研究成果

サツマイモの大害虫イモゾウムシの特異な求愛行動が明らかに ~体表成分の役割を解明~

サツマイモの大害虫イモゾウムシの特異な求愛行動が明らかに
~体表成分の役割を解明~

  琉球大学農学部立田晴記教授及び帯広畜産大学環境農学研究部門熊野了州准教授らの研究チームによる研究成果が,英国王立協会(Royal Society)の学術雑誌「Royal Society Open Science」電子版に掲載されます.
 本件に関する取材については,下記のとおりになりますので,よろしくお願いします.
<発表のポイント>
 ◆どのような成果を出したのか
サツマイモを加害し,特殊害虫に指定されている外来のイモゾウムシが,体表成分の塗られたガラス玉に長時間とどまり,そのガラス玉に求愛行動をとることが明らかになりました.また本種は同性に対しても高い頻度で求愛行動をとることが明らかになりました.
 ◆新規性(何が新しいのか)
イモゾウムシでは,これまでフェロモンのような同種の個体間で情報伝達に使われる「信号物質」が見つかっていませんでした.今回の研究で,ゾウムシが仲間の体表成分が信号物質となり,生殖行動が引き起こされることを初めて示しました.
 ◆社会的意義/将来の展望
今回の発見はゾウムシを効率良く捕獲する方法の考案に向け大きなヒントになります.南西諸島や小笠原諸島で顕在化している本種による被害軽減に貢献しうるものです.

【概要】
(1)今回の成果について


・琉球大学大学院農学研究科修士課程の伊佐睦実さん(現・琉球大学大学院医学研究科),立田晴記教授,および帯広畜産大学環境農学研究部門の熊野了州准教授らの研究グループは ,南西諸島に侵入・定着している特殊害虫イモゾウムシ(図1)の基礎生態と防除方法について研究してきました.多くの昆虫,例えばハエなどでは,体表面を覆う炭化水素などの化学物質が種や性の違いを認識する「信号物質(semiochemical)」としてはたらくことが示されています(Ferveur 2005).イモゾウムシの体表面を覆う化学物質の役割についてはこれまで謎でした.そこで我々がゾウムシの体表面からの抽出成分に対する行動反応を調べたところ,体表成分が塗られていないガラス玉とくらべ,塗られたガラス玉にゾウムシが長時間とどまり,求愛行動をとることが明らかになりました.また本種は異性に対する場合だけでなく,同性に対しても高い頻度で求愛行動を行うことが明らかになりました.

・現在沖縄県では,かつてウリミバエの根絶事業でも利用された「不妊虫放飼法」による本種の根絶事業がおこなわれています.不妊虫放飼法とは人工的に不妊化した虫を野外に放すことで,害虫の繁殖を妨げる方法です.放飼をする際,害虫が生息する場所やその密度を予め推定することが防除成功の鍵になります.しかし本種では,異性を誘引する性フェロモンのような信号物質が見つかっていないため,野外で虫を捕獲して分布や密度を調査することが難しく,根絶事業推進の大きな妨げとなっています.

・今回の発見から,イモゾウムシは仲間の体表面の物質を信号物質として検知し,自らの行動の意思決定を下していることがわかりました.今後は体表物質に含まれる成分を詳しく調べることで,ゾウムシの行動をコントロールする手段の発見につながると考えられ,南西諸島や小笠原諸島で顕在化している特殊害虫による被害軽減に貢献しうると考えています. 

(2)研究内容

① 研究の背景・先行研究における問題点
イモゾウムシによる加害:南西諸島は日本の中で侵入害虫が極めて多い地域です.イモゾウムシ(図1)も日本本土への侵入が警戒されている特殊害虫に指定されており,ゾウムシが生息する地域から未発生地への寄主植物(生のサツマイモ等)の移動が植物防疫法により禁止されています(小濱・久場 2008).本種は西インド諸島が原産とされていますが,中南米諸国や日本の小笠原諸島,南西諸島に侵入・定着し,各地で大きな問題となっています.本種に加害されたサツマイモは防衛反応として,毒物質であるテルペン類,クマリン類を生成し,苦み,異臭を呈するため,食用や家畜飼料としても利用できなくなります.

根絶への課題:こうした背景から沖縄県では,かつてウリミバエを根絶に導いた「不妊虫放飼法」を利用したゾウムシの根絶事業をおこなっています.これは対象害虫を大量増殖し,それらを不妊化して対象地域に放飼し,野生メスの産む卵を孵化出来なくすることで害虫を減らす技術です(伊藤 2008).不妊化した虫は野生メスが多く生息する場所に効果的に散布する必要があり,予め野外に生息する虫の密度と分布を知っておくことが重要になります.通常は野外にわな(トラップ)を仕掛け,そこに誘引される害虫を捕獲することで生息範囲や密度などを推定します.その誘引剤としてよく利用されるのが「性フェロモン」で,これは害虫の体内で合成され,体外に排出することで同種の異性を呼び寄せる信号物質としての機能があります.イモゾウムシについても性フェロモンの探索が行われてきましたが,調査に利用可能なフェロモン成分はこれまで見つかっていませんでした.また光に集まる習性を利用したトラップが開発されていますが,調査に十分な量のゾウムシを捕獲することができていません (Ichinose et al. 2016). 

