2021年にユネスコ世界自然遺産に登録された奄美群島は、その植物相の豊かさや特異性でもよく知られています。今後、世界自然遺産を効果的に管理するためには、植物相の特徴を定量的に評価し、その多様性に影響する要因を明らかにすることが必要です。国立環境研究所、鹿児島大学、北海道大学、琉球大学、九州オープンユニバーシティの研究グループは、奄美群島、沖縄島北部、南九州における計16地点の全維管束植物を対象とした植物群落の比較から、奄美群島の植物相の特徴を明らかにしました。具体的には、奄美群島の植物相は、周辺地域と比べると常緑広葉樹やシダ植物が豊富で、熱帯・亜熱帯で多様化している分類群が多くみられるという特徴を持っていました。加えて、草本層は絶滅危惧種・固有種の割合が高く、地域の種多様性を特徴づけるものでした。また、奄美群島の植物相は地史的な要因に加え、気温などの環境要因にも規定されていることが明らかになりました。 |
研究の背景
奄美群島は、九州本土の南に点在するトカラ列島と沖縄諸島の間に連なる奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島の8つの有人島からなる島々で、大陸から約155万年前に隔離されたと考えられています。その孤立した地史を反映し、現在、世界でも奄美群島にしか見られない固有種を数多く観察することができます。奄美群島の特徴的な植物相はよく知られており、現在までに63の固有種を含む約1,800種の維管束植物が記録されています。その卓越した生物多様性と自然史から、奄美大島と徳之島は、2021年に沖縄島北部、西表島とともにユネスコ世界自然遺産として登録されました。
ユネスコ世界自然遺産を効果的に管理するためには、自然生態系をモニタリングし、その独自性と種の多様性を長期的に維持していくことが必要です。奄美群島では、これまでにモニタリングのための森林調査区がいくつか設置されていますが、主に木本層の動態に焦点があてられています。一般に、草本層は植物多様性の主要な構成要素であり、木本層よりも撹乱や気候条件の影響を強く受けると考えられています。そして、奄美群島で観察される絶滅危惧種や固有種の多くは草本です。そのため、今後のモニタリングのためには、草本層を含めた全維管束植物の多様性の包括的な調査が必要となります。
奄美群島の植物相を特徴づけるためには、生物地理学的に関連している他の地域との定量的な比較が必要です。しかしながら、草本層を含めた定量的な比較は行われておらず、どの地域がより高い多様性を示し、どのグループ(木本、草本、シダなど)が地域間の多様性の違いに寄与しているのかは分かっていませんでした。そこで、本研究では、今後の世界遺産モニタリングのための起点データを提供するとともに、奄美群島における亜熱帯常緑広葉樹林の特徴を、草本層を含めて明らかにすることを目的としました。
1. 方法
奄美群島に7区画、南九州に3区画、沖縄島北部に1区画の500 m2の調査区を設置し、定量的な植物相調査を行いました。そして、環境省モニタリングサイト1000プロジェクト1で提供されている5地点のデータと合わせて、地域間(奄美群島、沖縄島、南九州)の多様度2(種多様性、シンプソン指数、シャノン指数)と希少度(固有種の割合、絶滅危惧種の割合)を比較しました。
地域間の分類学的構成や生活型構成の違いを評価するために、科ごと、生活型ごとに種数を数え、地域間で比較を行いました。そして、それぞれの地域で優占しているグループを明らかにするために、地域間でグループごとの種数の差を計算しました。さらに、地域間の種数の差が顕著に異なるグループを、その四分位範囲3から統計的に特定しました。
区画間の種組成の違いをMorisita-Horn非類似度指数により定量し、非計量多次元尺度法4により視覚化しました。視覚化された各区画の配置と環境要因との関連を明らかにするために並び替え検定を行い、有意な環境変数についてはベクトルで視覚化しました。環境変数は、各区画の日平均気温5、降水量5、日照時間5、標高、最も北に位置する区画からの距離を使いました。また、群集組成の違いに対する地史的分断(トカラギャップ、図1)の効果をnested PERMANOVA6で検定しました。
図1 調査区画の位置と1つの調査区(500 m2)あたりの多様度指数(茶文字)と希少度指数(青文字)。地図上のアルファベット(大文字)は調査区を示しています。それぞれの多様性指数は、調査努力(調査区画数)の異なる地域間を比較するために標準化されており、誤差線の幅は98.3%の信頼区間を示しています。グラフ内のアルファベット(小文字)は信頼区間の重なりを示しており、異なるアルファベット間では有意な差があることを示します。多様度指数は、草本層を含めた全維管束植物(全)の場合、木本に限定した場合(樹)、胸高周囲長15cm以上の木本(大樹)に限定した場合の3通りで計算しました。
