研究成果

⿂から吸⾎する蚊⾎液由来の DNA から⾎を吸われた⿂種を特定

 岐⾩⼤学教育学部の三宅崇准教授、同学部卒業⽣相原夏樹さん、琉球⼤学熱帯⽣物圏研究センターの⼭平寿智教授、同⼤学院⽣⼩林⼤純さん、沖縄科学技術⼤学院⼤学の前⽥健研究員、同⼩柳亮技術員、東京⼤学⼤気海洋研究所の新⾥宙也准教授は、⿂から吸⾎することは知られていたものの、野外でどのような⿂種から吸⾎しているか不明だったカニアナヤブカの吸⾎源を、分⼦⽣物学的な⼿法により明らかにしました。
 本研究成果は,英国の国際誌「Scientific Reports」(電⼦版)2019 年 3 ⽉ 8 ⽇付(⽇本時間午後 7 時)に掲載されました。
【発表のポイント】
  • 分⼦⽣物学的な⼿法を⽤いて、⿂から吸⾎する蚊であるカニ アナヤブカの野外での吸⾎源の多様性を世界で初めて明らかにした。
  • カニアナヤブカの⽣息地周辺に住む⿂類のミトコンドリア DNA の塩基配列を解読し、吸⾎源を特定するためのデータベースを構築した。
  • 吸⾎後蚊の腹部に貯まっている吸⾎源の⾎に含まれる DNA を鋳型に、ミトコンドリア DNA のシトクロームオキシダーゼ I 遺伝⼦や 12S rRNA 遺伝⼦領域を PCR 増幅し、得られた塩基配列情報から相同性検索により吸⾎源を特定した。
  • 吸⾎源として利⽤する⿂は琉球列島内の島により異なっていたが、ほとんどの⿂は両⽣⿂、あるいは空気呼吸⿂として知られる種であった。
  • 本研究成果は、マングローブ⽣態系の⾷物網の⼀端を明らかにしたと同時に、カニアナヤブカが野外でどのように吸⾎源を探索し定位するかを調べる上で重要な情報となる。

【概要】
 カニアナヤブカは亜熱帯のマングローブ林などのオカガニ類やオキナワアナジャコの⽳に⽣息しており、夜間に⽳から出て⿂から吸⾎することが知られていましたが、野外でどのような⿂を吸⾎源にしているかは不明でした。そこで琉球列島の奄美⼤島、沖縄島、⽯垣島、⻄表島で本種を採集し、雌の腹部でまだ消化されていない吸⾎源の⾎に含まれる DNA からPCRにより特定の領域を増幅し、塩基配列情報から吸⾎源を特定しました。230 匹の吸⾎雌から吸⾎源由来のDNAの配列決定をし、4⽬ 8 科 15 種の⿂を同定しました。先⾏研究では、⽔槽内でトビハゼ類からの吸⾎が観察されていたため、陸上で過ごす時間の⻑いトビハゼ類から主に吸⾎すると推測されていました。しかし予想と異なり、トビハゼ類の⾎が検出された蚊は 230 匹中7 匹(3%)に過ぎず、⻄表島ではジャノメハゼ(ハゼ⽬ノコギリハゼ科)、沖縄島と奄美⼤島ではゴマホタテウミヘビ(ウナギ⽬ウミヘビ科)が主要な吸⾎源であることが明らかになりました。吸⾎源の多くは空気呼吸⿂・両⽣⿂と呼ばれる⿂で、カニアナヤブカの雌は⽣息地付近で吸⾎源を⾒つけ、空中に露出した体表⾯に⽌まって吸⾎することが⽰唆されます。

図1 カニアナヤブカの生活史.a:カニアナヤブカ成虫.b:マングローブ林内のオキナワアナジャコの塚.c:塚の開口部.d:オキナワアナジャコの塚の内部構造の模式図.宮城・當間(2017)を元に描いた.塚には c のような開口部(OA)以外に、開口部が塞がれた部分(FA)や、カニが作った入り口(CA)もみられる.下部は汽水で満たされ、所々に空気溜まり(AC)も存在する.汽水部分にはオキナワアナジャコ(ML)とともにカニアナヤブカ幼虫(L)が生育している. e:開口部付近の壁面に止まっているカニアナヤブカ成虫.f:予備的な観察により、水槽内で空中に露出したジャノメハゼの体表面に止まって吸血する様子が観察された.図は当該論文 Miyake et al.(2019)より.

