研究成果

琉球諸島に生息のシロオビアゲハの翅の模様にエピジェネティック効果があることを発見

平成30年 9月7日
琉球大学

琉球諸島に生息のシロオビアゲハの翅の模様に
エピジェネティック効果があることを発見

琉球諸島に生息するシロオビアゲハの翅の模様がエピジェネティック効果を介して子に伝えられていることが明らかになりました。エピジェネティック効果とは、親が経験した環境が子供の性質に影響を与えることです。この効果は、生物の親が“環境に、より適した形質”を子供に残すために獲得した周到な形質発現制御システムだと考えられており、近年生物学で大変注目されています。本研究成果は、2018年9月7日に、英国の科学雑誌「ScientificReports」にてオンライン掲載されましたので、取材・報道いただきますようお願いいたします。

掲載日時:9月7日(金)18時(日本時間)
ジャーナル名:Scientific Reports
タイトル:Ultraviolet exposure has an epigenetic effect on a Batesian mimetic trait in
the butterfly Papilio polytes

【問い合わせ】
加藤三歩(琉球大学博物館・風樹館)
電話/FAX:098-895-8841
E-mail:ryukyu523@gmail.com

子供の生き残りをかけた“適応”は、親の世代から始まっている?

<本研究成果のポイント>

  • シロオビアゲハは別種の毒チョウに擬態するため、黒色の翅上に赤と白の斑紋を有するが、翅の黒色領域はメラニンによって紫外線(UV)から守られる一方で、赤斑紋領域は UV 劣化が早くなるため、UV が強い環境下では発現を抑えると考えられる。
  • 野外採集の結果、シロオビアゲハの赤斑紋サイズは、UV 放射量が大きいときに小さく、小さいときに大きくなる傾向が見られた(黒色領域は赤斑紋サイズと逆の傾向)。
  • 成長期における個体自身の UV 被曝経験が成虫期の赤斑紋サイズに影響するほか、個体の母親の UV 被曝経験も子の赤紋サイズに影響することが、実験で明らかになった。
  • 世代をまたいで環境の変化に柔軟に対応する翅模様には、チョウが生き残るための生存戦略の謎が隠されている。

<概要>
鹿児島大学大学院連合農学研究科の加藤三歩氏と、琉球大学・鹿児島大学大学院の辻瑞樹教授(ペンネーム辻和希)、同所属の立田晴記教授の共同研究グループは翅模様を変化させることで環境変動に「適応」するシロオビアゲハの実態に迫った。沖縄島に生息するシロオビアゲハには黒色の翅上に赤と白の斑紋が見られる。これらの斑紋は別種の毒チョウに見た目を似せるためのものであり、不味な毒チョウに似たシロオビアゲハは捕食者から襲われにくくなる。しかし、赤斑紋は擬態の鍵となる特徴でありながら、奇妙なことにその大きさには大きな個体変異があり、それは遺伝しないことが著者らの先行研究で判っていた。著者らはこの問題に関し、近年知られるようになったエピジェネティック効果(親の経験が子の形質に影響する)の作用が絡んでいると考えた。なぜなら、シロオビアゲハの翅の黒色領域はメラニンによって紫外線(UV)から保護される一方で、同時に UV を浴びることになる赤斑紋の部位は劣化が早まると予想されるためである。すなわち、UV が強い環境下で生活した母親が、同じ強い UV を経験すると思われる子供に、擬態の機能を損ねてでも “丈夫な翅”を持たせようとする結果、赤斑紋の発現が抑えられている可能性が浮上する。この仮説は、シロオビアゲハを室内飼育し、さまざまな時期に UV を照射する実験によって検証された。飼育下で羽化した成虫の赤斑紋サイズは、照射経験のある家系で減少した(環境可塑性:広義のエピジェネティック変異)。重要なことに、自身には照射経験が無く、母親が成虫期に紫外線を浴びた家系でも、赤斑紋サイズの減少がみられたことだった。これらの現象は、親が子に“環境に、より適した形質”を残すために用意された周到な形質発現制御システムだと考えられる。
本研究成果は、2018 年 9 月 7 日に、英国の科学雑誌「Scientific Reports」にてオンライン掲載されました。

