研究成果

海藻養殖場の炭素固定能力の定量化に道を拓く成果 -CO2削減に向けたブルーカーボン効果の評価精度向上に期待- 目標13:気候変動に具体的な対策を目標14:海の豊かさを守ろう

 Gregory N. Nishihara 教授(長崎大学海洋未来イノベーション機構)、理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター生物照射チームの佐藤陽一客員研究員(理研食品株式会社原料事業部長)、琉球大学理学部海洋自然科学科藻類機能形態学研究室の田中厚子助教らの研究チームは、海水中の溶存酸素量の計測データを用いた解析手法を活用し、海藻類によるCO2固定能力の試算に成功しました。
 本研究は、科学雑誌『Frontiers in Marine Science』(doi: 10.3389/fmars.2022.861932)に掲載されます。


岩手県広田湾におけるワカメ養殖(左)、長崎県新上五島町の天然海藻群落(中)、沖縄県本部町のオキナワモズク養殖(右)

 

【本研究の背景】
 近年、海産植物や海藻の光合成能力におけるCO2吸収効果と炭素固定・貯蔵効果によるカーボンオフセット※1への活用が注目されています。特に海藻類は陸上植物に比べて炭素固定能力が高く、食糧資源としての利用だけでなく、CO2削減に大きな期待が持たれます。海藻養殖場はブルーカーボン※2生態系として重要な役割を果たすと期待され、世界的に海藻養殖場の拡大を支持する声が高まっていますが、適正な手法で計測された調査事例はこれまでほとんどありませんでした。
本研究では、天然藻場と磯焼け海域(長崎県)、海藻養殖場(宮城県松島湾と岩手県広田湾のワカメ養殖場、沖縄県本部町のオキナワモズク養殖場)の自然環境下における溶存酸素量の連続記録から、純生態系生産量※3を計算し、炭素固定能力をこれまでの報告よりも高い精度で推定することに成功しました。

【研究成果】
 長崎県の天然藻場は調査期間の半分以上で炭素固定の場として機能しており、宮城県のワカメ養殖場も同程度でした。一方、沖縄県オキナワモズク養殖場や岩手県ワカメ養殖場は炭素固定の場として機能する日数が比較的少なかったですが、これには地域差や生産過程が関係していると考えられます。特に、オキナワモズク養殖はサンゴ礁の中で行われるため、サンゴ礁の豊富な生き物の影響によって固定日数が少なくなったと考えらます(図1)。
収穫したワカメとオキナワモズクの炭素含有量の測定結果から、調査した養殖漁場の合計5.2 km2の面積における炭素固定量は約44トンと試算されました。



図1 地域ごとの生産シーズンにおける炭素固定として機能する日数の割合(グラフ中:ガラモ場※4

 

【今後の期待】
 本研究は、世界的に注目されている海藻類の炭素固定による「ブルーカーボン効果」の定量化を実現し、海藻養殖や藻場保全が有する温室効果ガス削減効果の評価に寄与する知見が得られたと言えます。これらの成果は、海藻養殖のカーボンオフセット効果の定量化による海藻産業の付加価値向上と、将来的なカーボンクレジット※5時代に向けた新産業創出への活用が期待できます。

【論文情報】
論文名:Variability in the net ecosystem productivity (NEP) of seaweed farms
著者名:Yoichi Sato, Gregory N. Nishihara, Atsuko Tanaka, Dominic F.C. Belleza, Azusa Kawate, Yukio Inoue, Kenjiro Hinode, Yuhei Matsuda, Shinichiro Tanimae, Kandai Tozaki, Ryuta Terada, and Hikaru Endo

雑誌:Frontiers in Marine Science
DOI:10.3389/fmars.2022.861932 

 

【用語説明】
※1 カーボンオフセット
市民、企業、NPO/NGO、自治体、政府等の社会の構成員が、自らの温室効果ガスの排出を認識し、主体的にこれを削減する努力を行うとともに、削減が困難な部分の排出量について、他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等(クレジット)を購入することまたは他の場所で排出削減・吸収を実現するプロジェクトや活動を実施することにより、その排出量の全部または一部を埋め合わせるという考え方。

※2 カーボンクレジット
削減・吸収された温室効果ガスの効果を数値化したもの。ブルーカーボン:海域で吸収・貯留されている炭素のこと。2009年に国連環境計画 (UNEP) によって定義された用語。なお、最近では森林などの陸域で吸収・貯留されている炭素をグリーンカーボン、海域のものをブルーカーボンとして区別することが多い。

※3 純生態系生産量
ある生態系全体で、植物や海藻類などの一次生産者が光合成によって二酸化炭素を固定して生産された有機物の総量から呼吸で使われた量を差し引いた残りの量のこと。

※4 ガラモ場
海藻が生い茂る場所の中でも、褐藻類のホンダワラの仲間が生育している場所のこと。

※5 カーボンクレジット
削減・吸収された温室効果ガスの効果を数値化したもの。

 

【研究支援】
本研究は、は主に科研費(20H03076)「Mitigating climate change through seaweed aquaculture(研究代表者:Gregory N. Nishihara)」による支援を受けて行われました。一部の研究は, 科研費 (16H02939)「環境変化に対するストレス応答と生産量予測から探る「海の森」の成立と衰退,将来予測」(研究代表者:寺田竜太), 科研費 (25450260) 「天然藻場における生態系一次生産の評価研究」研究代表者:Gregory N. Nishiharaによる支援を受けて行われました。