2. 結果と考察
奄美群島(奄美大島・徳之島)の常緑広葉樹林は、沖縄島北部や南九州よりも高い種多様性を有する事が分かりました(図1)。そして、ほぼすべての多様度指数について、奄美群島は南九州よりも高い値を示しました。これは奄美群島の種数の高さは、個体数の少ない種が顕著に多いからではないことを示しています。奄美群島と南九州の種多様性の違いは、常緑広葉樹、特にアカネ科、モチノキ科の種多様性の違いによって生じていました(図2ab)。両科は熱帯・亜熱帯で高い多様性を示す分類群で、この結果は、新生代に広く分布していた熱帯気候が高い多様性を蓄積するための時間と機会を提供したというtropical conservatism仮説を支持します。また、奄美群島が沖縄島北部より高い種多様性を示す理由は、シダ植物、特にイワデンダ科、ウラボシ科、オシダ科、チャセンシダ科の種多様性が高いためでした(図2ab)。このように奄美群島の常緑広葉樹林は、周辺地域と比較すると常緑広葉樹とシダ植物の多様性が高いという特徴を持ち、地域間で共通する科において多様性に違いがあることが分かりました。さらに、絶滅危惧種に注目すると、奄美群島では、草本で最も種数が多く、次いで常緑広葉樹、シダ植物でした。(図2c)。
図2 種数/500m2の地域間比較。(a) 生活型ごとの種数の地域間比較、(b) 科ごとの種数の地域間比較、(c) 生活型ごとの絶滅危惧種数の地域間比較。それぞれの種数は、調査努力(調査区画数)の異なる地域間を比較するために標準化されています。黒の直線は等値線で、直線より上にあれば奄美群島の種数が多いことを示し、下にあれば南九州や沖縄島北部の種数が多いことを示します。点の色の違いは、2つの地域間の絶対値の差の大きさを示しており、差が大きいと赤色で小さいと青色になっています。二重丸は地域間で差が顕著に大きいグループ3を表します。
奄美群島(赤点)と南九州(緑点)は非計量多次元尺度プロット(NMDS) 4上で異なった位置に配置され、群集組成に違いがあることが分かりました(図3)。これは奄美群島と南九州のあいだにある水深1キロ超の海峡(トカラギャップ)と一致し、熱帯系生物の北限と温帯系生物の南限を区分する重要な生物地理区の境界(渡瀬線)として広く認識されています。奄美群島と南九州の群集組成の違いは、草本層を含めた解析(図3a)でより明確で、全分散の20.7%がトカラギャップに起因しています(p<0.001)。そして、その値は、木本(図3b)や胸高周囲長15㎝以上の木本(図3c)で解析すると、それぞれ14.8%(p<0.001)、12.8%(p<0.001)と減少することが分かりました。この事は、植物相の地域的独自性を明らかにするためには、木本層だけでなく草本層を含めた調査が必要であることを示します。また、一部を除き(図3bの降水量)、すべての環境変数が群集組成の違いに関連していました。これらの結果から、奄美群島の特徴的な植物群落の形成には、地理的距離とともに気象も重要であることが分かります。
図3 (a) 草本層を含めた全維管束植物、(b) 木本、(c) 胸高周囲長15㎝以上の木本における非計量多次元尺度プロット(NMDS) 2。赤、緑、青はそれぞれ奄美群島、南九州、沖縄北部を示します。1つの点は調査区画を示し、群集組成の良く似た区画同士は近くに、似ていない区画は遠くになるように配置されています。環境変数は、各区画の日平均気温、降水量、日照時間、標高、最も北に位置する区画からの距離。群集組成の違いに有意に関連する環境変数はベクトル(矢印)で示してあり、その方向は、環境変数が最も増加する方向を示し、その相対的な長さの違いは相関の強さを示します。
本研究は、奄美群島において全維管束植物の多様性を定量的に評価し、生物地理学的に関連がある南九州、沖縄島と比較した初めての研究です。本研究から、奄美群島は高い多様性と特徴的な植物群落を有していることが分かりました。今後、私たちは世界自然遺産として適正に維持し、その価値を将来にわたって守っていくことが求められています。
3. 今後の展望
