研究成果

歯根の形態にEDAR遺伝子のアジア人特有タイプが関わることを明らかに ~歯根の形態形成の分子メカニズムを解明する鍵に~

 琉球大学病院の片岡恵一助教、琉球大学大学院医学研究科の木村亮介准教授、石田肇教授、自然科学研究機構の藤田浩徳助教らの研究グループによる研究成果が、オープンアクセスの学際的電子ジャーナル「Scientific Reports」誌に掲載されました。

<発表のポイント>
  • Ectodysplasin A receptor遺伝子(EDAR)に存在する非同義多型(370V/A)において、370Aアリルが、単一根の上顎第一小臼歯、3根の下顎第一大臼歯、C字根の下顎第二大臼歯といった表現型と有意に関連することがコンピューター断層撮影(CT)画像を用いた分析により示された。

  • コンピューターシミュレーションの結果から、反応拡散モデルによってC字根を含む様々な歯根の形状が形成できることが示され、EDARが反応拡散ダイナミクスで機能する複数の関連分子の誘導と関連すると仮定すれば、EDAR多型の複雑な効果を説明できることが示された。

  •  本研究は、歯冠の形態形成と比較してあまり理解されていない歯根の形態形成の分子メカニズムを解明する鍵となる。

<発表概要>

 琉球大学病院の片岡恵一助教、琉球大学大学院医学研究科の木村亮介准教授、石田肇教授、自然科学研究機構の藤田浩徳助教らの研究グループは、1)コンピューター断層撮影(CT)画像を分析することにより、ヒトEDAR 370V/A多型と歯根形態との関連を明らかにしました。さらに、2)反応拡散モデルを仮定したコンピューターシミュレーションを実施することにより、EDAR多型が歯根形態を変化させるメカニズムを推定しました。本研究は歯根形成の分子メカニズムについて理解を深めることに貢献します。

① 研究の背景

・ ヒトの歯の形態学的変異についての研究の歴史は古く、特にアジア集団においてシノドントとスンダドント※1と呼ばれる2つの複合的形質のパターンがみられることが知られています。
・ 当研究グループでは、これまでの研究で、皮膚付属器や歯を含む外胚葉由来器官の形成に重要な役割を果たすectodysplasin A receptor遺伝子(EDAR)に存在する、アジア人やアメリカ先住民に特有の非同義多型※2(370V/A; rs3827760)が、歯冠サイズ、シャベル型切歯の程度、下顎第二大臼歯咬頭数といった歯冠形質に強く関連することを明らかにしてきました。
・ EDAR 370V/A多型は、歯冠形態の他にも、毛髪の太さ、エクリン汗腺の密度、耳たぶの大きさ、顎の突出・後退などの形質と関連することが報告されています。また、EDAR 370Aアリル※3は東アジアで生まれ、強い自然選択を受けて頻度が上昇してきたと考えられています(日本人においては約80%のアリル頻度)。
・ 上述の通り、アジア型のEDAR 370Aアリルがシノドントに特徴的な歯冠形態と関連することは示されていますが、歯根形態との関連は未だ調べられていませんでした。
・ 歯根形成の分子メカニズムは、歯冠形成までの歯の発生初期と比較してあまり分かっておらず、歯根の本数や形態の個体差を生むメカニズムも良く分かっていません。

② 研究内容

1)ヒトEDAR 370V/A多型と歯根形態との関連
1-1)方法
・ 琉球大学病院歯科口腔外科において治療目的でコーンビームCT撮影を行った成人患者255名(男性98名、女性157名)から同意を得て、DNA抽出用の唾液を採取しました。
・ 各被験者のCT画像を精査し、上顎第一および第二小臼歯(UP1、UP2)、上顎第一および第二大臼歯(UM1、UM2)、ならびに下顎第一および第二大臼歯(LM1、LM2)の歯根形態を分類しました(図1)。
・ 採取した唾液からDNA抽出を行ってEDAR 370V/A多型を解析し、歯根形態との関連を統計的に調べました。


図1.CT画像によるヒトの歯根断面形態の観察
上顎第一および第二小臼歯(UP1、UP2)は1つまたは2つの歯根(BとC)、上顎第一および第二大臼歯(UM1、UM2)は1~4つの歯根(DとE)、下顎第一大臼歯(LM1)は2つまたは3つの歯根(F)、下顎第二大臼歯(LM2)は1~3つおよびC字型の歯根(G)にそれぞれ分類された。

1-2)結果
・ アジア型のEDAR  370Aアリルが単一根の上顎第一小臼歯、3根の下顎第一大臼歯、樋状(C字)根の下顎第二大臼歯などシノドントの表現型と有意に関連することが示されました。
・ ここで興味深いのは、EDAR 370Aアリルの効果が3種類の歯の間で異なり、上顎第一小臼歯では歯根数の減少、下顎第一大臼歯では歯根数の増加、下顎第二大臼歯では歯根の不分離と関連していることでした。

2)反応拡散モデルを想定したコンピューターシミュレーション
2-1)方法
・ EDAR多型が複雑な歯根形態のバリエーションを生むメカニズムを理解するために、反応拡散モデル※4を想定した歯根の形態形成パターンのコンピューターシミュレーションを行いました。
・ 本シミュレーションでは、歯根形成開始時における細胞パターンが反応拡散系によって決定され(図2)、反応拡散系における活性因子と抑制因子の両方の誘導をEDARが上昇させること(図3)を仮定しました。


