるため(本例ではおよそ7年) 、利用できた雑種の群体が少ないことがこの現象の普遍性を示すに至らない点が問題として残されていますが、サンゴの持ち合わせている高水温などに起因した繁殖危機に対する適応能力を示したことになります。また、異なる種の間での遺伝子の交換をする“道筋”を初めて示した研究になります。

 さらに本研究の結果から、サンゴには白化現象の後に生息数が激減した際に、生き残るために“種の垣根を超えた繁殖”を行っている可能性があり、卵と精子という非常に小さな細胞にその機能(非常事態に効率よく子供を残す術)が備わっていることがわかりました。このことは、造礁サンゴのミドリイシ属の種や形態の多様性の創出にも関係したと推察される点でも興味深いです。さらに、私たち人間の一生のスケールよりはもっと長い視点から考えると、サンゴは高水温を度々経験し、その結果生じる生息数の激減を何度も経験して、このような機能を持つようになったと言えるかもしれません。小さな卵と精子は唯一次世代に伝達される細胞であり、その細胞にはサンゴの経験した歴史が刻まれているとも考えられます。

<論文情報>
論文タイトル:First evidence for backcrossing of F1 hybrids in Acropora corals under sperm competition
       (精子競争下でのミドリイシ属サンゴのF1雑種の戻し交配)

学術誌名:Scientific Reports 12, 5356 (2022)

著者名:Seiya Kitanobo*, Kenji Iwao, Hironobu Fukami, Naoko Isomura*, Masaya Morita*  
    北之坊誠也1、岩尾研二2、深見裕伸3、磯村尚子4、守田昌哉1
    1.琉球大学熱帯生物研研究センター、2.阿嘉島臨海実験センター、3.宮崎大学農学部、4.沖縄高専
    *責任著者

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-08989-1
URLhttps://www.nature.com/articles/s41598-022-08989-1