研究成果

小笠原諸島の固有植物の起源を解明 ―ヤロード属の2種は異なる祖先種から種分化した― 目標15:陸の豊かさも守ろう

概要
 京都大学大学院理学研究科 髙山浩司 准教授、野田博士 同研究員、西村明洋 同博士課程学生、東京都立大学大学院理学研究科 加藤英寿 助教、琉球大学熱帯生物圏研究センター 内貴章世 准教授らの共同研究グループは、小笠原諸島に生育するキョウチクトウ科ヤロード属の固有種2種が、それぞれ異なる祖先種から独立に種分化したことを分子系統解析で明らかにしました。
 小笠原諸島に自生する維管束植物280種の約45%にあたる125種が固有であると考えられています。ところがこれらの固有種の祖先が、どこから来て、いつ頃小笠原諸島にたどり着き、固有種へと進化していったのかは十分には分かっていません。高山准教授らは、小笠原諸島に生育するキョウチクトウ科ヤロード属の固有種2種(ヤロードとホソバヤロード)に着目し、その進化的起源を明らかにするために、周辺地域の近縁種を含めた網羅的な分子系統解析を行いました。その結果、ヤロードは琉球列島に生育するシマソケイなどと近縁であるのに対して、ホソバヤロードはマリアナ諸島に生育するマリアナヤロードと近縁であることが分かりました。また、それぞれの近縁種とは約100-200万年前に分岐したことが示されました。この研究は、小笠原諸島で同属の固有種2種が全く異なる祖先種から種分化したことを明らかにし、同諸島の植物相の進化的起源がいかに複雑であるかを示しています。
 本研究成果は、2022年3月28日(現地時刻)に、国際誌「Molecular Phylogenetics and Evolution」のオンライン版に掲載されました。


写真 小笠原群島固有のヤロード(左)と火山列島固有のホソバヤロード(右)(撮影:西村明洋、髙山浩司)

 

1.背景
 世界各地の海洋島には、そこでしか見ることができない固有種が数多くいることから、“進化の実験場”とも呼ばれ、昔から多くの人々を魅了してきました。小笠原諸島もその例にもれず、自生する維管束植物280種の約45%にあたる125種が固有種であると考えられています。小笠原諸島の固有植物の地理的な起源として、主に日本本土要素、オセアニア要素、東南アジア要素の3つのルートが想定されています。しかし、祖先種がどこから来て、いつ頃小笠原諸島にたどり着き、固有種へと進化していったのかは十分には分かっていません。本研究では、小笠原諸島の固有植物の起源を解明する一環として、キョウチクトウ科ヤロード属の固有種2種(ヤロードとホソバヤロード)に着目しました。
 ヤロードは小笠原群島(聟・父・母島列島を含む)の森林に広く生育するのに対し、ホソバヤロードは火山列島(北硫黄・硫黄・南硫黄島を含む)の北硫黄島と南硫黄島の限られた場所に生育しています。両種は、葉や果実の形、花の大きさなどが異なるため、これまでにも別々の起源を持つと推測されていました。しかし、これらの種を含むヤロード属は、インド洋諸島~熱帯アジア~太平洋諸島まで広く分布しており、周辺地域を含めた近縁種との網羅的なDNA比較は行われてきませんでした。また、ホソバヤロードは火山列島の北硫黄島と南硫黄島にのみ生育することから、DNA解析用の試料採集すら困難な植物でした。

