研究成果

ナノ粒子化γ-オリザノールによる認知機能改善効果の実証~玄米機能成分の摂取が加齢に伴う認知機能低下を防止・改善できる~

     人生100年時代の到来が現実味を帯びる中、加齢に伴う認知機能低下の予防や改善は国民的健康課題と言えます。琉球大学 大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)の岡本 士毅 助教(研究グループリーダー)、益崎 裕章 教授らの研究チームは玄米に特有かつ高濃度に含まれる機能性成分、γ-オリザノールを動物性脂肪の多い餌で飼育した老齢の認知機能低下モデルマウスに与えた結果、記憶を司る海馬における炎症が鎮静化し、神経新生が促進され、低下していたマウスの認知機能が顕著に改善することを明らかにしました。
      また研究グループは、株式会社SENTAN Pharmaとの共同研究において、γ-オリザノールを生体適合性ナノ粒子に含有させてマウスに投与した結果、経口投与期間を短縮することが出来、かつ、少量の投与でも同等の認知機能改善効果が発揮されることを見出し、サプリメントの開発にも成功しました。天然の完全食と称される玄米に特異的に含まれる機能成分が認知機能を高め、冴えた頭で幸せな健康長寿を楽しむ手掛かりになる可能性がおおいに期待されます。
      本研究成果は2024年1月24日に特許を取得しました(特許第7426036号)。

    <発表概要>

      人類史上、類例のない超高齢化社会に突入しているわが国において加齢に伴う認知機能障害は極めて大きな健康・医療問題となっています。認知症は症状などにより前兆(軽度認知障害)→初期(軽度)→中期(中等度)→末期(重度)に分けられ、中期からは周囲のサポートを要し、基本的に後戻りが出来ないと考えられています。一方で軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)で認知機能の悪化をくい止め、改善することできれば希望に溢れた明るい未来社会の創成につながります。琉球大学 大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)の岡本 士毅 助教(研究グループリーダー)、益崎 裕章 教授らの研究チームは玄米に特有かつ高濃度に含まれる機能性成分、γ-オリザノールを動物性脂肪の多い餌で飼育した老齢の認知機能低下モデルマウスに与えた結果、記憶を司る海馬における炎症が鎮静化し、神経新生が促進され、低下していたマウスの認知機能が顕著に改善することを明らかにしました。

    <具体的な実験とその結果>

      ヒトの50歳代後半に相当する50週齢の実験用マウスC57BL/6Jを3つの群に分け、通常食(LCD群)、ラードを主体とする高カロリーの高脂肪食(HFD群)、1%のγ-オリザノールを含有する高脂肪食(HFD-Orz群)の3種類の餌を用意し、それぞれの餌で4か月間飼育した後、短期記憶能力を評価するY字迷路試験を行いました。その結果、LCD群に比べ、HFD群では短期記憶能力の指標である空間作業記憶率が約20%と有意に低下しましたが、HFD+Orz群ではHFD群に比べ空間作業記憶率が顕著に改善し、LCD群のレベルにまで回復しました。このような行動実験のあと、マウスを解剖し、脳から海馬領域を取り出して様々な遺伝子のmRNA発現濃度を検討した結果、HFD群では中枢神経系で免疫を担当するミクログリアのIba1という炎症マーカーが顕著に増加していましたが、HFD+Orz群ではまったく増加していませんでした。また、代表的な神経新生マーカーとして知られているDCXおよび神経幹細胞マーカーとして知られているTet2のmRNA濃度は、LCD群に比べてHFD+Orz群において約1.5倍と明らかに上昇していました。これらの実験から、一定期間のγ-オリザノールの経口摂取が加齢と高脂肪食に伴う海馬の炎症を抑制し、神経新生を促し、認知機能の低下を抑制する効果に繋がっている可能性が考えられました。

      さらに研究グループは、株式会社SENTAN Pharmaとの共同研究により、経口摂取に伴うγ-オリザノールの認知機能改善効果を増強させるため、γ-オリザノールを同社が開発した「生体適合性ナノ粒子」に含有させてマウスに投与する実験を行いました。その結果、経口投与期間を短縮することが出来、かつ、少量の投与でも同等の認知機能改善効果が発揮されることを見出しました。この成果を基に研究グループは株式会社SENTAN Pharmaとサプリメントの開発にも成功しました。生体適合性ナノ粒子は小腸の粘膜層や消化管壁、腎臓および脾臓に停留しやすいことがわかっており、経口摂取したγ-オリザノールが消化管、腎臓、脾臓などで長期間、持続的に作用する結果、今回の実験結果のような優れた効果を発揮したと研究グループでは考えています。

      以上の結果から、経口摂取されたγ-オリザノールは加齢と高脂肪食性肥満に伴う海馬のミクログリア炎症を抑制し、神経新生を促し、認知機能低下の予防や回復に寄与する効果を有すると考えられます。さらに、生体適合性ナノ粒子に含有させたγ-オリザノールの経口投与により、より短期間に海馬の神経新生を促し、認知機能障害を回復させる効能が示されたことから、冴えた頭で幸せな健康長寿を楽しむ手助けとなる製品開発が進むことが期待されます。

      本研究成果は2024年1月24日に特許を取得しました(特許第7426036号)。

    <用語解説>

      生体適合性ナノ粒子:株式会社Sentan Pharmaが開発した技術。ポリビニルアルコール(PVA)および乳酸-グリコール酸共重合体(PLGA)を主な成分とする粒子で、薬剤や機能性成分を含有させることを「ナノ粒子化」と呼ぶ。PVA、PLGAとも体内で吸収された後に分解され、最終的には水と二酸化炭素に分解される。
      γ-オリザノール:γ-オリザノールとは、米糠の脂質に含有される、フェルラ酸とステロールとが縮合したエステル類の総称。これまでに様々な効能が報告されており、当研究室からもγ-オリザノール含有飼料摂餌により、報酬系側坐核におけるドパミン2型受容体の発現低下を軽減し、ラード主体の動物性脂肪を高含有した高脂肪餌の摂取量が減少し脂肪嗜好性が軽減することを報告している(Diabetologia (2017) 60:1502–1511)。
      認知機能テスト:理解、判断を要する知的機能を判定する試験。マウスを用いた動物実験では、既視物体と新奇物体の分別や既知空間などの記憶、その判断に応じた行動の変化を解析し、個体ごとの認知機能活性を評価できる。

    <論文情報>

      本研究はこれまでに研究グループが行ってきたγ-オリザノールの中枢神経系への影響に関する研究から発展的に生み出されたものであり、2024年1月24日に特許を取得し(特許第7426036号)、情報公開済みである。
     (参考論文)
    1.Kozuka C et al. Impact of brown rice-specific γ-oryzanol on epigenetic modulation of dopamine D2 receptors in brain striatum in high-fat-diet-induced obesity in mice. Diabetologia. 2017; 60: 1502-1511
    2.Masuzaki H et al. Brown rice-specific γ-oryzanol as a promising prophylactic avenue to protect against diabetes mellitus and obesity in humans. J Diabetes investig. 2019; 10: 18-25