研究成果

民族植物学の情報を活用して生物多様性の恩恵を評価:日本の建材資源と森林文化の持続可能性

~2020年、琉球大学は開学70周年を迎えます。~
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琉球大学理学部・久保田康裕教授の研究チームは、生物多様性の恩恵を定量する目的で、民族植物学と生態学を組み合わせた新たな解析手法を考案し、生物資源の持続可能性の地理的な特徴を明らかにしました。

研究成果の概要
日本では、多様な植物が様々な資源(建材・山菜・薬草)として利用されています。特に樹木から得られる建材は、社寺・仏閣・住宅の建築に不可欠で、日本文化
の基盤をなす生物資源(生態系サービスの一つ)です。本研究では、日本の民族植物学の情報を活用して、建築材として利用される有用樹木種の分布を地図化しました。そして、樹木種の生理生態学的な機能特性情報を統合して、高度な生態学的分析を施し、森林伐採による木材利用の持続可能性を定量しました。この結果、樹木多様性の地理分布に関係して、建材資源が枯渇しやすい脆弱な地域と、その仕組みが解明されました。この研究成果に関する論文は、Springer Nature から刊行された保全生物学誌「Biodiversity and Conservation」に掲載されました。
<発表概要>
背景と研究の視点

 生物多様性を保全することの意義を、一般の人たちに理解してもらいたいとき、生物多様性の経済的な価値、つまり、自然資本としての価値を根拠にすることがあります。「様々な生物は資源を供給してくれるから、生物多様性を保全することは人間社会の持続可能性にも貢献する」という説明です(図1)。社会経済的な観点から、科学的データに基づいて「生物多様性の価値」を評価することは、生物多様性保全の重要性を適切に認知してもらうために、とても重要です。このような観点から、本研究チームは、日本の森林の多様性がもたらす恩恵(=生態系サービス)を定量することを着想しました。

図1 自然資本としての生物多様性の価値

  日本は国土の約70%を森林が占める森の国で、北から南にかけての気候の違い、地形の複雑さに対応して、様々な樹木が生育し、北方の針葉樹林や温帯落葉樹林から亜熱帯の常緑樹林まで、多様な植生が分布しています(図2)。そして、“適材適所”という言葉に表されるように、様々な森林で、それぞれの樹木種に見合った用途を発達させ、地域固有の森林文化を育んできました。一方で、森林伐採による木材資源の過度の利用は、森林生態系の劣化を引き起こす脅威になっています。したがって、生物多様性条約やSDGs(持続可能な開発目標)達成の観点からも、生物多様性の保全利用を適切に計画することが、国際的にも急務の課題です。

 

図2 わが国に見られる様々なタイプの森林(撮影:久保田研究室)

  そこで本研究では、植物と人間社会の文化の相互関係に着目する「民族植物学」の観点から、[裕樹3] 植物の用途情報をデータ化して、日本における有用植物の分布、特に建築材として利用される木材資源の分布に焦点を当てて、生態学的な分析を行いました。すなわち、民族植物学と生態学を統合した学際的研究によって有用樹木の資源的価値を定量し、木材資源の枯渇のしやすさ(建材資源の利用可能性の脆弱度)を解明しようとしました。

内容

  日本の森林資源の利用様式を地域ごとに評価するために、民族植物学的な情報、葉と材に関する機能特性情報(植物種の形態的、化学的な性質を表す情報)、植物の地理分布情報を整備しました。民族植物学的情報は、人間が自然界で利用できる植物種についての知識の集大成です。本研究では、日本に分布している樹木1012種の用途(建材、木工品、薬用、食用など)を文献調査し、データベースとして整備しました。植物の葉や材の機能特性には、その植物の生存戦略や環境耐性が反映されており、生態学的にとても重要な情報です。同時に、それらは人間の資源利用にも関係しています。例えば、樹木の木材の固さや、樹木の大きさ(樹高)は、建材としての有用度合いを左右します。また、葉の窒素濃度や葉の薄さは、樹木の生長速度に関係しているので、建材資源を持続的に供給するための再生産速度の指標になります。

  そして、樹木種ごとの機能特性値と民族植物学情報(=どの種が人間にとって利用可能か)を組み合わせることで、図3のように、有用樹木種の機能特性値の広がり(領域)の面積、領域の重心、領域内での種の分布(有用種の充足度合い)を把握できます。

