琉球大学熱帯生物圏研究センター博士課程の古川 真央さん、守田 昌哉 准教授と広島大学、筑波大学の共同研究グループは、形態の非常に似ているテーブル状ミドリイシ属サンゴ4種を対象に、種分化の歴史を繁殖形質、形態、そして遺伝情報を用いて解析しました。これまでミドリイシ属サンゴでは種分化の過程で交雑が起きた結果、形態的な類似性や100以上にもわたる種が出現した(雑種種分化)とされてきましたが、形態解析、繁殖実験、そしてゲノムワイドアンプリコンシーケンスより得た一塩基多型(SNPs)を組み合わせた解析により、4種のテーブル状ミドリイシは交雑を経ずに種分化したことを明らかにしました。さらにゲノム上の変異が機能遺伝子にも生じ、この機能変化は配偶子に関わるタンパク質にも及び、生殖的な隔離を介して種分化につながるという可能性、すなわち遺伝子の進化が多様な種へ分かれた原動力となった可能性があることを明らかにしました。また、研究で用いた4種はこれまで形態的に区別することは困難であるとされてきましたが、特徴を考慮すると明確に区別できることも判明し、ミドリイシ属サンゴの外観からの分類の仕方に一石を投じることにもなりました。従って、本研究で用いた形態的、繁殖的観点、そして遺伝解析を組み合わせた解析手法は、ミドリイシ属サンゴの分類の整理や再編成にも大きく寄与するだけでなく、保全に重要である“どの種が、何処に、どれくらい生息しているのか”を明らかにすることに繋がると期待できます。 |
<発表概要>
琉球大学熱帯生物圏研究センター博士課程に在籍する古川 真央さん、守田 昌哉 准教授、筑波大学下田臨海実験センターの北之坊 誠也 研究員、広島大学 大木 駿 助教らの研究グループが、造礁サンゴであるクシハダミドリイシ(Acropora aff. hyacinthus)、ハナバチミドリイシ(Acropora cf. cytherea)、和名のない2種のミドリイシ属サンゴ(Acropora cf. subulata, Acropora cf. bifurcata)を用いてこれら4種の種分化の歴史を繁殖形質、形態、そして遺伝情報を用いて解析しました。
これまでミドリイシ属サンゴは種分化の過程で活発に交雑が起きて多くの種に分岐するのではないかと考えられていました(Veron 1995; Kitanobo et al., 2016, 2022; Mao et al., 2018など)。本研究で用いたテーブル状のミドリイシ属サンゴ(以下、テーブルミドリイシ)も形態の似ている種間で交配すること(Willis et al., 1997)、遺伝的な解析から多くの名前のついていない種(隠蔽種)が存在し、それらが現在進行形で交雑していると考えられていました(Ladner & Palumbi 2011)。さらに、沖縄から本州に生息するテーブルミドリイシは形態的に判別できないとされていました(Suzuki et al., 2016)。しかし、本研究から、扱った4種のテーブルミドリイシは形態として区別することができること、4種には配偶子の互換性はないこと、交雑はしておらず明確な種の境界線が存在すること、そしてテーブルミドリイシの種分化過程で産卵期の異なる種が出現したこと、を発見しました。さらに、ゲノムワイドアンプリシーケンスを用いた一塩基多型(SNPs)を用いた解析により、これらの種分化には遺伝子の進化が関係していたであろうことも明らかにしました。以上のことから、沖縄のサンゴ礁を作っているミドリイシ属サンゴの多様性には、遺伝子進化が深く関与していることが明らかとなりました。この成果論文が国際科 「Molecular Phylogenetics and Evolution」に掲載されました。
本研究の始まりは、沖縄県瀨底島に生息するテーブルミドリイシの中に、本来産卵する6月とは異なる時期の9月に配偶子を持っているテーブルミドリイシを見つけたことでした。これがどのような種であるのか明らかにするために、まず形態的に区別できるかどうか、別グループの研究成果なども参照しながら調べていきました。その結果、瀬底島周辺には少なくとも4種のテーブルミドリイシが生息していることがわかりました。
次に、この4種が明確に別の種として生活していることも明らかにしました。種がそれぞれ個別に繁殖しているか調べるために、別の種と交配していないか、配偶子の互換性、産卵日や時刻を調べました。その結果、9月に産卵する一種を除く3種では交配する可能性は低いことがわかりました。産卵日および産卵時刻は重なるが、配偶子の互換性はないことが明らかとなったからです。
