|
琉球大学大学院農学研究科の修士課程学生の丸田裕介氏、同准教授の鶴井香織氏らの研究チームによる研究成果が、日本哺乳類学会の学術雑誌「哺乳類科学」誌に掲載されます。 <発表のポイント> ◆中琉球三島(奄美大島、徳之島、沖縄島)の固有種であるケナガネズミが、従来知られる奥山の森林ではなく、海岸林近くの道路上でアダンの果実を摂食していたこと、および、同地点で交通事故死(ロードキル)が発生したことを直接観察しました。 ◆奥山の森林の動物とされるケナガネズミが海岸性の植物・動物(アダン・オカヤドカリ)を摂食することを、沖縄島北部での直接観察とロードキル個体の胃内容物のDNAメタバーコーディング解析から初めて示しました。 ◆将来、ケナガネズミの分布域が個体数増加や環境変動等により海岸周辺に達した場合でも、ケナガネズミは海岸周辺の餌を柔軟に利用できると考えられます。しかし、ケナガネズミは道路上の餌をその場で摂食するため、ロードキルに遭いやすいと考えられます。対策として、餌となる果実等は道路外へ除去する、奥山の森林に加えて海沿いのドライブでも轢かないように注意することが効果的と考えられます。
|
<発表概要>
琉球大学大学院農学研究科の修士課程学生である丸田裕介さん、同農学部の辻和希教授および鶴井香織准教授、同医学部附属実験実習機器センターの佐藤行人准教授、同理学部の小林峻助教、森林総合研究所九州支所の小高信彦主任研究員からなる研究グループは、奄美大島・徳之島・沖縄島にのみ生息する希少な固有種であるケナガネズミについて、本来の主な生息地である奥山の山林ではなく、海岸付近の道路上で採餌行動を行う様子を直接観察しました。さらに、その直後に同地点で起きたロードキル(*1)の発生状況を詳細に記録するとともに、野生動物の食性解析に用いられるDNAメタバーコーディング法(*2)を適用することで、これまで知られていなかった本種の新たな餌資源を明らかにしました。本研究成果は、日本哺乳類学会の学術誌『哺乳類科学』(2026年66巻1号)に掲載されました。
1.背景・目的
ケナガネズミは、奄美大島・徳之島・沖縄島にのみ生息する日本固有種であり、頭胴長は22–23 cm、尾長は24–37 cm にも及ぶ日本最大のネズミです。山地森林の開発などによる生息環境の破壊や、人為的に持ち込まれた外来食肉目哺乳類(例:フイリマングース、イエネコ、イエイヌ)による捕食、さらにロードキル(交通事故死)といった外的要因により、個体数が減少していると考えられており、現在は各種法令により保護対象種に指定されています。野生動物の保護を考える上で重要な餌に関して既知の知見を総合すると、これまでに84種の植物と47種の動物、合計131種を利用することが報告されています。一方で、本種は夜行性かつ樹上性であるため、採餌行動を直接観察できる機会は、道路やその周辺など、人の目に触れやすい開けた環境に限られてきました。そのため、森林内部や海岸周辺など、道路以外の環境で利用されている餌資源については、十分に把握されていない可能性が指摘されてきました。また、本種の生態的特徴から、従来の摂食行動の直接観察や、糞便・胃内容物の形態観察のみでは、食性を十分に把握することに限界がありました。近年では、DNAメタバーコーディング法(*2)を用いた食性解析が、野生動物の餌資源を高精度に把握できる新しい手法として注目されています。
本研究では、この手法を用いて、これまでほとんど調べられていない環境におけるケナガネズミの食性を明らかにすることを目的としました。
2.研究成果
研究グループは、2024年5月中旬の午前未明、沖縄島北部の海岸付近を走る道路上において、ケナガネズミの成獣1個体が、山地森林には生育しない海岸性植物であるアダンの果実を手に取って摂食する様子を直接観察しました。この個体は観察中、採餌に集中しており、観察者が近づいても一切逃げる様子は見られませんでした。その約19時間後の夜間、同じ地点においてロードキルにより死亡したケナガネズミ成獣1個体が発見されました。この個体が先に観察された個体と同一であるかは判別できませんでしたが、死体周辺にはアダン果実の摂食跡が複数確認され、腹部からは果実と同じ甘い芳香が感じられました。そこで個体を回収し、胃および胃内容物を摘出して分析を行いました。
胃内容物をDNAメタバーコーディング法(*2)により分析した結果、ケナガネズミの餌として初めてアダン(植物)およびオカヤドカリ(動物)が確認されました。この成果を先行研究と合わせると、ケナガネズミが利用する植物の餌種は85(84+1)種、動物の餌種は48(47+1)種へと拡張されました。
