研究成果

派手な雄は何のため? 〜熱帯メダカのゲノム解析が明らかにする性差の多様性の遺伝基盤〜

■ 概要

 クジャクの羽のようなオス特有の派手な装飾はどうやって進化してきたのでしょうか?オス特有の派手な装飾は、異性に「モテる」ため、同性を打ち負かすために進化したと考えられていますが、どのような遺伝子によって派手な装飾が生まれたのかはよくわかっていませんでした。
インドネシアのスラウェシに生息するメダカ(1)の一種、ウォウォールメダカのオスは「赤いヒレ」が特徴です。本研究では、ウォウォールメダカを用いてオスのヒレを赤くする遺伝子を特定し、赤いヒレを持つことの意義を明らかにすることに挑戦しました。
まず、近縁でオスのヒレが赤くないセレべスメダカの全ゲノム配列を決定し、ヒレが赤くなるウォウォールメダカとの違いを解析することで、csf1(2)という遺伝子がヒレを赤くする候補遺伝子であることを特定しました。ゲノム編集(3)でウォウォールメダカのcsf1を破壊するとオスのヒレの赤色がなくなりました。csf1がヒレを赤くする原因遺伝子だということがわかったのです。csf1は男性ホルモンを投与することで発現量が上昇することもわかったので、オスにのみ赤色が強く発色することを説明できました。
さらに、ゲノム編集によってヒレの赤色を失ったオスを利用して行動実験を行ったところ、メスは「ヒレが赤くないオス」にあまり惹きつけられませんでした。さらに、捕食者は「ヒレが赤くないオス」を捕まえようとしました。
他の生物種でも類似の研究を実施することで、「派手なオス」の出現という進化の謎に迫ることが期待されます。
本研究は、国立遺伝学研究所、琉球大学、東北大学、基礎生物学研究所、龍谷大学、インドネシア科学院、サム・ラトゥランギ大学の共同研究として実施されました。



図1:行動実験の結果の概要

■ 成果掲載誌

 本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」に2021年3月1日午後7時(日本時間)に掲載されます。
論文タイトル: Genome editing reveals fitness effects of a gene for sexual dichromatism in Sulawesian fishes.
(ゲノム編集で明らかにするスラウェシの魚における色彩性差の原因遺伝子の適応度)
著者: S Ansai, K Mochida, S Fujimoto, D F Mokodongan, B K A Sumarto, K W A Masengi, R K Hadiaty, A J Nagano, A Toyoda, K Naruse, K Yamahira, J Kitano
(安齋 賢、持田 浩治、藤本 真悟、ダニエル・モコドンガン、バユ・スマルト、アレックス・マセンギ、レニー・ハディアティ、永野 惇、豊田 敦、成瀬 清、山平 寿智、北野 潤)

■ 研究の詳細

〇研究の背景
 シカの角、クワガタの大顎、クジャクの羽のように、オスだけが持つ派手な装飾があります。これらの装飾を持つと天敵に見つかりやすくなるため、一見すると生存には不利に思われます。派手なオスは一体どうやって進化してきたのでしょうか?ダーウィンは性淘汰(4)という考えを提唱し、これら派手な装飾は異性に「モテる」ため、あるいは、同性を打ち負かすために進化したと考えられてきました。その後に行われた多くの行動実験は、この仮説を概ね支持してきた一方で、どのような遺伝子が関わって派手な装飾が生まれるのかという遺伝メカニズムに関しては殆ど明らかになっていませんでした。
 実験材料として世界で広く研究されている日本のメダカは見た目が地味です。一方で、インドネシアのスラウェシに生息するメダカ科魚類は、その色彩がとても多様です(図2)。 



図2:スラウェシのメダカの多様性(スラウェシ地図:Thomas von Rintelen博士提供)

 例えば、ウォウォールメダカは、オスのヒレが強い赤色を示します(図3)。そこで、スラウェシのメダカ科魚類をモデルにして、派手な装飾を規定する遺伝子を特定することにしたのです。


図3:ウォウォールメダカのオス(上)とメス(下)。(月刊アクアライフ・橋本直之撮影)