 カニアナヤブカは亜熱帯のマングローブ林などのオカガニ類やオキナワアナジャコの⽳に⽣息しています(図1)。汽⽔域への適応進出に伴い、⿂から吸⾎するようになったと考えられています。成⾍は、昼間は⽳の中に留まり、夜間に⽳から出て活動します。先⾏研究では、⽔槽内でトビハゼ類からの吸⾎が観察されたため、陸上で過ごす時間の⻑いトビハゼ類から主に吸⾎すると考えられていました。しかしながら、野外でどのような⿂を吸⾎源にしているかは明らかにされていませんでした。そこで琉球列島の奄美⼤島、沖縄島、⽯垣島、⻄表島でカニアナヤブカを採集し、吸⾎源に由来する DNA の塩基配列情報から、吸⾎源を同定することにしました。
 腹部にまだ消化されていない⾎を含んでいる雌成⾍から DNA を抽出し、吸⾎源と想定される脊椎動物のDNA のみが増幅されるよう⼯夫された PCR により、ミトコンドリア DNA のシトクロームオキシダーゼ I 遺伝⼦や 12S rRNA 遺伝⼦、シトクロムb遺伝⼦領域といった、様々な動物の塩基配列情報に富んだ領域を増幅しました。それらの領域の塩基配列情報に対し、バイオインフォマティクス⼿法の1つである BLAST という解析⽅法を⽤いて、インターネット上のデータベースから⼀致する(あるいは相同性の⾼い配列を持つ)⽣物を探索しました。さらに、インターネット上のデータベースに相同性の⾼い配列が⾒つからないものについては、マングローブ林に⽣息する⿂のミトコンドリア DNA の全塩基配列情報からデータベースを独⾃に構築し、同様の⼿法で塩基配列の⼀致する(あるいは相同性の⾼い配列を持つ)⽣物を探索しました。
 その結果、230 匹の吸⾎雌から吸⾎源由来の DNA の配列決定をし、4⽬ 8 科 15 種の⿂を同定しました(図2)。1 例を除き、それぞれ蚊 1 匹から各 1 種の⿂の⾎が検出され、予想と異なり、トビハゼ類の⾎が検出された蚊は 230 匹中 7 匹(3%)に過ぎませんでした。優占種は⻄表島ではジャノメハゼ(ハゼ⽬ノコギリハゼ科)、沖縄島と奄美⼤島ではゴマホタテウミヘビ(ウナギ⽬ウミヘビ科)でした(図 3)。南の⽅が吸⾎源の多様性が⾼く、奄美⼤島ではゴマホタテウミヘビ(36、以下カッコ内の数字は吸⾎していた蚊の個体数)、ジャノメハゼ(9)、イズミハゼ(9)の 3 種のみでしたが、⻄表島では、ウナギ⽬のハリガネウミヘビ(17)、アセウツボ(1)、コゲウツボ(1)、ゴマホタテウミヘビ(5)、ハゼ⽬のジャノメハゼ(60)、ミナミトビハゼ(6)、ハゴロモハゼ(1)、ギンポ⽬のスジギンポ(1)、ヤエヤマギンポ(2)、シマギンポ(2)、さらにはフグ⽬のクラカケモンガラ(1)までみられ、計 11 種の利⽤が明らかになりました。興味深いことに、ハリガネウミヘビは⾒つかっただけでもちょっとしたニュースになるくらい稀にしか確認されない⿂であるにも関わらず、⻄表島、⽯垣島、沖縄島で複数の蚊から⾎が検出されました。
 吸⾎源の多くは空気呼吸⿂・両⽣⿂と呼ばれる⿂であったことから、カニアナヤブカの雌は⽣息地付近で吸⾎源を⾒つけ、空中に露出した体表⾯に⽌まって吸⾎することが⽰唆されます。⼀⽅で、⼀例のみではありますがクラカケモンガラのように空中に出ることはほぼ想像できない⿂も検出され、どこでどのように吸⾎⾏動をするのかの解明が今後の課題です。