図2.歯の発生時における歯根の形態形成の模式図
(A)歯冠形成期、(B)歯根形成の開始期、(C)歯根分岐部の形成期、(D)歯根の伸長期における歯の垂直断面および歯根形成の頂端部表面.歯根形成の開始期における細胞パターンによって、単一根(E)、2根(F)、3根(G)あるいはC字根(H)が形成されると仮定。Enamel:エナメル質、Dentin:象牙質、Epithelium:上皮、HERS:ヘルトヴィッヒ上皮鞘、Dental papilla:歯乳頭、Odontoblast:象牙芽細胞、Preodontoblast:前象牙芽細胞、Proliferative mesenchymal cells:増殖性間葉系細胞。


図3.活性因子および抑制因子による拡散反応モデルとEDARの作用
活性因子および抑制因子の拡散と相互作用によって自己組織的な空間パターンが生まれる。歯根形成においてWNTやDKKといったタンパクのファミリーが活性因子と抑制因子の候補として考えられる。EDARは活性因子の自己誘導(αs)と活性因子による抑制因子の誘導(γ)の両方に作用することを仮定。

2-2)結果
・ 単純化したシミュレーションによって、C字根を含むさまざまな歯根のタイプの形状パターンが、活性因子と抑制因子の誘導の強さを表すパラメーター(αsおよびγ)に依存して生成されることが示されました。
・ 歯が成長して断面が大きくなるにつれて、歯根の本数が増える傾向がみられました。
・ 活性因子の誘導の強さαsが減少するにつれて歯根の数は増え、増加するにつれてC字型の歯根のパターンが現れること、また、抑制因子の誘導の強さγは逆の効果をもつことがわかりました(図4)。


図4.コンピューターシミュレーションの結果
代表的なシミュレーション結果(左:青いところが活性因子の分布を表す)および20回のシミュレーションにおいて観察された歯根形態の割合(右)。1:単一根、C:C字根,2:2根、3:3根、4:4根、5:5根。αsおよびγに依存して様々なパターンが生成される。

③ 本研究のまとめと意義

・ アジア型のEDAR  370Aアリルが、単一根の上顎第一小臼歯、3根の下顎第一大臼歯、樋状(C字)根の下顎第二大臼歯などシノドントにおける歯根の表現型と有意に関連することが示されました。
・ シミュレーションの結果から、反応拡散モデルによってC字根を含む様々な歯根の形状が形成できることが示されました。
・ EDARが反応拡散ダイナミクスで機能する複数の関連分子の誘導と関連すると仮定すれば、EDAR多型の複雑な効果を説明できることがシミュレーションによって示されました。
・ 本研究は、歯冠の形態形成と比較してあまり理解されていない歯根の形態形成の分子メカニズムを解明する鍵のひとつになります。今後の更なる研究によって、今回シミュレーションによって示された歯根の形態形成のメカニズムが実験的に証明されることが期待されます。

<用語解説>

※1 シノドントとスンダドント: アジアのヒト集団にみられる歯には複合的な形質として二つのタイプがあることが知られ、シノドントおよびスンダドントと呼ばれる。シノドントは歯冠のサイズが大きく、シャベル状の上顎切歯、3根5咬頭の下顎第一大臼歯、C字根5咬頭の下顎第二大臼歯などをもつ傾向があり、スンダドントは2根6咬頭の下顎第一大臼歯、2根4咬頭の下顎第二大臼歯などをもつ傾向がある。シノドントは東アジア集団に多くみられ、スンダドントは東南アジア集団に多くみられる。日本列島において、縄文時代人のほとんどはスンダドントであるのに対し、弥生時代以降の人々のほとんどはシノドントであるとされる。このような歯のタイプの時間的・空間的分布は、ヒト集団の歴史を反映しているとされ、歯人類学の分野でよく研究されてきた経緯がある。

シノドントとスンダドントにおける歯列咬合面の模式図
シノドントとスンダドントの特徴をそれぞれ示す。(高井&松野1995ヒマラヤ学誌より)

※2 非同義多型: DNA配列の個体差(多型)のうち、遺伝子をコードする配列に存在し、タンパク質のアミノ酸配列を変えるもの。EDAR 370V/Aは、EDARの370番目のアミノ酸がバリン(V)またはアラニン(A)となる多型。
※3 アリル: 多型におけるそれぞれの型のこと。対立遺伝子。
※4 反応拡散モデル: 空間に分布された一種あるいは複数種の物質の濃度が、1)物質がお互いに影響し合うような局所的な化学反応および2)空間全体に物質が広がる拡散の、二つのプロセスよって変化する様子を数理モデル化したもの。提唱した研究者の名前からチューリングモデルとも呼ばれる。魚の体表模様なども反応拡散モデルで説明できることは有名である。本研究で仮定した活性因子と抑制因子によって自己組織的に空間パターンが形成されるモデルは、反応拡散モデルの中でも最もシンプルなモデルのひとつである。

<謝辞>

 本研究は、日本学術振興会科研費助成金および琉球大学が推進する「亜熱帯島嶼の時空間ゲノミクスプロジェクト」によって支援されました。

<論文情報>

論文タイトル:The human EDAR 370V/A polymorphism affects tooth root morphology potentially through the modification of a reaction-diffusion system
和訳:ヒトEDAR 370V/A多型は反応-拡散系を調節することで歯根の形態に影響する)
雑誌名:Scientific Reports
著者名:Keiichi Kataoka, Hironori Fujita, Mutsumi Isa, Shimpei Gotoh, Akira Arasaki, Hajime Ishida, Ryosuke Kimura
DOI番号: 10.1038/s41598-021-84653-4
アブストラクトURL: www.nature.com/articles/s41598-021-84653-4