医学部保健学科の小林潤教授のアジア・太平洋地域における学校保健の緊急強化の必要性について言及した論文が日本小児科学会の国際誌であるPediatrics International に掲載されました。これは昨年度に琉球大学が開始したポストコロナ社会実現研究プロジェクトにおいて採択された「太平洋島嶼における健康・安全な社会・学校づくりに関する研究」による成果の第一報です。沖縄には新型コロナ感染症パンデミックの波が昨年からすでに4回押し寄せてきましたが、それを大きな社会不安にはいたらずなんとか持ちこたえて来ています。それはなぜなのか、保健医療、福祉、教育、観光といった多面的な観点から分析をしてきました。本論文はその一つで、これらの知見は今後の沖縄の施策だけでなく、アジア・太平洋島嶼地域へ還元されるものです。
小林教授はWPRO(WHO西太平洋地域事務所)が8月に開催予定の思春期保健に関する国際会議にアドバイザーとして出席し、この論文を基に提言を行う予定です。
【発表概要】
”Urgent need to strengthen school health in Asia and the Pacific Islands"
「アジア・太平洋島嶼地域における学校保健の緊急強化の必要性」
●要約(日本語訳)
アジア・太平洋島嶼地域では、2021年に新型コロナウイルス感染症2019(COVID-19)のパンデミックが継続することにより、学校閉鎖の可能性が高まるリスクに対処するため、学校保健活動・対策の強化が緊急に必要と言えます。これらの地域では、2020年のCOVID-19の発生率が比較的低かったため、多くの国で学校閉鎖の長期化を回避することができました。日本では、2020年初めのパンデミックの第1波では学校を閉鎖しましたが、7月以降の第2波や2020年末の第3波では閉鎖しませんでした。学校を閉鎖しなくても感染率が低く抑えられたのは、子どもたちがウイルスの主な保有者ではなかったことに加え、これらの地域では長年にわたる学校保健能力の強化に伴い、学校での感染管理が有効に機能していたためと考えられます。人口145万人の沖縄県では、2020年に報告されたCOVID-19のクラスター数は86でしたが、教育機関で発生したクラスターは5つだけで、推定感染源の3.5%だけが学校や保育所に位置していました。
今後、ワクチン接種が拡大し、パンデミックが終息に向かったとしても、ウイルス(SARS-CoV-2)の変異株が子どもたちの間で広がるリスクも高まり、再び学校閉鎖を余儀なくされる可能性も高くなります。学校閉鎖は子供達に色々な悪影響を与えることが報告されており、最小限にしないとなりません。そのためには沖縄においては学校保健の強化を継続すること、太平洋島嶼国では学校保健の強化が急務といえます。
図1:2018~2020年の月別の学生(小学校、中学校、高校367、大学)の自殺者数、日本の厚生労働省のデータ。青線:2018年、緑線:2019年、オレンジ線:2020年。オレンジの点線の間の期間は、2020年のCOVID-19パンデミックによる休校期間(2020年3月~5月)を示す
学校閉鎖は子供たちにとって、過度なインターネットへの依存等によるメンタルヘルスへの悪影響や、運動不足や適切な食事がとれないことからの栄養問題などが世界的にも報告されています。日本でも学校閉鎖による自殺への悪影響が懸念されました。しかし,統計調査の結果は学校閉鎖期間中の児童・生徒の自殺率は変化せず,むしろ学校再開後に自殺者が増加していることを示しています(図1)。さらに、学校閉鎖群と学校再開群で生徒のメンタルヘルスを比較した研究では、睡眠リズム、食習慣、身体活動が学校閉鎖群で悪化しており、これらが長期的に影響したことも推測されます。
●論文の情報
論文タイトル:Urgent need to strengthen school health in Asia and the Pacific Islands
著者:Jun Kobayashi, Rie Takeuchi, Yuko Toyama, Ernesto R. Gregorio Jr., Hamsu Kadriyan, Crystal Amiel M. Estrada, Makoto Motomura, Norie Wake, Kyoko Yamada, Ryuji Ishikawa, Minoru Takakura (下線は琉球大学内研究者)
雑誌名:Pediatrics International 2021
掲載日:First published: 14 July 2021
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1111/ped.14921
●今後の展望
この研究で導きだされた知見と形成されたネットワークを利用して、さらにアジア・太平洋島嶼地域の学校保健普及に貢献するための施策を導きだすために「文部科学省:日本型教育の海外展開( EDU Portニッポン)公衆衛生教育等の海外展開に関する調査研究」に申請し、6月に採択されました。これを受けて、「太平洋島嶼における健康・安全な社会・学校づくりに関する研究」はさらにコロナ禍およびポストコロナ社会におけるアジア・太平洋島嶼地域の学校保健の政策と現状を分析し、国際的展開を強化する予定です。