研究成果

高齢男性の更年期障害におけるテストステロン補充療法に警鐘 心血管イベントを増加させる可能性 世界初 一酸化窒素産生障害の関与を解明 目標3:すべての人に健康と福祉を

    ◆どのような成果を出したのか
    テストステロンは、NOの産生が正常な状態では有益な心血管作用を示すが、NOの産生が低下した状態では逆の有害な心血管作用を示すことを明らかにした。

    ◆新規性(何が新しいのか)
    従来、テストステロンは有益な心血管作用を示すことが多くの研究において報告されているが、私達は、NOの産生が低下した状態ではテストステロンは有害な心血管作用を示すことを世界で初めて明らかにした。

    ◆社会的意義/将来の展望
    テストステロン補充療法は、中年や高齢の男性更年期障害(LOH症候群)の症状改善における有効性が証明されており、保険診療として幅広く実施されているが、一方で、心血管イベントを低下させた報告と増加させた報告の両方があり、テストステロン補充療法の心血管系における安全性については未だ議論が続いている。心血管イベントを増加させる因子として高齢が関与している可能性が示唆されているが、それが真実かどうかの検証はされておらず、機序は全く不明である。私達の研究結果は、NOの産生が低下している高齢男性ではテストステロン補充療法が有害な心血管作用を示し心血管イベントを増加させる可能性を示唆するものであり、高齢男性におけるテストステロン補充療法の実施に警鐘を鳴らすものである。

    <研究の背景> 
     女性の卵巣から分泌されるエストロゲンは、女性らしい体つき、肌のハリ、子宮内膜の増殖、骨や血管の健康維持など、女性の美と健康に役割を果たしている。女性の更年期障害とは、閉経に伴うエストロゲンの分泌の低下によって、心身に様々な不調が現れ、日常生活に支障をきたす病態である。男性も、女性の更年期障害と良く似た症状を認めることがあり、男子の更年期障害と呼ばれている。医学的な病名は、LOH症候群(Late-Onset Hypogonadism:加齢男性・性腺機能低下症)である。主に男性の精巣から分泌されるテストステロンは、陰茎の発育、性欲維持、勃起を含む男性化作用や、筋肉量増加、骨形成、造血を含む同化作用など、多くの重要な生理作用を有している。テストステロンの血中濃度は20~30歳でピークとなり、その後は加齢とともに低下する。LOH症候群とは、加齢によるテストステロン値の低下に伴い、倦怠感・疲労感、性欲低下、筋力低下、骨量減少、勃起障害、集中力低下、不眠、いらいら、うつ傾向などの症状を認める病態である。男性の更年期障害は生活の質(QOL)の低下を招き、その罹患率は中高年就労男性のおよそ1割にも及び、今後の超高齢化社会の到来にともない患者数は飛躍的に増加することが予想されていることから、我が国において克服すべき重要な疾患とみなされており、日本泌尿器学会、日本内分泌学会、日本メンズヘルス学会の3つの学会が合同でLOH症候群診療ガイドラインの作成にあたっている。男性の更年期障害の治療としてテストステロン補充療法が保険適用で広く実施されている。テストステロン補充療法の症状改善における有効性は明確に証明されているが、心血管系における安全性については統一した見解は得られていない。テストステロン補充療法が心血管イベントを低下させた報告と増加させた報告の両方があり、心血管イベントを増加させる因子として高齢が関与している可能性が示唆されているが、なぜそのような違いが生じるのか、そのメカニズムは全く不明である。

     一酸化窒素(NO)は、NO合成酵素から合成・遊離されるガス状の生理活性物質である。NOは全身のほぼすべての組織・臓器において合成・遊離され、生体の恒常性の維持に重要な役割を果たしている。高齢男性ではNO産生が低下していることが報告されている。これらの背景を踏まえて、琉球大学大学院医学研究科薬理学講座の坂梨まゆ子助教、筒井正人教授、同胸部心臓血管外科学講座の比嘉章太郎助教らは、「テストステロンはNO産生が低下した状態では有害な心血管作用を示す」と仮説を立て、この点を、急性心筋梗塞による心臓突然死を引き起こす2/3腎摘NO合成酵素完全欠損マウスを用いて検討した。

    <研究の成果>
     その結果、テストステロンは、NO産生レベルが正常な状態では有益な心血管作用を示すが、NO産生レベルが低下した状態では逆の有害な心血管作用(心臓突然死の誘発、心筋梗塞罹患率の増加、動脈弛緩の障害、心血管危険因子の増悪)を示すことを世界で初めて明らかにした。

    <研究の意義と波及効果>
     この研究結果は、テストステロン補充療法が高齢男性において心血管イベントを増加させた機序の一部を説明しうると考えられた。テストステロン補充療法は更年期症状を有する40歳以上の中年と高齢の男性に適応があるが、この私達の知見は、NO産生が低下した高齢男性においてはテストステロン補充療法の実施に警鐘を鳴らすものであり、高齢男性ではテストステロン補充療法が心血管イベントを増加させる可能性が示唆された。

