研究成果

働きアリと共生する新しい腸内細菌の発見

 関西学院大学生命環境学部の下地博之助教らと産業技術総合研究所の伊藤英臣主任研究員、同じく菊池義智主任研究員、琉球大学熱帯生物圏研究センターの松浦優助教らの研究チームは、アリの一種であるトゲオオハリアリの野外コロニーを網羅的に解析して、働きアリと特異的に共生する新種の細菌 (ファーミキューテス門の未同定種) を発見しました。さらに、この細菌は腸内に高密度に定着しており働きアリが成虫になってから獲得される事を明らかにしました。
 これまで、アリを含む多くの社会性昆虫 (注1) では、繁殖を担う女王によって共生細菌が次世代へと伝播され、コロニー内に広がると考えられてきました。ところが、本研究で用いたアリは女王ではなく働きアリが次世代のアリへ腸内細菌を伝え、且つ、働きアリの間でのみこの細菌が共有されていることが示唆されました。この結果、社会性昆虫における共生細菌の新規伝播様式や分業と関係づけられた細菌の生物学的機能に関して、新たな現象を見出すことが期待されます。本研究で得られた知見は、動物の社会における細菌との共生関係のあり方に新しい視点を与えてくれるでしょう。
 本研究成果は、国際微生物生態学会誌「ISME Communications」オンライン版に10月28日午前1時(英国時間、日本時間10月28日午前9時)に掲載されました。

《ポイント》
・社会性昆虫の分業に着目した細菌叢の網羅的解析によって、働きアリ特異的に共生する未知のバクテリア種を発見しました。
・これは、社会性昆虫を専門に扱う行動生態学と細菌を主に扱う微生物学の専門家が連動して研究する事で得られた結果です。
・材料のトゲオオハリアリではすでに多くの生態学的、生理学的知見が蓄積されており、本研究で見つかった新しいパートナーとの関係性を紐解くことで画期的な研究へと発展していくことが期待されます。

《研究の背景と経緯》 
 動物や植物はさまざまな細菌との共生関係を進化させていることが近年明らかになってきていますが、例えば、繁殖個体 (女王) と非繁殖個体 (働きアリ) の間の分業体制を構築することにより地球上で繁栄しているアリにおいても、細菌との共生関係から様々な恩恵を受けています。これまで社会性昆虫では、共生細菌は基本的に巣を作る女王を介して次世代のコロニーに伝わり、新しく生まれてきたコロニーメンバー間で共有されると考えられてきました。次世代シーケンサー(注2)の普及により、様々なアリ種に共生する細菌叢(注3)が網羅的に調査されてきましたが、多くの研究は外で歩き回る働きアリにのみに焦点が当てられており、社会性昆虫の本質である分業と細菌叢の関係は見落とされていました。そのような中、我々は沖縄に生息するトゲオオハリアリを用いて、野外からアリのコロニー全体を採集して女王やオス、ワーカーの共生細菌を徹底的に比較調査しました。

《研究成果》
 沖縄本島内の5地点で巣を丸ごと採掘して採集した合計22コロニーから、女王22個体、オス8個体、働きアリ(非繁殖メス)105個体のDNAを抽出して、次世代シーケンサーにより細菌叢を調べました。その結果、女王・オスと働きアリの間で細菌叢が大きく異なることがわかりました。相対的な菌量の解析および分子系統解析により、ファーミキューテス門に属する未同定の細菌種 (firmicute symbiont: 以降FSと呼ぶ) が働きアリの細菌叢集団のほとんどを占めることが明らかになりました。次に、蛍光 in situ  ハイブリダイゼーション法 (FISH法) によって、FSが体内のどこに定着しているのか探索したところ、FSは消化管の一部の後腸前方に高密度に存在しているのを見つけました。興味深いことに、働きアリの排泄した糞の中にもFSは存在することも判明しました。次に、FSがアリにいつ獲得されるかを調べるために、野外で採集した幼虫、前蛹、蛹、巣内で働く個体 (一般的に若い個体) と巣外で働く個体 (一般的に老いた個体) の各成長段階について、FS特異的なプライマーを用いて定量的PCRによってFSの存在量を数値化したところ、FSは成虫になるまでほぼ検出されませんでしたが、成虫になってから感染がみられ、特に巣外で働くアリが多く保持していることがわかりました。

