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琉球大学医学研究科加留部教授らの研究チームによる研究成果が、米国カナダ病理学会の公式学術誌「Modern Pathology」誌に掲載されました。
<発表概要>
【背景】
ATLL(成人T細胞白血病・リンパ腫)は、HTLV-1(注2) というウイルスに感染したリンパ球ががん化することで発症する極めて予後不良な血液腫瘍で、日本でも特に沖縄県で高頻度に発生しています(図1)。その診断では、細胞診または組織診(注3)による異型リンパ球(注4)の同定に加え、サザンブロット法(注5)でHTLV-1感染細胞のクローン性増殖(注6)を確認します。サザンブロット法に使用する検体は通常、新鮮生もしくは凍結された末梢血や組織片です。量も比較的大量に必要なため、少量の生検(注7)試料や病理診断(注8)で汎用されるホルマリン固定検体(注9)では検査できません。さらに、その検査手技が煩雑で、一般の病院検査室では実施されません。その結果、サザンブロット法を施行できず、再生検や診断保留となる症例がしばしば見受けられました。そのため、これらを解決する新規のATLL診断法が強く望まれていました。
【研究成果の内容】
そこで、琉球大学医学部細胞病理学講座の加留部謙之輔教授、髙鳥光徳大学院生らの研究グループは、同血液免疫検査学講座の福島卓也教授らが運営する沖縄HTLV-1/ATLバイオバンクの試料などを用いて、ホルマリン固定検体に特化した新規ATLL診断アルゴリズムを開発しました。その診断アルゴリズムは、HTLV-1由来の転写産物(注10)を標的とした超高感度RNA in situ hybridization法(注11)と、ウイルス感染細胞数を定量するリアルタイムPCR法(注12)の2つの検査法を組み合わせたものです。前者の方法では、組織内のHTLV-1感染細胞を可視化することができ、ATLL細胞を容易に検出可能でした。さらに、腫瘍の浸潤範囲も容易に判別できました(図2)。一方、後者の方法では適切なカットオフ値(注13)を設定することによってATLLと非ATLLを鑑別することができました。結果として、本研究対象の全119症例において、この診断アルゴリズムを用いると、感度・特異度ともに100%の正確な診断が可能でした。今回の研究により、従来のサザンブロット法に頼らない、より迅速かつより正確な検査法が開発されたといえます。
図2:図Aの上半分にはウイルス感染細胞が多数認められますが、下半分にはほとんど認められません。ATLL細胞の浸潤境界部が明瞭に判別できます。図Bでは、多数の腫瘍細胞でウイルス感染が認められますが、矢印で示す血管には認められません。
【社会的意義】
ウイルス関連腫瘍の診断では、その組織内での直接的なウイルス同定が極めて決定的な役割を担います。HTLV-1に関しては、今回の研究で初めて診断として活用できるものとなり、今後ATLLの早期発見や早期治療に繋がることが期待されます。実際にこれまで、沖縄県内の医療施設(琉球大学病院や南部医療センター・こども医療センター、ハートライフ病院、中頭病院、中部徳洲会病院など)に限らず、県外(神奈川県など)や国外(台湾)からの症例を含む約70例の診断において、本診断アルゴリズムによる検査が施行されています。
<用語解説>
注1:検査精度の指標として、感度は陽性のものを正しく陽性と判定する確率のこと。一方、特異度は陰性のものを正しく陰性と判定する確率のこと。
注2:ヒトT細胞白血病ウイルスI型のこと。レトロウイルスの一種。
注3:人体から採取した細胞および組織片を顕微鏡で観察する検査。
注4:形態に異常を認めたリンパ球。
注5:短いDNA断片のプローブを用いて標的のDNA配列を特異的に検出する手法。
注6:単一の細胞による分裂増殖。
注7:診断のために生体の一部を切り取って調べる検査。
注8:人体から採取された材料を顕微鏡で観察し、医学知識や手法を用いて診断すること。
注9:ホルマリンに生体試料を浸すことによって、細胞の自己分解や腐敗による劣化から保護する。
注10:ゲノムDNAを鋳型に合成されたもの。
注11:組織切片におけるRNAの分布を検出する方法。
注12:PCR増幅課程をリアルタイムに測定する手法で、定量性に優れている。
注13:検査結果において陽性と陰性を分ける数値のこと。
<論文情報>
論文タイトル
A new diagnostic algorithm using biopsy specimens in adult T-cell leukemia/lymphoma: combination of RNA in situ hybridization and quantitative PCR for HTLV-1
成人T細胞白血病・リンパ腫における生検試料を用いた新規診断アルゴリズム:HTLV-1に対するRNA in situ hybridization法と定量PCR法の組み合わせ
雑誌名
Modern Pathology
著者
Mitsuyoshi Takatori*, Shugo Sakihama, Megumi Miyara, Naoki Imaizumi, Takashi Miyagi, Kazuiku Ohshiro, Iwao Nakazato, Masaki Hayashi, Junpei Todoroki, Satoko Morishima, Hiroaki Masuzaki, Takuya Fukushima, Kennosuke Karube*.
DOI番号
https://doi.org/10.1038/s41379-020-0635-8
アブストラクトURL
https://www.nature.com/articles/s41379-020-0635-8