<研究内容>
1.背景
琉球諸島に生息するアゲハチョウ科の一種、シロオビアゲハは(図 1)、後翅上に赤と白の斑紋を持つことで別種の毒チョウであるベニモンアゲハに擬態しています(図 2)。擬態(mimicry)とは、鳥などの捕食者に狙われやすい種が、捕食者にとって有害な種に見た目などの特徴を似せることで捕食から逃れることをいいます。シロオビアゲハが、より確実に捕食者の目を逃れるためには、擬態の精度を上げることが必須です。ですが、シロオビアゲハの翅模様は一様ではなく、ベニモンアゲハにあまり似ていない個体もなかには存在しています(図 3 右)。著者らの選考研究で、高い遺伝性を保持する白斑紋は擬態する上で重要な形質であることが明らかにされています。一方で赤斑紋サイズの遺伝性は低く、それでいてこのような多様性がいかにして維持されているのかは不明でした。

紫外線(UV; 波長 280〜400nm)は、生物組織を傷つけるため、生物にとって脅威になります。翅の損傷は生存や繁殖に関わることもあり、飛行する昆虫は少なからず UV から翅を保護する機能を持つと考えられます。多くの生物は、UV から生物組織を保護するためにメラニンを利用しています。メラニンはシロオビアゲハでも翅の黒色領域を構成するために使われています(赤と白の斑紋にはありません)。構成色素が異なるこれらの翅形質は、UV からの保護と擬態効果のトレードオフ(二律背反)を示唆しています。

本研究では、野外調査と室内実験から、シロオビアゲハが環境の UV 量に反応し赤斑紋の大きさを柔軟に変えている証拠を示しました。まず、卵や幼虫の時代に UV を浴びると成虫になったときの赤紋が小さくなることがわかりました。さらに驚くべき発見は、母成虫が UV を浴びただけで子の赤紋が小さくなったことです。これは、子が経験するであろう UV 環境に備え、子供の赤斑紋の大きさを母親がある程度調節している可能性を示します。


図1. シロオビアゲハ


図2. 毒チョウ(ベニモンアゲハ)

図3. シロオビアゲハの翅斑紋の変異

2.研究手法・成果
 初めに、2014年から2年間、野外でひたすらシロオビアゲハを採集しました。赤斑紋サイズの季節的な動態を観測することで、気候条件(UV積算量)との関係性を調べるためです。著者らは、赤斑紋サイズとUV積算量は反比例的な関係(負の相関関係)にあると予測しました。この予測は当たり、UV積算量の多い時期に出現するチョウの赤斑紋サイズは平均的に小さく、少ない時期では大きい傾向が見られました。また、赤斑紋と黒色領域の面積も負の相関関係にあるため、UVが強い環境下のチョウは、より広範囲をメラニンで保護した翅を持っていることになります(白斑紋と黒色領域の面積に負の相関は見られませんでした)。
 次に、2015年と2016年に室内実験を行いました。採集したチョウを通常の蛍光灯を設置した、あるいは蛍光灯の代わりにUVランプを設置したインキュベーター内で飼育しました。この異なるUV環境で3日間を過ごした母親に産卵してもらい、卵から生まれた次世代幼虫をそれぞれ2つのインキュベーター内に振り分け飼育します。こうすることで、4通りのUV照射経験の異なる家系を確立しました(1. 親子ともにUV照射無し; 2. 親のみ照射; 3. 子のみ照射; 4. 親子ともに照射)。結果は2回(2年)とも同様で、卵から幼虫の期間にUVを照射されたチョウの赤斑紋サイズ(後翅に占める割合)は、母親のものよりも小さくなることが分かりました。また、より重要なことに、母親のみがUVを照射され、子供は一切照射されない飼育家系も、子供の赤斑紋サイズが小型化する傾向にあることが判明しました。このように親が経験した環境が子供の性質に影響を与えることをエピジェネティック効果といいます。エピジェネティック効果は近年生物学で大変注目されており、シロオビアゲハのこの発見は、生物進化におけるエピジェネティック効果の役割をよりよく理解するための研究材料になると期待されます。
 

<書誌情報>
[DOI]
10.1038/s41598-018-31732-8

論文タイトル:Ultraviolet exposure has an epigenetic effect on a Batesian mimetic trait in the butterfly Papilio polytes

著者:Mitsuho Katoh1,2*, Haruki Tatsuta1,2 & Kazuki Tsuji1,2*

*)責任著者

著者の所属機関
1.琉球大学農学部
2.鹿児島大学大学院連合農学研究科

ジャーナル名
Scientific Reports