研究成果

約4400年前の沖縄における季節風の変動を詳細復元〜那覇市若狭公園で掘削されたサンゴ化石の高時間分解能・高精度化学分析からの証拠〜

~2020年、琉球大学は開学70周年を迎えます。~
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 琉球大学理学部の浅海竜司准教授(研究当時、現 東北大学大学院理学研究科)、藤田和彦教授および新城竜一教授らの研究チームによる研究結果が、地球科学分野のトップジャーナルの一つ「Geophysical Research Letters」の2020年8月号に掲載されました。

<発表のポイント>

 那覇市若狭公園の地下をボーリング掘削して得られたサンゴ化石の骨格試料について、化学成分を高時間分解能(1〜2ヶ月ごとの時間間隔)かつ高精度で分析した結果、約4千〜5千年前における沖縄本島サンゴ礁域の水温と塩分の時系列データを抽出することに成功しました。当時の沖縄本島は、現在よりも東アジアモンスーン(注1)による気象変化の影響を特に冬季に大きく受けていたことが明らかとなりました。
 現代の気候変動・環境変動を理解するためには、気象観測記録を遡って過去の気候・環境情報を読み解くことが重要です。この成果は、東アジアにおける気候変動メカニズム、先史時代における琉球列島のサンゴ礁環境の変遷史を理解するうえで重要であると考えられます。 

<発表の内容>

 現在の沖縄の気候は東アジアモンスーン(注1)の影響を受けて、冬季には北風が強まり、夏季には暖かく湿った南風が卓越します。東アジアモンスーンの変動様式を理解するために、近年、中国の石筍や東アジア周辺海域の深海堆積物の解析が盛んに行われており、過去数万年の東アジアモンスーン変動の記録が蓄積されつつあります。しかし、これらの古気候記録は時間分解能(データの時間間隔)の限界から、数百年〜数千年スケールのモンスーン変動を捉えるのにとどまっており、モンスーン変動の季節変化や年変化を明らかにした古気候記録はこれまで報告されていませんでした。
 琉球大学理学部の浅海竜司准教授(研究当時、現 東北大学大学院理学研究科 准教授)、藤田和彦教授、新城竜一教授、本郷宙軌ポスドク研究員(研究当時、現 和歌山県立南紀熊野ジオパークセンター 副主査研究員)、元学部生の善村(羽野)夏実氏、鳥谷部浩人氏、嶺井翔伍氏、琉球大学工学部の坂巻隆史特命准教授(研究当時、現 東北大学大学院工学研究科 准教授)らの共同研究チームは、沖縄県で最も都市化が進んだ那覇の沿岸環境が過去(先史時代)から現在にかけてどのように変わっていったのかを明らかにするために、那覇市若狭公園の地下に埋められていた昔のサンゴ礁堆積物を掘削し(図1)、その中から大型のハマサンゴ(図2左)の骨格化石を採取することに成功しました(図2右)。このサンゴは明瞭な年輪を形成し、その骨格中の化学組成は過去の海洋環境に影響を受けることから、過去の海洋環境を復元するための指標となることが知られています。放射性炭素年代測定によって、採取されたサンゴ化石(2試料)は約4400年前と約4900年前に生息していたことが明らかになりました。


図1.那覇市若狭公園でのサンゴ礁堆積物の掘削風景


図2.左:現生のハマサンゴ(海中写真)。右:採取されたサンゴ骨格化石のレントゲン写真。年輪をたよりに骨格成長方向(赤線で示した測定箇所)に沿って化学分析を行った。 

 細かい時間分解能の実現:研究チームは、琉球大学理学部の同位体・微量元素分析システムを用いて、海水温と塩分の指標となる骨格中の安定酸素同位体比(δ18O)と海水温の指標となるカルシウムに対する微量元素(ストロンチウムやウラン)の含有率(Sr/Ca・U/Ca比)を世界水準の精度と確度で分析し、1データあたり1〜2ヶ月という従来よりも細かい時間分解能の海水温と塩分の時系列データを構築することに成功しました(図3)。
 従来扱われてきた堆積物や鍾乳石といった他の古気候試料では数年〜数十年の時間分解能が一般的であるのに対して、本研究のサンゴ骨格の古気候記録は季節性というより細かい変化まで検出できる点が特徴です。また、これまで琉球列島で報告されてきたサンゴ化石の古水温記録は20年程度であるのに対して、本研究で得られたサンゴの時系列データは最長で53年間であり、当時の東アジアモンスーン変動の季節変化や年変化を長期的に評価できる初めての古気候記録と言えます。


図3.現生・化石サンゴの化学組成の時系列データ
黒い太線は年平均値を示す。実線Aは現生サンゴの年平均値、点線Sは現生サンゴの夏季の平均値、点線Wは現生サンゴの冬季の平均値を示す。

 約4400年前の気候詳細復元:読谷沖で採取された現生サンゴの化学組成データと比較すると、サンゴ化石のデータは、沖縄の先史時代にあたる約4400年前の海水温が現在より約1℃低く、塩分が0.5〜0.7 psu(practical salinity unit(実用塩分単位)の略。従来用いられてきた絶対塩分単位(パーミル、‰)とほぼ一致する。)高かったことを示しています。これまでの研究により、約4千~5千年前の琉球列島の気候は、現在と同じかやや寒冷な気候状態であったと考えられており、本研究の結果は、これまでの気候変動の記録と矛盾はありません。さらに、時系列データからモンスーンの変動成分を抽出して解析したところ、当時のサンゴ礁内の海水温は現在よりも変動幅が大きく、特に冬季の海水温が平年値よりも大きく変動する異常な状態が頻繁に起きていたことが明らかとなりました(図4)。このことは、当時の東アジアモンスーンが特に冬季に強まっており、沖縄本島の気象の変化に現在よりも大きく影響を与えていたことを示しています。
 今回のサンゴ化石の時系列データには、モンスーンだけでなくエルニーニョ現象や数十年規模変動の周期成分も含まれており、それらが東アジアモンスーン変動の強弱にどのように影響したのか、さらなる調査が必要です。琉球大学と東北大学の研究グループは、琉球列島の気候変動とサンゴ礁の形成史との関係性について研究を進めており、今後の成果が期待されます。


図4.復元された海水温時系列データと現在との比較
青線:現在の観測データ、緑線:Sr/Caによる復元、紫線:U/Caによる復元、赤線:Sr/CaとU/Caの両方による復元。海水温偏差・冬季海水温偏差・夏季海水温偏差のグラフは、中心のゼロを示す線が期間中のデータの平年値(平均値)を示し、グラフの線が大きく振れて点線を超えていれば、現在の変動範囲より大きくずれる異常な状態であることを示す。

<用語解説>

注1)東アジアモンスーン:ユーラシア大陸と太平洋の間に季節的に生じる熱量の違いによって形成される気象現象。この結果、沖縄では冬季には北風が強まり、夏季には暖かく湿った南風が卓越する。

<論文情報>

著 者 名:Ryuji Asami*, Natsumi Yoshimura, Hiroto Toriyabe, Shogo Minei, Ryuichi Shinjo, Chuki Hongo, Takashi Sakamaki, and Kazuhiko Fujita (*責任著者)
論文表題:High-resolution evidence for middle Holocene East Asian winter and summer monsoon variations: Snapshots of fossil coral records
掲載雑誌:Geophysical Research Letters
掲載年月:2020年8月
DOI:10.1029/2020GL088509