2.研究手法・成果
 小笠原諸島の固有種の起源を解明することが難しい最大の理由は、その地理的位置にあります。小笠原諸島は、日本本土やオセアニア、東南アジアなどいずれの大きな陸地からも遠く離れているため、地理的な条件からだけでは、起源地や祖先種を絞り込むことがとても難しいからです。ヤロード属のように近縁と思われる種群が広域に分布している場合は、この絞り込みはさらに難しくなります。この課題を克服するためには、周辺地域を含めた近縁種の網羅的なサンプリングが不可欠となります。そこで本研究では、京都大学、琉球大学、東京都立大学、グアム大学の研究者が協力して、各地での野外調査を実施しました。また、2017年には南硫黄島自然環境調査(東京都、NHK、首都大学東京(現 東京都立大学)の合同調査)、2019年には北硫黄島自然環境調査(東京都の調査)によって、ホソバヤロードを入手しました。さらに、DNAデータベースに登録されている近縁種の塩基配列データを利用して、網羅的な分子系統解析を実現しました。
 その結果、小笠原諸島に生育するヤロード属の固有種2種は、異なる祖先種から種分化したことが証明されました。小笠原諸島の小笠原群島に生育するヤロードは、琉球列島のシマソケイなどと近縁であるのに対して、火山列島に生育するホソバヤロードはマリアナ諸島のマリアナヤロードと近縁であることが分子系統解析により明らかとなりました(図1)。また、それぞれの近縁種とは約100-200万年前に分岐したことも示されました。小笠原諸島のような海洋島では、単一の祖先種が複数の種に分化する適応放散という現象が広く知られています。しかし今回の結果は、ヤロード属の固有種2種は単一の祖先種からではなく、別々の祖先種が小笠原諸島にたどり着き、独立に進化したことを強く支持しています。周辺地域を含めた近縁種との網羅的な比較解析によって、海洋島の固有種の複雑な進化的起源の一端が紐解かれました。


図1 小笠原諸島に生育するヤロードとホソバヤロードはそれぞれ別の共通祖先から種分化した

 

3.波及効果、今後の予定
 今回の研究で、小笠原諸島に生育するヤロード属の固有種2種は、全く異なる祖先種から種分化したことが明らかとなりました。小笠原諸島内で単一の祖先種から種分化したと考えられるような種群についても、周辺地域を含めた網羅的な解析を行うことで、実は別々の祖先種に起源していたということが発見されるかも知れません。
 小笠原諸島に生育するヤロード属の固有種2種が、いずれも近縁種から約100-200万年前に分岐したという結果は大変意外でした。ヤロードが生育する小笠原群島は数千万年の歴史を持つとも考えられるため、この値も地史との矛盾はないと解釈できます。一方で、ホソバヤロードが現在生育する火山列島は、島ができてから数万~十数万年しかたっていないと見積もられています。つまり、ホソバヤロードの分岐年代が島の成立年代よりも古いということになります。固有種の分岐時期が島の成立年代よりも古くなる原因は、推定誤差以外にも、最も近縁な系統が未解析であったり、あるいは既に絶滅してしまっていたりする可能性が考えられます。今後はホソバヤロードの最近縁種であるマリアナヤロードに焦点を絞り、マリアナ諸島の広範で調査を実施することで、いずれの可能性が妥当であるか検証する必要があります。
 小笠原諸島は世界でも例を見ない独自の生態系を有し、世界自然遺産にも登録されています。一方で、現在、小笠原諸島では自然生態系の保全が大きな課題となっているのも事実です。森林を構成する植物種の来歴や進化の過程を解明してくことで、小笠原諸島独自の生態系がどのように形成されていったかを深く理解し、保全への大きな活力となることが期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科研費(JP26290073, JP17H04609, JP20H03310, JP20K21446)、昭和聖徳記念財団、山田科学振興財団、琉球大学 研究プロジェクト推進経費(17SP01302、H29-H31)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費【課題番号 4-2003】(JPMEERF20204003)の研究助成を受けて行いました。2017年の南硫黄島自然環境調査は、東京都、NHKならびに首都大学東京(現 東京都立大学)、2019年の北硫黄島自然環境調査は東京都により実施されました。

<研究者のコメント>
 火山列島とグアム島の現地調査で、ホソバヤロードとマリアナヤロードが瓜二つであることを実感しました。この時、先人たちが指摘したように小笠原のヤロード属2種は異なる起源を持つことを半ば確信しました。分子系統解析でそのことを証明することができ、とてもうれしかったです。今後も周辺地域の研究者との連携を高めることで、小笠原諸島の固有種の起源を網羅的に解明していきたいです。(髙山浩司)

<論文タイトルと著者>
タイトル:Multiple origins of two Ochrosia (Apocynaceae) species endemic to the Bonin (Ogasawara) Islands(小笠原諸島固有ヤロード属2種は異なる祖先種から種分化した)
著  者:Hiroshi Noda, Akihiro Nishimura, Hidetoshi Kato, Akiyo Naiki, Wei Xiao, Mario Martinez, Mari Marutani, James McConnell, Koji Takayama

掲 載 誌:Molecular Phylogenetics and Evolution DOI:https://doi.org/10.1016/j.ympev.2022.107455