奄美群島における今後の生物多様性モニタリングは、草本層を含めた全維管束植物を対象としたほうが良いでしょう。森林に関するこれまでの研究を総括すると、木本と草本では異なる多様性パターンが観察され、その多様性に対して異なる要因が寄与することが実証されています。特に、土地利用履歴、草食動物の過剰繁殖、外来種、気候変動などの人為的な影響は、木本よりも草本に大きな影響を与えることが知られています。奄美群島では、ノヤギの森林への侵入、気候変動、外来種の増加、観光客数の増加が、その高い多様性と特徴的な植物群落を維持管理する上での主な懸念事項となっています。本研究で得られたデータセットは、今後の奄美群島における植物多様性の継続的な評価と、同地域の生物多様性保全の適切な管理に役立つことが期待されます。
4. 注釈
①環境省モニタリングサイト1000プロジェクト:全国1,000箇所以上で継続調査し、日本の自然環境の質的・量的な変化を把握することを目的とするプロジェクト。
https://www.biodic.go.jp/moni1000/
②多様度指数:群集の多様性を希少種(個体数の少ない種)の重みづけに違いがある3つの指数で評価しました。種多様性はすべての種を等価に扱い、シャノン指数、シンプソン指数になるにつれ希少種の影響が弱くなります。
③四分位範囲:第3四分位から第1四分位を引いた値。ここでは箱ひげ図を用いて、第3四分位から四分位範囲の1.5倍以上、第1四分位から四分位範囲の1.5倍以下を統計的に顕著に異なるグループとして検出しました。
④非計量多次元尺度法::群集の種組成の違いを2次元空間上に配置する方法。2点間の距離が大きいほど種組成が異なり、小さいほど種組成が類似していることを示します。
⑤環境変数:それぞれの地点の日別気象データを、約1km四方を単位にオンデマンドで提供する農研機構のメッシュ農業気象データシステムより抽出しました。https://amu.rd.naro.go.jp/wiki_open/doku.php?id=start
⑥PERMANOVA: 距離行列に対するノンパラメトリックな分散分析。ここでは、調査区をトカラギャップより南か北かで分けて、グループ間変動が統計的に有意かどうかを検定しています。
5. 研究助成
本研究は気候変動適応研究プログラム(国立環境研究所)、薩南諸島の生物多様性とその保全に関する教育研究拠点整備(鹿児島大学)、世界自然遺産候補地・奄美群島におけるグローカル教育研究拠点形成(鹿児島大学)の支援を受けて実施されました。
6. 発表論文
論文名 High plant diversity and characteristic plant community structure in broad-leaved evergreen forests on Amami-Oshima and Tokunoshima Islands, Japan’s newest natural World Heritage Site
著者名 Hironori Toyama1*, Shuichiro Tagane2, Shin-ichiro Aiba3, Shin Ugawa2, Eizi Suzuki 2, Kaito Yamazaki24, Kengo Fuse5, Atsushi Takashima6, Taku Kadoya1, Yayoi Takeuchi1
(1国立環境研究所, 2鹿児島大学, 3北海道大学, 4自然環境研究センター, 5九州オープンユニバーシティ, 6琉球大学)*責任著者
雑誌 Ecological Research
DOI https://doi.org/10.1111/1440-1703.12381
論文名 A dataset for vascular plant diversity monitoring for the natural World Heritage site on Amami-Oshima Island, Tokunoshima Island, and the northern Okinawa Island
著者名 Hironori Toyama1*, Kumiko Totsu1, Shuichiro Tagane2, Shin-ichiro Aiba3, Shin Ugawa2, Eizi Suzuki2, Kaito Yamazaki24, Kengo Fuse5, Atsushi Takashima6, Nariko Toyama1, Taku Kadoya1, Yayoi Takeuchi1
(1国立環境研究所, 2鹿児島大学, 3北海道大学, 4自然環境研究センター, 5九州オープンユニバーシティ, 6琉球大学)*責任著者
雑誌 Ecological Research