研究成果

ナノ構造が海洋生物ホヤの幼生付着を抑制~水棲動物の体表のモスアイ構造の機能解明~

 琉球大学理学部広瀬教授らの研究成果が、海洋生物学の学術雑誌「Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom」誌に掲載されました。
【発表のポイント】
  • 世界には体表に高さ100 nm  (1mmの1万分の1) 前後の突起が密生する様々な動物がおり、この構造(モスアイ構造)の水中における機能を検証した。
  • 表面が平らなフィルムと比べてモスアイ構造を持つフィルム(モスマイト)にはホヤの幼生が付着しにくいことが明らかになった。
  • ナノ構造によって生物の付着を抑制することで、汚損生物対策における薬剤の環境への放出量を低減できる可能性がある。

    平らなフィルム上には33の幼生が付着しているのに対して、モスアイ構造フィルム上には13の幼生が付着している。

【概要】
 昆虫やホヤ、寄生性の甲殻類など様々な動物の体表で高さ約100ナノメートル(注1)の突起が密生した構造が知られています。この構造はガの複眼表面で最初に発見され、モスアイ構造(注2)またはニップルアレイと呼ばれています。ガの複眼ではモスアイ構造が光反射を低減するとともに光の透過率を高める機能を果たすことが明らかにされています。水中におけるモスアイ構造の機能はあまり研究されていないので、ホヤのように一生を海の中で暮らす動物でモスアイ構造が何の役に立っているのかよくわかっていません。これまでの研究から、水中では光反射を抑える効果は小さいですが、気泡が付着しにくいことや細胞の伸長と食作用(注3)を抑える機能を持つことがわかってきています。しかし、他にも機能がある可能性も指摘されています。今回、陸上とは異なる水中の環境に着目し、水棲生物で特徴的な「付着」に関するモスアイ構造の可能性を検討しました。

実験材料 人工的なモスアイ構造の材料として、三菱ケミカルが開発した「モスマイト」(注4)を使用しました。モスマイトは表面にモスアイ構造を持つ高機能フィルムで、反射防止フィルムとして利用されています。下の写真に示すように、そのモスマイトの表面構造は、ホヤの体表とよく似ています。モスマイトおよびモスマイトと同じ素材で作られた「表面が平らなフィルム」を用いることで、ホヤ体表のナノ構造の機能を実験的に検証しました。

 

モスマイトとホヤ(イタボヤの仲間)の体表の電子顕微鏡写真。どちらにも微小な突起が密生する

幼生の付着を抑制するモスアイ構造 琉球大学理学部海洋自然科学科の広瀬教授と同大学院医学研究科の泉水助教は多数のホヤ幼生が泳ぐ容器にモスアイ構造フィルムと無構造フィルムを同時に浮かべ、幼生がどちらのフィルムを選択して付着・変態するかを調べました。その合計8回の実験を行った結果、結果、フィルムの表面に付着したホヤ幼生の数は常にモスアイ構造の方が少ないことが明らかになりました(P < 0.01, paired t-test)。これは、モスアイ構造が幼生の付着を抑制する機能を持つことを示しています。
 生物の体表に他の生物が付着して成長すると、運動の妨げや餌をめぐる競争になり、下敷きになった生物が埋め殺される場合もあります。従って、付着抑制は水棲の生物にとって重要な機能と言えます。ただし、モスアイ構造フィルム上で付着する幼生もいたことから、モスアイ構造によって付着を完全に防ぐことはできないこともわかりました。様々な生物から他の生物の付着を忌避する化合物が発見されていますが、このような化合物とモスアイ構造を組み合わせることでより大きな付着抑制効果を実現しているのかも知れません。

平らなフィルム上には33の幼生が付着しているのに対して、モスマイト上には13の幼生が付着している。

モスアイ構造の可能性 フジツボやゴカイ、イガイをはじめ海藻、海綿、サンゴ、コケムシなど海には多様な付着生物が暮らしています。付着生物は船底や漁網など水中の人工構造物に付着してジャマモノになる場合があります。これらは汚損生物と呼ばれ、外来生物が汚損生物として大きな漁業被害をもたらしているケースも知られています。今回の研究に用いたホヤも代表的な汚損生物の一つです。これらの汚損生物の代表的な対策に生物付着を抑制する薬剤を構造物の材料や塗料に混ぜる方法がありますが、環境への薬剤の放出・残留が問題となっています。表面のナノ構造によって生物付着を抑制することができれば、生物毒性を伴う薬剤の使用量・環境放出量を減らせる可能性があると考えられます。今後、モスアイ構造が他の生物の付着にも抑制効果があるかを検証するとともに、「他の機能」についても探索を進めていく予定です。

港湾のロープに付着する様々な生物
撮影地:宜野湾市(上)、南三陸町(下)

【用語解説】 
(注1)100 ナノメートルは1 ミリメートルの1万分の1
(注2 )moth-eye: moth = ガ(蛾)、eye = 眼 による造語
(注3)細胞が異物を取り込んで分解・消化する作用。免疫機能の一つでもある。 
(注4)https://www.m-chemical.co.jp/products/departments/mcc/hp-films-pl/product/1200589_7370.html

【謝辞】 
 本研究に用いた「モスマイト」および同一素材の無構造フィルムは三菱ケミカルより提供いただきました。本研究は琉球大学の高度統合型熱帯海洋科学技術イノベーション創出研究拠点形成事業の助成を受けています。

【論文情報】
雑誌名:Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom
タイトル:Does nano-scale nipple array (moth-eye structure) suppress the settlement of ascidian larvae? 
(和訳)ナノサイズの乳頭状突起(モスアイ構造)はホヤ幼生の付着を抑制するか?
著者Euichi Hirose*, Noburu Sensui (広瀬裕一*、泉水奏)
DOI番号:10.1017/S0025315419000213
アブストラクトURLhttps://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-the-marine-biological-association-of-the-united-kingdom/article/does-a-nanoscale-nipple-array-motheye-structure-suppress-the-settlement-of-ascidian-larvae/DCADFC9765E1B1D5EA41B3E5A46998A6