研究成果

サンゴの同調産卵の合図を世界で初めて明らかに~日没から月の出までの「光のギャップ」が同調産卵の合図だった~

 台湾中央研究院の野澤洋耕博士、Che-Hung Lin博士、Aziz J Mulla大学院生と琉球大学熱帯生物圏研究センターの高橋俊一教授との国際共同研究チームによる研究成果が、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました。

<発表のポイント>
  •  サンゴは初夏の満月の前後に同調産卵しますが、サンゴが何を合図に産卵日を決定し、産卵を同調させているかは不明でした。
  • 国際共同研究チームは月光(夜間の光)が産卵日に与える影響を野外と実験室で調べました。
  • 実験の結果、月光が産卵を抑制していること、また太陽光と月光を受ける時間帯の間に「光のギャップ(暗闇の時間帯)」が生まれると月光の抑制効果は失われ、これが産卵を誘導する(産卵日を決める)合図となっていることを明らかにしました。
  • 本研究はサンゴの産卵日を決定する合図を明らかにした世界で初めての成果です。本研究成果は、産卵日の予測や産卵誘導(養殖)への活用が期待されます。
【発表概要】

 サンゴは初夏の満月の時期に同調して一斉に産卵します(1)。ヒトは満月の時期を月の満ち欠けにより把握できますが、サンゴはそうはいきません。では、サンゴはどのように満月の時期(月齢)を把握し、産卵日を同調させているのでしょう?今回、台湾中央研究院と琉球大学熱帯生物圏研究センターの国際共同研究チームは、キクメイシ(Dipsastraea speciosa)を用い、月光(フィールド実験)や月光を模した夜間の光(室内実験)が産卵日にどう影響するかを調べました。


図1.満月の時期に一斉産卵するサンゴ(キクメイシ)。撮影:野澤洋耕

 まず、研究フィールド(台湾緑島)のキクメイシが産卵する月において、満月の時期に夜間にだけ遮光カバーをし、それが産卵日にどう影響するかを調べました。遮光カバーをしなかった場合(自然な状態)、研究フィールドのキクメイシは満月の6日後の夜に産卵しました(2A)。しかし、満月の3日前、1日前、1日後から遮光カバーをした場合、いずれも異なる日に産卵し、またいずれも遮光カバーをしてから5日後の夜に産卵しました(2B)。この結果は、月光が産卵を抑制する(止める)働きをしていることを示唆しています。これは、これまで満月の時期の月光が産卵を誘導するという考えと全く異なります。


図2
. 月光の産卵日への影響。実験は台湾の緑島で行った。自然の状態では、満月(FM)の6日後の夜に産卵した(A) 。満月の3日前(B-1)、1日前(B-2)、1日後(B-3)から遮光カバーをした場合、いずれも遮光を始めて5日後に産卵が見られた。

 次に、実験室のタンクで同様の実験を行いました。ここでは、太陽光と月光を模した異なる強度の光(蛍光灯)を用いました。その結果、フィールド実験で得られた結果同様、満月の3日前、1日前、1日後から夜間の光をなくすと、いずれも異なる日に産卵し、またいずれも夜間の光をなくしてから5日後の夜に産卵しました。これにより、夜間の光がキクメイシの産卵の抑制に働くことが示されました。
 次に、夜間の光照射時間を分割し、夜間のどの時間帯の光が産卵抑制に働くかを調べました(3)。その結果、夜間の前半の光が産卵抑制に有効であることがわかりました(図3C)。


図3
.夜間の光のタイミングと産卵日との関係。満月の日以前の4日間の夜の光条件を常になし(A)、常にあり(B)、前半だけあり(C)、後半だけあり(D)とし、産卵日を比較した。夜間の光が常にある(B)、もしくは前半のみある(C)と産卵日は遅くなった。

 また、夜間の光照射の前に光のない時間帯があると、夜間の光の産卵抑制効果は失われることもわかりました(図3D)。これらは、昼間と夜間の光が連続的な場合、夜間の光によって産卵が抑制されること、またその間に光のギャップ(暗い時間帯)があるとその抑制効果が失われて産卵が誘導されることを示しています。
 自然界では月の出時刻が一日50分ほど後ろにずれるため、満月の日を境に月の出る時刻(月の出時刻)は太陽が沈む時刻(日の入り時刻)の前から後へと変化します (図4A)。


図4
.産卵日を決定する合図の模式図。月の出時刻は一日50分ほど後ろにずれる。そのため、満月の日を境に、月の出時刻は日の入り時刻の前から後へと変わる(A)。これにより、満月の日以降には、昼間(太陽)と夜間(月)の光の間に光のギャップ(暗い時間帯)が出現する。光のギャップがない場合(満月の日以前)、月光が産卵を抑制する(B)。しかし、光のギャップがある場合(満月の日以後)、月光の抑制効果は失われ、産卵が誘導される(C)。つまり、光のギャップが産卵の合図となる。

 そのため、満月の日までは太陽光と月光が連続しており、その場合、産卵は月光により抑制されます(4B)。しかし、満月の日以後は太陽光と月光の間に光のギャップ(暗い時間帯)が出現するため、月光の産卵抑制効果が失われ、産卵が誘導されます(4C)。今回の研究で明らかになったことは、月齢で月の出時刻が変化することにより、昼間(太陽)と夜間(月)の光のギャップが出現し、これが産卵を誘導する合図となるということです。

【今後の展望】

 満月の時期に同調産卵するサンゴ種は多く存在し、種間で産卵日が異なります。また、満月の時期に同調産卵するのはサンゴだけでなく、魚などでも見られることがあります。今後は、今回の研究で明らかとなった「産卵の合図」の普遍性と多様性について明らかにする必要があり、すでに研究を始めています。また光のギャップという「産卵の合図」がどのようなメカニズムで産卵を誘導するかを理解する必要があり、「産卵の合図」によってどのような遺伝子の発現が変化するかに関しても研究を始めています。これにより、同調産卵機構の全容が明らになると考えられます。

【論文情報】

論文タイトル: Moonrise timing is key for synchronized spawning in coral Dipsastraea speciosa
雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)
著者: Che-Hung Lin, Shunichi Takahashi, Aziz J Mulla, Yoko Nozawa
DOI: 10.1073/pnas.2101985118

【研究グループ】

本研究は台湾中央研究院の野澤洋耕博士、Che-Hung Lin博士、Aziz J Mulla大学院生と琉球大学熱帯生物圏研究センターの高橋俊一教授との国際共同研究として実施されました。

【研究サポート】

本研究は、科学研究費補助金(20H03330 18K19240)、Internal research grant of Biodiversity Research Center Academia Sinicaのサポートにより実施されました。