研究成果

細胞内鉄濃度の新たな制御機構を解明 ~ATRAPによるTfR1細胞内在化機構の発見~ 目標3:すべての人に健康と福祉を目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

 琉球大学大学院先進医療創成科学 山下暁朗教授、横浜市立大学大学院医学研究科分子生物学 大学院生の安部えりこ医師 (循環器・腎臓・高血圧内科学教室員)、高橋秀尚教授、循環器・腎臓・高血圧内科学 田村功一教授、涌井広道准教授らの研究グループは、1型アンジオテンシン受容体結合タンパク質 (ATRAP)はトランスフェリン受容体 (TfR1)と相互作用することで細胞内鉄代謝に影響を与えるという新たな制御機構を解明しました。本研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されました。



研究成果のポイント

● ATRAP*1がTfR1依存的な鉄取り込みに関わる新たな制御因子であることを明らかにしました。

● ATRAPがTfR1を細胞内在化(インターナリゼーション)することで、TfR1の細胞膜局在を低下させることを示しました。

● ATRAPが細胞内鉄濃度と酸化ストレスシグナルを低下させる働きを持つことを明らかにしました。

● ATRAPの機能促進は慢性腎臓病をはじめ鉄関連疾患に対する新たな治療戦略となると期待されます。

 

<発表概要>
【研究の背景】
 鉄は酸素運搬、酵素活性、エネルギー産生に関与しており生体にとって必須元素のひとつである一方、活性酸素種 (reactive oxygen species:ROS)産生を介して慢性腎臓病、脳血管疾患、神経変性疾患や発がんなど様々な病態に関連しています。そのなかでも、慢性腎臓病は世界人口の約10%が罹患しているとされており、その割合は年齢とともに上昇します。慢性腎臓病では腎臓の炎症や腎線維化により様々な細胞変化が引き起こされることが知られていますが、腎線維化の程度はそれに伴う腎機能の低下と相関しており、鉄によるROS蓄積はその腎線維化に関連するという報告もあります。鉄代謝において体外への能動的な排泄機構は存在しないため、厳格な制御機構により鉄が一定に調節される必要があり、その制御機構を理解することは重要です。当研究グループは、慢性腎臓病におけるレニン・アンジオテンシン系受容体結合タンパク質の一種ATRAPについて研究を進めており、ATRAP欠損マウスにおいて加齢性腎線維化増悪とミトコンドリア異形、酸化ストレス蓄積がみられることを報告しています(文献1, 2)。これらの結果はATRAPが正常状態では酸化ストレスを抑制していることを示していますが、 ATRAPによる酸化ストレスの抑制機構について、その詳細な機序は分かっていませんでした。

 

【研究の成果】
 本研究では、ATRAPによる酸化ストレス抑制機構を明らかとするため、質量分析法を用いてATRAP結合タンパク質の同定を行いました。その結果、細胞内鉄取り込みを担うトランスフェリン受容体 (TfR1)をATRAP結合タンパク質として同定しました。研究の結果、ヒトやマウスの培養細胞、マウス腎組織においてATRAPとTfR1の相互作用を示しました。ATRAPによるTfR1の機能制御を調べたところ、ATRAP発現誘導が細胞膜上でのTfR1発現を減少させ、細胞内小胞膜上のTfR1を増加させる、細胞内在化(インターナリゼーション)を促進することを明らかにしました。さらに、ATRAP発現誘導によるTfR1の膜局在低下が、細胞内鉄濃度の低下と、それにともなう酸化ストレスシグナルの低下を誘導する事を明らかにしました。

 

【本研究成果の意義と今後の展開】
 ATRAPによるTfR1インターナリゼーション促進を介した細胞内鉄濃度と酸化ストレス抑制の発見は、酸化ストレスを伴った慢性腎臓病における腎繊維化機構の解明につながる成果です。今後、個体レベルでの鉄制御機構の解明を進めることで、腎線維化メカニズムの解明が期待されます。また、ATRAP-TfR1経路の発見は、慢性腎臓病をはじめ、様々な鉄関連疾患への新たな診断法や治療戦略の開発につながることが期待されます。なお、本研究に関して、第65回日本腎臓学会学術総会、第29回国際高血圧学会総会、日本心血管内分泌代謝学会学術総会など複数の学会にて安部えりこ医師が発表し、第55回米国腎臓学会総会でも発表が予定されています。

 

【用語解説】
 ATRAP: 1型アンジオテンシン受容体(AT1R)に直接結合し、その機能を制御する低分子タンパク質。Angiotensin II type-I receptor-associated protein の略語。
 TfR1: 血清中の鉄はTransferrinに結合して運ばれる。これを細胞に取り込む受容体。Transferrin receptor-1 の略語。

<研究費>
 日本学術振興会科学研究費,AMED革新的医療技術創出拠点プロジェクト/橋渡し研究戦略的推進プログラム,横浜総合医学振興財団,上原記念生命科学財団,日本腎臓病協会・日本ベーリンガーインゲルハイム共同研究事業,日本透析医会,ソルト・サイエンス研究財団医学プロジェクト研究助成,横浜市立大学かもめプロジェクト, 国立研究開発法人科学技術振興機構(ムーンショットR&D)および守谷奨学財団などの研究助成を受けて行われました。

<論文情報>
(1)    論文タイトル:Angiotensin II type‑1 receptor‑associated protein interacts with transferrin receptor‑1 and promotes its internalization

(2)    雑誌名:Scientific Reports 12, Article No: 17376 (2022)

(3)    著者:Eriko Abe, Akio Yamashita, Keigo Hirota, Takahiro Yamaji, Kengo Azushima, Shingo Urate, Toru Suzuki, Shohei Tanaka, Shinya Taguchi, Shunichiro Tsukamoto, Tatsuki Uehara, Hiromichi Wakui, Kouichi Tamura, Hidehisa Takahashi

(4)    DOI番号:10.1038/s41598-022-22343-5

(5)    URL: https://www.nature.com/articles/s41598-022-22343-5

 

<参考文献>
(文献1)Tamura, K, et al. ATRAP, a receptor-interacting modulator of kidney physiology, as a novel player in blood pressure and beyond. Hypertens. Res. 45, 32-39 (2022).

(文献2)Uneda, K. et al. Angiotensin II Type 1 receptor-associated protein regulates kidney aging and lifespan independent of angiotensin. J. Am. Heart Assoc. 6 (2017).