研究成果

日本の脊椎動物の空間分布マップ作成と愛知目標達成に向けた生物多様性の保全計画

平成30年12月18日
琉球大学

日本の脊椎動物の空間分布マップ作成と愛知目標達成に向けた生物多様性の保全計画

 琉球大学・久保田康裕教授の研究グループは、(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費課題」における「生態学的ビッグデータを基盤とした生物多様性パターンの予測と自然公園の実効力評価」(4-1501)および「環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画」(4-1802)の成果として、愛知目標を達成するための生物多様性保全計画を科学誌Diversity and Distributions(Wiley-Blackwell)に発表しました。
 この論文では、日本産の脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)と植物の全種(6325種)について高解像度の分布地図を作成しました。そして、日本の陸域の保全優先地域をスコアリングしました。これにより「新たな保護区をどこに設置すべきか? 既存の保護区をどのように拡大すればいいのか?」という問題を解明しました。国内の生物種の分布を網羅的に明らかにして、具体的な保護区配置を提案した研究例は世界的にも稀有で、論文の審査過程でもその結果は高く評価されています。
生物多様性条約の愛知目標では、陸域の17%まで保護区を拡大することになっています。久保田教授の研究グループの論文では、愛知目標を達成するために、保護区を新設すべき地域を地図上で特定しました。今後、世界自然遺産や国立公園のような保護地域の拡大や新設を検討する際に、この論文の分析結果は基盤情報となるでしょう。

発表者
楠本 聞太郎(*責任著者、琉球大学理学部 博士研究員)
塩野 貴之(琉球大学理学部 産学官連携研究員)
久保田 康裕(琉球大学理学部 教授)
田中 貴之(信州大学)
Joona Lehtomäki (ヘルシンキ大学)
Atte Moilanen(ヘルシンキ大学)

発表雑誌
Diversity and Distributions
(Peer-reviewed scientific journal on conservation biogeography)

タイトル
Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network (オープンアクセス) DOI: 10.1111/ddi.12869

研究内容
2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(CBD・COP10)で採択された、”生物多様性を保全するための戦略計画2011-2020”の中核をなす20個の行動目標から成る愛知目標(ターゲット)の一つに、「2020年までに、少なくとも陸域及び内陸水域の17%、また沿岸域及び海域の10%、特に、生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が、効果的、衡平に管理され、かつ生態学的に代表的な良く連結された保護地域システムやその他の効果的な地域をベースとする手段を通じて保全され、また、より広域の陸上景観や海洋景観に統合される」があります。しかし、この目標を達成するには、幾つかの問題を克服する必要があります。

新たな保護区をどこに設置し、既存の保護区をどのように拡大すればいいのでしょうか。このような、保護区の空間デザインを考える場合、「たくさんの生物種が生息している地域」や「貴重な生物が分布している地域」に保護区を配置すべきと考えるでしょう。しかし、「どこに、どのような生物種が分布しているのか?」未だによく分かっていないのです。したがって、保護区の空間デザインには、生物多様性を構成する様々な生物種の空間分布情報が不可欠なのです。

生物多様性の空間情報があれば、直ちに保護区を設置できるかというと、残念ながら、そうではありません。さらに厄介な、難題があります。利害関係者(ステークホルダー)をどのように調整するのか? 保護区を設置すると、その土地の利用に法的規制をかけることになります。したがって、土地所有者にとって、自由な経済活動を侵害されることになるので、保護区設置は望ましいことではありません。つまり、生物多様性保全と、土地利用に伴う社会経済活動には、「あちらを立てれば、こちらが立たぬ」といったトレードオフ関係が発生します。

以上のように、愛知目標を達成して生物多様性を保全するには、科学的そして社会的経済的な難題が伴います。今回、久保田教授の研究グループが発表した論文では、これらの問題を克服して、日本の生物多様性を合理的に保全するための具体的計画を示しました。

この論文では、生物多様性に関する情報不足の問題を解決するために、日本国内に分布する脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)と維管束植物の全て種(6325種)について高解像度の分布地図を作成しました。以下の地図は、日本の陸域の地史的な変動に伴う大陸からの生物群集の移入ルートと、各生物分類群の種多様性(種数)の分布地図を表しています。このように国内の生物種の分布を網羅的に明らかにした研究例は世界的にも稀有で、論文のレフェリーは、この結果をとても評価してくれました。赤色で示された地域が、各分類群の生物多様性ホットスポットを示しています。

上図の哺乳類と淡水魚の種多様性地図の拡大図
  

そして生物多様性のデータを用いて空間的保全優先地域分析(spatial conservation prioritization)を行いました。生物分類群や種によって、生態系機能や人間にとっての有用性、保全上の重要性は異なります。保全上の価値や重要性を、分類群や種の”ウエイト(重み)”として考慮し、全ての分類群の分布情報を統合して、種の絶滅リスクを最小化するための保全重要地域をランキングしました。下の地図の赤色で示されたエリアが、保全重要地域を示しています(YouTubeのフライトムービーも参照)。

 


以上のような多分類群の空間的保全優先地域のランク付け分析によって、「新たな保護区をどこに設置するのか? 既存の保護区をどのように拡大すればいいのか?」という問題に対する答えを出しました。それが以下の地図です。陸域の17%まで保護区を拡大して、愛知目標を達成するために、保護区を新設すべき地域が地図上で明らかになりました(下地図の青色エリア)。今後、国立公園や世界自然遺産のような保護地域の拡大や新設を検討される際に、この論文の分析結果は基盤情報となるでしょう。


今後の研究展開
前述したように、自然環境の保全と社会経済活動にはトレードオフの関係があり、保護区を設置する場合、利害関係者(ステークホルダー)との調整が必要になります。実際の利害関係者の構造は、土地利用の形態や産業(林業・農業・観光業・風力発電や太陽光発電の事業者など)によって様々です。したがって、空間的保全優先地域のランク付け分析には、保護区設置に関わる個々の産業の利害関係を、ケースバイケースで考慮する必要があります。今後の研究では、現実社会の様々なシナリオに対応した多様な保全計画を提案するための分析を行う予定です。

この論文は、環境研究総合推進費「生態学的ビッグデータを基盤とした生物多様性パターンの予測と自然公園の実効力評価」(4-1501)および「環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画」(4-1802)の支援を受けて実施した研究成果です。