図3:有用樹木種を特徴づける材や葉など機能特性と組み合わせと機能特性値の広がり。生態学的には生物群集の機能的多様性と呼ばれ、領域面積、領域重心、領域内での種間の類似性などによって、生態学的ニッチを定量的に表現する指標として用いられる。グラフの赤色部分で示した領域は、有用樹木種の機能特性の広がりで、伐採によって種が消失するに伴って、赤色の領域が小さく縮小する。この縮小度合いによって、木材資源の枯渇を定量できる。

  このような生物種の機能特性値の広がりの特徴は、生態学では機能的多様性と呼ばれ、地域ごとの生物資源の持続可能性を評価する科学的な指標になります。生態学では、野生生物の餌などの特性、例えば餌生物の大きさや栄養度などの特性値を元にして、生態学的地位(=ニッチと呼びます)を定量します。ここで、野生生物を人間に置き換えて考えてみましょう。人間が利用する有用樹木の材や葉の特性値は、“人間が利用する木材資源のニッチ”を表していると理解できます。さらに、有用樹木種の地理分布を合わせて見ることで、有用樹木種が豊かな地域を把握でき、人間の木材資源ニッチの観点から、各地域の人間社会の木材利用文化の持続可能性を、生態学的に評価することが可能になります。このような一連の分析を通して、日本の多様な有用樹木種を、“適材”、“適所”、“持続的”に利用するための、生態学的な注意点を明らかにできました。

  図4は、有用樹木種の機能的多様性を、10㎞x10㎞グリッドの解像度で地図化した結果です。建材として利用される樹木種の機能的多様性の全国分布を表しており、 “人間が利用する木材資源のニッチ”が地域によって大きく異なる、ということが分かります。

図4:木材有用種の機能的多様性(材密度と最大樹高の豊富さ)の地図。近畿・東海地方などの本州中央部の森林は、木材有用種の機能的多様性が豊かなことがわかる。

  次に、有用樹木種の機能的多様性(=建材利用ニッチを表す)が、過度な森林利用や森林開発による種の損失に関係して、どれくらい劣化しやすいのか、つまり建材資源がどれくらい枯渇しやすいのか(脆弱度合い)を、シミュレーション分析で定量しました。具体的には、各10㎞x10㎞メッシュの樹木集団から、徐々に種を除いていった時の、機能的多様性指標(機能特性の建材ニッチ平均値=ニッチの位置、豊富さ=ニッチの広がり、多様化度=ニッチ内での種間の非類似性)の変化を追跡しました。ただし、この樹木種損失シミュレーションでは、実際の森林伐採のあり方を考慮しました。自然林の伐採では、原生的な森林、建材として有用な巨大な樹木種を対象にして、木材生産が行われます。これは生態学的に見た場合、極相林に分布する遷移後期の樹木種から選択的に伐採が行われることを意味します。したがって、種の損失シミュレーションでは、全国に設置された植生調査プロットから推定した種ごとの遷移地位スコア(先駆種~遷移後期種)を推定し、「遷移後期種から先に消失していく」という仮定を置いて分析しました。図5:森林伐採で種が消失していった場合の、各緯度帯(1度刻み)の機能特性値の変化(a, b)と機能的多様性の変化(c, d)。グラフ横軸は種の損失の割合を、グラフの線の色は緯度を表す(全グラフ共通)。種の損失が大きくなると、木材有用種の機能特性値は大きく変化し(a, b)、さらに機能的な豊富さは全体として小さくなる(c)。これは有用樹木種の機能特性値の広がりが縮小することを示しており、木材資源が枯渇することを意味する。また高緯度(北方)地域と低緯度(南方)地域で木材資源の枯渇の進み方が異なることもわかる。機能的な多様化度(建材の質としての種間の違い)は、高緯度から中緯度では伐採による種損失に伴って減少し、高緯度では増加した(d)。多様化度の減少は、木材資源が均質化することを意味する。一方、低緯度における多様化度の上昇は、木材資源の種間の類似性が高かったためである。すなわち、初めは建材として代用可能な種が多くあったものが、伐採による種の損失に伴って代用種がなくなり、残存する有用種の存在が孤立して痩せ細っていく過程を反映している。