図1.特殊害虫のイモゾウムシ(下がメス,上がオス:撮影 熊野了州)

② 研究内容
繁殖行動のステージ:研究を始めるにあたり,イモゾウムシの繁殖(交尾)に至るまでの行動をステージごとに整理しました(図2).オスがメスに出会うと,近づき,マウントを試みます(ステージ1).次にメスに抱きつく,定位するという行動を示し(ステージ2),相手の体をさする,前脚を上げる,交尾器を挿入するといった行動をとり(ステージ3),最終的に交尾に至ります.

図2.イモゾウムシの配偶行動の流れ

雌雄の区別ない求愛行動の発見:こうした一連の配偶行動に注意しながら,シャーレに2匹のオス,1匹のメスを入れ,行動を観察,記録しました.すると驚くことに,オスはメスに対してのみならず,出会ったオスに対しても求愛行動を示しました.オスが同性,異性にそれぞれ出会い,求愛をした頻度を比較してみると,シャーレの中を無目的に歩き回って相手に出会う確率と変わらないことがわかりました.メスがオスを呼び寄せる物質を発散するのなら,オスは同性よりも,異性のメスに対して高確率で誘引されるはずです.こうした予想を裏切る結果となったことから,メスは遠くにいるオスにアピールする物質を分泌していないのではないかと考えられました.また同性であるオスに対しても求愛行動をとることから,体表の物質だけを手がかりに雌雄を区別している可能性は低いと考えられました.

 オスだと気付くタイミング:さらに意外なことに,相手がオスの場合であっても,背中に乗ったオスが交尾器を出して相手に挿入する試みが高頻度で観察されました(図3).もちろんオス同士で交尾に至ることはなく,ステージ3の比較的早い段階でマウントが解除されました(図4).これらのことから,イモゾウムシは雌雄の区別無く相手に求愛し,求愛行動をとっている途中の段階(ステージ3)で相手の性別を認識することが示唆されました.


図3.求愛行動の組み合わせごとに観察された頻度.相手がオスであっても体をさする行動と交尾器挿入の試みが高頻度でおこなわれた


図4.マウント継続時間.相手がオスの場合,早期にマウント解除される

 求愛を引き起こすのは体表成分:次に,ゾウムシの体表からの抽出物を塗布したガラス玉(処理区)と,抽出物が含まれていない抽出溶媒だけを塗布したガラス玉(対照区)をそれぞれ用意し,それらに対するゾウムシの反応を観察しました.

 ガラス玉に乗ったオスのゾウムシがとった行動頻度を対照区と処理区で比較してみたところ,対照区のガラス玉に対してはステージ2までの行動しかとりませんでした.処理区のガラス玉にはステージ3の行動をとりましたが,ガラス玉に対して交尾器を挿入するしぐさは全く観察されませんでした.ガラス玉への滞在時間を対照区と処理区で比較してみると,処理区で有意に長くなり(図5: 比例ハザードモデル,z=-2.16, p = 0.031),メスよりもオスで滞在時間が長くなりました(図6: 比例ハザードモデル,z=-2.81, p = 0.005).


図5.抽出物と溶媒に対する反応の相違.抽出物を塗布したガラス玉に長く滞在する.



図6.ガラス玉に滞在する時間の相違.オスがメスに比べ,長く滞在する.

 またオスとメスの抽出物を塗布したガラス玉に対する反応を比較したところ,オス抽出物を塗ったガラス玉にメスが滞在した時間とくらべ,メス抽出物を塗ったガラス玉にオスが滞在した時間が有意に長い傾向がありました(比例ハザードモデル: z=-1.99, p = 0.047).
今回は体表物質の成分を詳細に解析しませんでしたが,溶媒で抽出された体表成分に直接ゾウムシが触れることで,求愛行動が引き起こされることを初めて示しました.

③ 社会的意義・今後の予定

 我々の発見から,ゾウムシの求愛行動を引き起こす成分が体表物質に含まれることが示されました.その成分がどのようなものか,今後化学分析を併用することで明らかにする必要がありますが,有効成分を精製しない抽出物(粗抽出物)であっても,ゾウムシに接触させることで関心を惹きつけられると考えられます.今回の発見を応用すれば,光などを使ってある程度ゾウムシを集めたのち,特定箇所に抽出物を塗布することで,効率良くゾウムシを捕集する方法の考案に結びつけられる可能性があります.得られた結果を手がかりに,さらに研究を発展させ,害虫防除の効率化を図る必要があります.

引用文献
Ferveur JF. 2005. Cuticular hydrocarbons: their evolution and roles in Drosophila pheromonal communication. Behaviour Genetics 35, 279-295.
Ichinose K. et al. 2016. Reduced dispersal and survival in the sweet potato weevil (Euscepes postfasciatus) after irradiation. Agricultural and Forest Entomology 18, 157-166.
伊藤嘉昭. 2008. 不妊虫放飼法の歴史と世界における成功例.pp. 1-17. 伊藤嘉昭(編)不妊虫放飼法 侵入害虫根絶の技術.海游舎.
小濱継雄,久場洋之.2008. 性フェロモンと不妊虫放飼の組み合わせによるアリモドキゾウムシの根絶.pp. 277-316. 伊藤嘉昭(編)不妊虫放飼法 侵入害虫根絶の技術.海游舎.

<論文情報>
論文タイトル:When a male perceives a female: the effect of waxy components on the body surface on decision-making in the invasive pest weevil(オスがメスに気づく時:イモゾウムシ体表成分が行動意思決定に与える影響)
掲載誌:Royal Society Open Science
著者:Mutsumi Isa*,Norikuni Kumano,Haruki Tatsuta*
DOI番号:10.1098/rsos.181542
アブストラクトURL: http://rsos.royalsocietypublishing.org