図2 今回の研究でみられた吸血源の魚.a:ハリガネウミヘビ、b:ゴマホタテウミヘビ、c:コゲウツボ、d:アセウツボ、e:ミナミトビハゼ、f:ヒゲワラスボ、g:イズミハゼ、h:ジャノメハゼ、i:ハゴロモハゼ、j:スジギンポ、k:ニセカエルウオ、l:シマギンポ、m:ヤエヤマギンポ、n:ホホグロギンポ、o:クラカケモンガラ.図は当該論文 Miyake et al. (2019)より.

図3 調査地と各地点での吸血源の構成割合.青:ジャノメハゼ、緑:ミナミトビハゼ、赤:ゴマホタテウミヘビ、オレンジ:ハリガネウミヘビ、灰色:その他.図は当該論文 Miyake et al. (2019)より.

【今後の展開】
 吸血源となる魚の多くは空気呼吸魚・両生魚とよばれるもので、水がない状況下でもしばらくの間は生きられます。しかし、それらではトビハゼ類のように自ら陸の上に出てきて静止する習性は報告されておらず、西表島で夜間に観察した際にも、ジャノメハゼが陸上に上がっている様子は見られませんでした。それでは、浅瀬で体の一部が露出しているところをすかさず吸血しているのでしょうか。だとしたら、何を手がかりに探索するのでしょうか?沖縄の蚊の中にはカエルから吸血するものもおり、なんとカエルの鳴き声を手掛かりに探索することが知られています。魚の探索でも思わぬ方法を利用しているかも知れないと期待しています。一方トビハゼ類は陸上でじっとしている時間が長く、吸血しやすいターゲットに見えますが、カニアナヤブカによる利用は多くありませんでした。蚊から身を守る未知の手段を持っているのかもしれません。魚の生態や生理についても多くの興味深い課題が提供されています。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
タイトル:Bloodmeal host identification with inferences to feeding habits of a fish-fed mosquito, Aedes baisasi.
著者:Takashi Miyake, Natsuki Aihara, Ken Maeda, Chuya Shinzato, Ryo Koyanagi, Hirozumi Kobayashi & Kazunori Yamahira
DOI番号:10.1038/s41598-019-40509-6
論文公開URL:http://www.nature.com/articles/s41598-019-40509-6

【研究支援】
本研究は,琉球大学熱帯生物圏研究センター共同利用・共同研究の支援を受けました。

【用語解説】
1)PCR:ポリメラーゼ連鎖反応ともいう。両側を既知のDNA塩基配列ではさんだ間の部分を、好熱菌に由来するDNAポリメラーゼという酵素によって大量に増幅させる方法で、高校の生物学実験でも取り入れられている。

2)シトクロームオキシダーゼI:細胞内呼吸の電子伝達系で働いている酵素のサブユニットの遺伝子で、ミトコンドリアDNA上に存在する。この領域の塩基配列がその動物が何かを同定する「バーコード」として利用されている。

3)12S rRNA:ミトコンドリアDNA上に存在するリボソームRNAの1つ。この遺伝子の高度可変部位は魚種の同定に有効であり、環境DNA(水に含まれるDNA断片からその水域に生息する生物を特定する)の研究などで利用されている。

4)両生魚:一定の時間を水から出て過ごすことのできる魚のことで、ハゼ目のトビハゼ類やムツゴロウ、ギンポ目のヨダレカケなどがよく知られている。