遺伝的な解析からも、4種は独立した種であることが明らかとなりました。先の形態と配偶子の観点から4種が独立した種であることが推定できたので、サンゴの遺伝的な側面から種の境界線が明確にあるのかを詳細に調べていきました。その際に、サンゴの染色体を満遍なく調べることのできるゲノムワイドアンプリコンシーケンスを行い、一塩基多型(SNPs)を用いて調べました。その結果、この4種の間に遺伝子流動はないこと=交配していないことがわかりました。さらに、種分化の過程でも4種の間に交雑は起きていなかったことも推定できました。
この4種が種分化をする過程で、遺伝子の進化が深く関係したことも明らかとなりました。遺伝的多様性の指標となるパラメーター(Fst)を用いて、それぞれの種間で遺伝的に異なる箇所を調べ、その箇所に座位する遺伝子を調べました。その結果、多くの機能遺伝子やnon-coding RNAが座位していることが明らかとなりました。さらに、これらの機能遺伝子の進化がタンパク質の機能進化に直結したか調べるために、タンパク質の設計図となるコドンと呼ばれる配列の進化を調べました。その結果、多くの遺伝子が機能変化をするように進化していたことが明らかとなりました。また、これらの遺伝子には配偶子を構成するタンパク質の遺伝子も多くあり、先に述べた配偶子の互換性がないことー異種間で交配しないこと(厳密な配偶子種認識)ーに直結する可能性がありました。このような遺伝子進化は、同調産卵するミドリイシ属の種の境界を作る上で重要な役割を果たしたのかもしれません。
本研究のテーブルミドリイシの結果から、ミドリイシ属サンゴはこれまで形態での分類と遺伝子を元にした解析の不一致が指摘されてきましたが、これまで注目されてこなかった骨格の微細構造を解析することで形態的に明確に分類することが出来ました。また、ミドリイシ属サンゴの多様性の創出にはこれまでの通説(交雑を介した網目状進化)とは別の、遺伝子進化に支えられたルートが存在したことが明らかになりました。ミドリイシ属サンゴにおいて交雑が全くないわけではありませんが(本研究室で準備中の研究結果より)、交雑を介した網目状進化はミドリイシ属サンゴの多様性創出には大きな役割は果たしていないのかもしれません。むしろ、本研究におけるテーブルミドリイシに代表されるように、ミドリイシ属サンゴでは遺伝子進化に支えられた形質の多様性創出(厳密な配偶子種認識など)に支えられた種分化が起きており、この遺伝子で配偶子を構成するタンパク質の遺伝子は種の垣根に必要不可欠(産卵後の受精の種特異性に関与する)になるものかもしれません。また、本研究の成果は、ミドリイシ属サンゴの分類における形態解析の重要性も示しています。形態、繁殖、そしてゲノムを複合的な解析が複雑なミドリイシ属サンゴの多様性創出機構を明らかにすることにつながるでしょう。
<論文情報>
- 論文タイトル:Integrative taxonomic analyses reveal that rapid genetic divergence drives Acropora speciation (分類解析によって明らかとなった遺伝子進化が誘導するミドリイシ属サンゴの種分化)
- 学術誌名:Molecular Phylogenetics and Evolution 195, 108063 (2024)
- 著者名:Mao Furukawa1, Seiya Kitanobo1,2, Shun Ohki3, Mariko M. Teramoto1, Nozomi Hanahara1,4, Masaya Morita1*
古川 真央1、北之坊 誠也1,2、大木 駿3、寺本(守田) 真梨子1、花原 望1,4、守田 昌哉1*
1.琉球大学熱帯生物研研究センター、2.筑波大学下田臨海実験センター、3.広島大学医学部、4.沖縄美ら島財団
*責任著者 - DOI:https://doi.org/10.1016/j.ympev.2024.108063
- URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1055790324000551?via%3Dihub