〇本研究の成果
 ゲノム解析を行うには、別種の間で遺伝子配列を比較するために共通の座標(参照配列という)が必要です。そこでスラウェシのメダカ科魚類の1種セレベスメダカの全ゲノム配列を新規決定し、参照ゲノム配列を作製しました。
 次に、オスのヒレが赤くなるウォウォールメダカと赤くならないセレベスメダカを交雑し、ヒレが赤くなるのに必要なウォウォールメダカのゲノム領域を絞り込むことで、オスのヒレの赤を生み出す遺伝子座を特定しました。さらにRNA発現量の解析などを行った結果、原因遺伝子座にあるcsf1が候補遺伝子であることを明らかにしました。さらにゲノム編集でcsf1を破壊するとウォウォールメダカのヒレの赤色がなくなったことから、csf1が原因遺伝子であることを突き止めました。csf1は男性ホルモンを投与することで発現量が上昇するため、オスのみで赤色が強く発色することも説明できました(図4)。


図4:csf1をノックアウトすると、オスの赤色がなくなる。赤くない変異オスは、メスを惹きつけなくなるが、捕食者はむしろ惹きつける。

 最後に、ゲノム編集によってヒレの赤色を失ったウォウォールメダカのオスを利用して行動実験を行い、ヒレが赤くないオスは、メスにモテなくなるのか、捕食者に見つかりにくくなるのかについて検証しました。従来の予想通り、メスは、赤くないオスにはあまり惹きつけられませんでした。一方で、従来の性淘汰の仮説によると、派手なオスは天敵に見つかりやすくなると考えられていましたが、その仮説に反して、ヒレが赤くないオスの方が捕食者をよく惹きつけたのです(図4)。
 以上の結果から、最新のゲノム解析技術を駆使することで、「派手なオス」を生み出す原因遺伝子を特定し、世界で初めてゲノム編集技術で作出した遺伝改変魚を用いることで性淘汰の仮説を検証することができたのです。

〇今後の期待
 「派手なオス」の進化は、生存に有利な個体が生き残るという自然淘汰の考えに一見反することから、進化生物学の大きな謎のひとつです。本研究では、「派手なオス」のほうが捕食されにくいという一例が示されたことで「大きな謎」を解く手がかりを得ました。本研究と同様のゲノム解析技術を駆使することで、メダカ以外の「派手なオス」の進化の謎に迫ることが期待できます。今後は、ウォウォールメダカのオスのヒレを赤くする原因となった突然変異の特定、および他のメダカ科魚類に見られる装飾の遺伝メカニズムを明らかにしていきます。

■ 用語解説

(1)メダカ(科)
ダツ目に属する小型魚のグループで、これまでに37種が報告されている。日本ではミナミメダカとキタノメダカの2種が知られているが、その他ほとんどの種は東南アジアから南アジアにかけての熱帯域に分布している。特に、赤道直下のインドネシア・スラウェシからは、世界中のメダカの半数以上に相当する21種ものメダカが報告されており、しかもそのほとんどが固有種であることから、この地域はメダカ科魚類のホットスポットとして知られている。
(2)csf1遺伝子
colony stimulating factor 1の略で、マクロファージなどの血球の分化に関わる因子として発見された。血球以外にも、骨や神経など体内の様々な組織において、細胞の分化・増殖を制御する機能を有している。魚類では、黄色・赤色色素細胞の分化に関わる因子としても知られている。
(3)ゲノム編集
任意のDNA配列を認識してゲノムを切断する酵素を利用して、標的遺伝子を思い通りに改変する技術の総称。シャルパンティエやダウドナらが開発したCRISPR/Casシステム(2020年ノーベル化学賞受賞)の登場により、広く用いられるようになった。原理上、ほぼ全ての生物に適用可能であることから、進化学や生態学で用いられる様々なモデル生物における遺伝子機能解析への応用が期待される。
(4)性淘汰
ダーウィンが1874年に出版した「人間の由来と性に関連した淘汰」の書において、一見すると生存にとって不利に見えるオスの装飾を説明するために提唱された考え。繁殖時に個体の間で繁殖成功率が異なることを言う。メスの注意を惹きつけるような装飾、交配相手を得るために同性同士で戦うための武器の進化などが該当する。

■ 研究体制と支援

 本研究は、国立遺伝学研究所(生態遺伝学研究室、比較ゲノム研究室)、琉球大学熱帯生物圏研究センター、東北大学生命科学研究科、基礎生物学研究所バイオリソース研究室、龍谷大学農学部、インドネシア科学院、サム・ラトゥランギ大学の共同研究としておこなわれました。
また、本研究は、科研費(18K14769、16K14792、26291093、19K16232、16H06279)、先進ゲノム支援(16H06279)、学術振興会PD(16J0553)、基礎生物学研究所 共同利用研究 (17-313)、琉球大学熱帯生物圏研究センター 共同利用研究、国立遺伝学研究所 共同利用研究NIG-JOINT(20A2018, 20A2019, and 5B2020)の支援を受けました。