研究成果

バイオメディカル分野の新技術を開発

~2020年、琉球大学は開学70周年を迎えます。~
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 琉球大学医学部先端医学研究センターの角南寛特命助教らの論文” A 3D Microfabricated Scaffold System for Unidirectional Cell Migration”がWileyのAdvancedBiosystemsにOnline出版されました。本論文は背表紙のデザインにも決定しております。Advanced Biosystemsは、WileyのAdvancedシリーズの一つで、2017年に発刊された雑誌です。バイオメディカル領域の種となる研究を紹介します。


背表紙デザイン(令和2年10月16日公開)

◆どのような成果を出したのか
 ほとんどの細胞は、なんらかの足場に接着しなければ生きていけません。人間の体の中でも、多くの細胞は足場となる細胞外基質(注1)などに接着することで生きています。こういった足場の性質(硬さや電荷、親水性、形など)の違いによって、細胞の基本的な機能(注2)が劇的に変化することが良く知られているため、多くの研究者がさまざまな目的で細胞の足場の研究をしています。一般的な細胞培養用のシャーレ表面や生体内で使用される各種医療機器の表面などにも細胞の足場の研究成果が活用されています。今回、角南寛特命助教らは、細胞の足場の形を工夫することで、細胞を一方向へ遊走(注3)させることに成功しました。通常、細胞の遊走する向きはランダムですが、角南寛特命助教らは、図1(上)のような三次元的な形の足場によって、細胞を一方向(矢印の向き)へ遊走させることに世界で初めて成功しました。成功の鍵は、図1(上)のように細胞の突起の伸びる向きを一方向(矢印の向き)に制限したことでした。実際に顕微鏡で観察された細胞の形をみても、足場に対してユニークな形をとりながら一方向(矢印の向き)に突起を伸ばしている様子が分かります(図1(下))。

◆新規性(何が新しいのか)
 我々は、細胞の突起の伸びる向きを一方向に制限する新しい足場の形を見出したことが、一方向への細胞の遊走の発現に繋がったと考えています。細胞は足場に対して突起を伸ばし、その方向に遊走することが知られているからです(K. M. Yamada, et al. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 2019, 20, 738.)。この現象は、我々の見出した基本的な形さえあれば、確実に再現できます(図2)。本論文の中では、この成果を出すために行われた、足場の形の膨大な最適化の過程や、足場の尖った部分が突起の伸長方向や細胞の遊走方向に及ぼす影響についても説明されています(図3)。




 今回の成果の特徴は、まず、なんといっても遊走する距離や期間に限界がないことです。遊走する距離や期間が限られる走化性(注4)などとは異なり、足場の形が続く限り、どこまでも、いつまでも有効です。これは、単純な繰り返し構造のマイクロパターン(注5)を利用しているためです。また、我々は、今回の成果が新たな細胞の走性として認められる可能性もあると考えています。そうなれば細胞生物学領域に大きなインパクトを与えることになるでしょう。さらに、今回の成果は、素材を問わないため、あらゆる表面で活用できる、汎用性の高い技術になると期待されます。

◆社会的意義/将来の展望
 この新技術は、補助人工心臓や人工血管デバイス、ステントなどの表面で活用され、体の中で長期的に必要な細胞を集めたり、いらない細胞を逃がしたりする用途への応用が期待されます。さらに、この新技術は、細胞の遊走するスピードの違いを利用して、さまざまな細胞の分離も行えます。現在、危険な癌細胞を除去したり、安全で性能のよい幹細胞を取り出したりする研究も進行中です。本論文の内容は、「動物細胞の運動方向の制御基材、当該基材を用いた細胞の識別方法及び細胞の分離方法, 特許第6128620号, PCT/JP2015/546670」として日本および米国で既に特許登録され、欧州で審査中です。

今回の成果は、JSTさきがけ(ナノシステムと機能創発)で実施された研究を琉球大学で発展させたものです。https://www.jst.go.jp/presto/emergence/scholor/phase03/04.html

<用語解説>
(注1) 細胞外基質・・・細胞の外側に存在するコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、ヒアルロン酸など
(注2) 細胞の基本的な機能・・・接着、増殖、代謝、分化、遊走、組織形成など
(注3) 遊走・・・細胞の移動
(注4) 走化性・・・周囲の化学物質の濃度勾配により起こる、方向性を持った細胞の動き
(注5) マイクロパターン・・・微細な形の繰り返し構造

<論文情報>
(1)   論文タイトル: A 3D Microfabricated Scaffold System for Unidirectional Cell Migration(一方向にのみ細胞を遊走させる三次元的に微細な細胞の足場システム)
(2)    掲載誌:Advanced Biosystems
(3)    著者:Hiroshi Sunami*, Yusuke Shimizu, Junko Denda, Ikuko Yokota, Hidehiro Kishimoto, Yasuyuki Igarashi
(4)    DOI番号: 10.1002/adbi.202000113
(5)    アブストラクトURL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/adbi.202000113