3.波及効果、今後の予定
本研究の新規性は、ケナガネズミが海岸付近というこれまでほとんど注目されてこなかった環境において、海岸性の植物や動物を実際に餌として利用していることを、直接観察とDNAメタバーコーディング解析の両面から示した点にあります。主な生息地が山地森林である本種が、将来的に個体数の増加や環境変化などによって海岸周辺へ分布域を拡大した場合でも、その場に存在する資源を柔軟に利用できる可能性が示唆されました。これは、海岸付近の自然環境が適切に保全されていれば、ケナガネズミの新たな生息地となりうると推測されます。
一方で、採餌中の個体が人の接近に対しても警戒心をほとんど示さなかったこと、そしてその後にロードキルが発生したという一連の経過は、餌を目当てに道路上に出没する行動が、本種のロードキルにつながる重大なリスクになることを暗示しています。加えて、餌となる果実などが道路上や道路沿いに存在することが、ロードキルのリスクを高める一因となる可能性も示されました。特にアダンについては、胃内容物のほとんどを占めていたことから、ケナガネズミにとって嗜好性の高い餌資源である可能性があり、道路沿いの植生管理には注意が必要と考えられます。そのため本研究では、ロードキル被害の軽減策として、餌資源を可能な限り道路外へ移すなど、人為的な環境管理の重要性を提案しています。
今回、ケナガネズミの胃内容物から形態で種同定できる大きな固形物(例えば、種子や外骨格の破片など)は確認されませんでした。このことから、アダンやオカヤドカリを食べていたという発見は、DNAメタバーコーディング解析だからこそ初めて得られた知見と言えます。また、沖縄島に分布するオカヤドカリ科全種のDNA 配列がデータベースに登録されていたことにより、DNA メタバーコーディング解析を用いて高い精度で餌種を推定することが可能になりました。今後、このようなDNA メタバーコーディングを用いた野生生物の食性解析を実施するにあたり、解析結果の精度を向上させるためには、地域ごとにそこに生息する種のDNA 配列データベースをさらに充実させることが重要であると考えられます。
最後に、本事例は1個体分のデータに基づくものであり、今後は海岸沿いの環境に出没した個体や、ロードキル被害に遭った個体について、さらなる事例の蓄積が不可欠です。また、これまでのケナガネズミの餌知見の多くは沖縄島の個体群から得られた知見であり、奄美大島や徳之島の個体群に関する情報は依然として不足しています。今後は、地域間比較を通じて、本種の生態的な柔軟性や保全上の課題をより包括的に明らかにしていくことが期待されます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(23K28279) と環境総合研究推進費( 4G-2301)の補助を一部受けて実施されました。また、国立大学法人琉球大学により承認された動物実験計画(A2022083)に従い実施されました。
![]() ケナガネズミがアダンの果実の芯の部分を摂食する様子。 |
![]() 道路に複数散乱していたアダンの果実。 |
![]() アダンの集合果 |
|
<用語解説>
(*1)自動車と野生動物との衝突に起因する交通事故死
(*2)サンプル(組織、糞、胃内容物、水、土壌など)に含まれるDNAを次世代シーケンサーで網羅的に配列解析し、検出されたDNA配列がどのような生物に由来するかをデータベースと照合して推定・同定する技術。胃内容物の解析においては、従来の形態観察などでは検出が難しかった餌資源の網羅的・高精度な推定・同定を可能にする。
<論文情報>
(1) 論文タイトル:ケナガネズミによるアダン摂食とロードキル発生および餌としてのオカヤドカリの新知見
(2) 雑誌名:哺乳類科学(2026年66巻1号: 45-56.)
(3) 著書:丸田 裕介*,辻 和希,佐藤 行人,小林 峻,小高 信彦,鶴井 香織*
(*は責任著者)
(4) DOI番号:https://doi.org/10.11238/mammalianscience.66.45
(5) アブストラクトURL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/mammalianscience/66/1/66_45/_article/-char/ja




オカヤドカリ