《今後の期待》
 アリは女王と働きアリによる分業を基盤としてあらゆる環境において生態学的な成功を収めていますが、さらに近年では、微生物との共生関係がその適応に重要な役割りを担っていると考えられています。本研究の成果は、動物と細菌との共生関係の進化に新しい視点を提供するものであり、今後は本研究と同様にコロニー内の分業を考慮した細菌叢の解析が他の種でも実施されることで、さまざまなアリの社会と細菌共生の関係の理解が深まることが期待されます。また、侵略的な外来アリ種(注4)において、細菌叢の変化が新しい国や地域への侵入を可能にしている可能性が示唆されていることから、本研究を拡張してアリと細菌の共生関係を理解することは、進化生物学的な枠組みを超えて応用生態学や保全生態学にまで適用できる知見を提供する事につながると期待されます。


図1.トゲオオハリアリのワーカー腸内特異的に共生する細菌firmicte symbiont
(a)採集した場所。(b)女王、働きアリ、オスの形態。(c)各個体における細菌叢の多変量解析。(d)女王と働きアリのFSの相対量の比較。(e)摘出した働きアリの後腸に存在するFSのFISH法による顕微鏡観察画像(シアン = 昆虫の核、マゼンタ = FS特異的な蛍光プローブ、黄色 = ほとんどの細菌を染める蛍光プローブ)。

図2.トゲオオハリアリの分巣から予想される新規伝播様式
女王のいるコロニーから一部の働きアリと幼虫や蛹などが別の場所で巣を作る (phase1, 2)。新しく作った巣の中では蛹から孵化した個体がオスと交尾したのち新女王として繁殖を始める (phase3,4)。元の巣から移ってきた働きアリの保持するFSが排泄物を通して次世代の働きアリへ伝播する (phase5)。これによって、女王の感染の有無に関わらずFSは次世代のコロニーへと伝播されると考えられる。

《研究助成》
本研究は、JSPS科研費 (18K14798,15H02652,18 K19217) 、および琉球大学熱帯生物圏研究センター共同利用・共同研究により行われました。

《論文タイトル》
Worker-dependent gut symbiosis in an ant
(和訳:アリから見つかったワーカー依存的な腸内共生系)

《著者》
Hiroyuki Shimoji, Hideomi Itoh, Yu Matsuura, Rio Yamashita, Tomoyuki Hori, Masaru K. Hojo, Yoshitomo Kikuchi

《論文URL》
DOI: 10.1038/s43705-021-00061-9

[用語解説]
注1. 社会性昆虫
ミツバチやアリ、シロアリに代表されるように、コロニーと呼ばれる家族を単位として集団生活を行い、繁殖個体が産卵に専念する一方で、非繁殖個体はコロニー内で生まれてくる子の世話や巣の防衛、巣外での採餌など、高度な分業を行う。
注2. 次世代シーケンサー
従来技術よりも飛躍的に解析能力が向上した遺伝子の塩基配列を解読する機械。一度に数千万分子の遺伝子を同時に塩基配列解読できる、すなわち同時に数千万種の細菌の同定が可能であるため、極めて多種多様な種類で形成される細菌叢を従来よりも高解像度に調べることができる。
注3. 細菌叢
ある環境の中に生存する様々な種類からなる細菌集団のこと。動物腸内に生存する多種多様な細菌の集まりは腸内細菌叢、または腸内フローラと表現される。
注4. 侵略的な外来アリ種
人の活動とともに運ばれて、侵入した地域の生物多様性に大きな悪影響を及ぼす可能性を持つ種として、アルゼンチンアリやヒアリ、アシナガキアリ、ツヤオオズアリなどが知られている。