  有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の劣化の進み方には、地理的な勾配、つまり高緯度と低緯度の地域で違いがあることが分かりました(図5)。どの地域でも、種の損失に伴って、葉の窒素濃度や比葉面積の平均値は増加するという、共通した傾向も見られました。これは、成長速度の速い種の相対優占度が高くなり、建材資源の再生産性の高い森林へ推移していることを示しています。また、北方の高緯度地域では、種損失が軽微でも、建材の機能的な豊富さや多様化度の劣化が顕著でした。これは、高緯度地域の建材種は、いったん伐採されてしまうと、その代わりになる樹木種が少ないことを示しています。このことは、北方の森林は、有用樹木種を伐採してしまうと森林の資源価値が急速に劣化することを意味し、供給可能な建材の質と森林資源の利用の間に、強いトレードオフ関係があることが示唆されます。一方、南方の低緯度地域では、種損失割合が小さい時には、有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の変化は相対的に小さくなっています。南方の森林では樹木の建材としての質が種間でお互いに類似していて、代用できる樹木種が比較的豊富なため、伐採によって種が消失しても機能的多様性の劣化が顕在化しにくいことを示しています。これは、生態学的には「生物多様性の保険効果」と呼ばれています。しかし、種の損失する割合がとても高くなると、有用樹木種の機能的な豊富さはやがて劣化します。さらに、種損失に伴い、機能特性の多様化度(建材の質としての種間の違い)が増加しています。これは、伐採によって種が損失するにつれて、建材に代用できる樹木種が枯渇して、見かけ上、種間の機能特性値の違いが強調されたからです(色々な建材が利用できるようになった、という意味ではありません)。これらのことは、種の豊富な南方の森林においても、生物多様性の保険効果が徐々に及ばなくなることを示唆しています。このような、森林伐採に関係した有用樹木種の機能的多様性(建材利用ニッチ)の脆弱性の地理的な傾向は、気候要因でも説明されました。

  以上の結果から、気候に関係した樹木種多様性の分布に関係して、日本の建材資源の持続的な利用可能性は地域によって異なること、つまり、北方の針葉樹林や温帯落葉樹林では建材資源が枯渇しやすく、資源利用の脆弱度が高いこと、南方の森林においても、生物多様性の保険効果には限界があり、過度の森林伐採が建材資源の脆弱度を高める可能性があること、が明らかになりました。

  歴史的に見た場合、日本の都(首都)は近畿や関東に位置し、膨大な木材資源を利用して社寺・仏閣・城郭・住宅などを造営してきました(図6)。この背景には、首都周辺から辺境地域にかけて様々な森林で、豊富で多様な建材資源を調達できたことがあります。本研究の分析から、多様な建材を確保する上で、建材資源が枯渇しやすい地域(建材樹木種の機能的多様性の脆弱度)を地図上に可視化できました。これにより、それぞれの森林の脆弱性に基づいて建材資源を賢く利用する方法を考えることができます。日本において将来的に、建材資源を持続的に利用する場合、木材資源の脆弱度地図を元にして、地域ごとの森林管理計画を検討できるでしょう。

図6 日本各地の歴史的な木造建築物の例(撮影:久保田研究室)

今後の展望

  木材資源は再生産可能な生物資源ですが、森林伐採の手法(強度や頻度)によっては短期間で枯渇します。例えば、首里城火災に伴う復興に関して、正殿(図7)の再建に不可欠な建材の調達が困難なことが議論されています。

図7 消失前の首里城正殿(撮影:久保田研究室)

  これと同様なことは、日本各地に存在している社寺・仏閣などを修復・再建する時にも生じることでしょう。森からの恩恵である木材資源を元にして、私たちの文化は成り立っています。したがって、木材資源の枯渇は、私たちの文化が持続不可能になることを意味します。本研究で整備した日本の民族植物学データを元にした有用植物種の地図は、日本の生物多様性の恩恵を可視化しています。これにより、建材樹木種の潜在的な枯渇のしやすさ(脆弱性)を把握でき、木材資源の空間的な利用計画を科学的に推進することに貢献します。また、本研究で開発した、民族学的な生物情報と生物学的な種の機能特性情報を統合した分析手法は、樹木に限らず様々な生物資源の価値評価に適用可能です。久保田研究室では現在、薬用植物や食用植物に関する分析も行っており、生物多様性資源の持続的利用と保全に貢献する研究成果が期待されます。

研究助成

本研究は、(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費(4-1501/4-1802)」、(独)日本学術振興会「科学研究費助成事業(15H04424)」および「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」の支援を受けて実施されました。

発表論文

【タイトル】Ethnobotany-informed trait ecology: measuring vulnerability of timber provisioning services across forest biomes in Japan
【著者】Buntarou Kusumoto, Takayuki Shiono & Yasuhiro Kubota
【雑誌】Biodiversity and Conservation
【DOI】doi.org/10.1007/s10531-020-01974-y
【URL】https://link.springer.com/article/10.1007/s10531-020-01974-y