     この研究成果は、日本循環器学会の学会誌Circulation Journalに令和8年4月3日付けでオンラインに先行公開されました(URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/circj/advpub/0/_contents)。この研究は、琉球大学大学院医学研究科薬理学講座、琉球大学大学院医学研究科胸部心臓血管外科学講座、金城学院大学薬学部薬学科、鹿児島大学院医歯学総合研究科病理学分野、琉球リハビリテーション学院理学療法学科、国際医療福祉大学、浦添総合病院心臓血管外科との共同研究です。


    論文の要旨(抄録)

    <背景> 
     過去の臨床研究において高齢男性におけるテストステロン補充療法が予想に反して心血管イベントを増加させたことが報告された。しかし、その機序は不明である。高齢男性では一酸化窒素(NO)の産生が低下している。私達は、本研究において、「テストステロンはNO産生が低下した状態では有害な心血管作用を示す」と仮説を立て、この仮説を、急性心筋梗塞による心臓突然死を引き起こす私達の2/3腎摘 神経型/誘導型/内皮型NO合成酵素トリプル欠損マウス(NX-TKOマウス)を用いて検討した。

    <方法と結果> 
     生存率は、オスの2/3腎摘 正常野生型マウス(NX-WTマウス)と比較してオスのNX-TKOマウスで著明に低下していた。精巣摘除術(ORX)は、NX-WTマウスの生存率を有意に悪化させたが、NX-TKOマウスの生存率は逆に有意に改善させた。NX-TKO-ORXマウスにおいて、テストステロンの長期皮下投与は、生存率、心筋梗塞罹患率、心血管危険因子(高血圧、高脂血症、高血糖)をすべて有意に悪化させた。さらに、テストステロンによる大動脈の弛緩反応は、WTマウスに比してTKOマウスで有意に障害されていた。心臓組織におけるRNAシーケンス解析では、TKOマウスに認められたテストステロンの有害な心血管作用には、免疫と炎症を介した機序が関与している可能性が示唆された。

    <結論>
     私達は、本研究において、NO合成酵素非存在下では、テストステロンは、生存率の低下、心筋梗塞罹患率の増加、動脈弛緩の障害、心血管危険因子の増悪を含む有害な心血管作用を示すことを初めて明らかにした。私達の知見は、なぜテストステロン補充療法が高齢男性において心血管イベントを増加させたのかを一部説明するのかもしれない。


    論文の概要

    <序文>
     テストステロンは、アンドロゲンに分類されるステロイドホルモンであり、男性の身体やメンタルを健康に保つ作用を有する主要な男性ホルモンである。テストステロンは、筋肉や骨の成長、性欲、集中力などに関与している。テストステロンは、主に男性の精巣から分泌されるが、一方で、女性の卵巣や副腎からも少量分泌される。テストステロンは、精巣や前立腺を含む男性の生殖組織の成長を促し、体毛の成長や筋肉・骨の増加などの第二次性徴を促進する。さらに、テストステロンは、気分や行動を調節し、骨粗鬆症を予防する。

     テストステロンの分泌量は20~30歳でピークに達し、その後は加齢とともに低下する。男性の更年期障害とは、テストステロンの不足に伴って、気力・活力の低下、倦怠感、性機能不全、気分障害、骨粗鬆症などの症状を認める病態であり、生活の質の低下を招く。テストステロン補充療法は、男性の更年期障害における症状の改善に有効であることが証明されている。一方で、テストステロン補充療法の心血管系における安全性については統一した見解は得られていない。テストステロンは、冠動脈拡張作用、冠血流増加作用、運動耐容能増加作用、低密度リポ蛋白質(LDL)コレステロール低下作用、インスリン抵抗性改善作用などの様々な有益な心血管作用を有しているが、一方で、テストステロン補充療法は高齢男性において急性心筋梗塞を含む有害な心血管イベントのリスクを増加させたことが報告されている。しかし、その機序は不明である。

     神経型一酸化窒素(NO)合成酵素、誘導型NO合成酵素、内皮型NO合成酵素の3種類のNO合成酵素アイソフォームから合成されるNOは、心血管系の恒常性の維持に重要な役割を果たしている。高齢男性では全身のNO産生が低下していることが報告されている。私達は、最近の研究において、テストステロンの皮下投与は、精巣摘除術(ORX)を施したオスの正常野生型マウス(WTマウス)では、中大脳動脈閉塞後の脳梗塞サイズを増加させるが、ORXを施したオスの神経型/誘導型/内皮型NO合成酵素トリプル欠損マウス(NX-TKOマウス)では、逆に脳梗塞サイズを低下させることを示し、NO合成酵素の存在の有無に依存したテストステロンの作用の2面性を見出した。これらの背景を踏まえて、本研究では、「NO産生が低下した状態ではテストステロンは有害な心血管作用を示す」と仮説を立て、この仮説を、急性心筋梗塞による心臓突然死を引き起こす私達の2/3腎摘TKOマウス(NX-TKOマウス)を用いて検討した。

    <方法と結果>
    NX-TKOマウスにおける生存率の性差

     生存率は、オスのNX-WTマウスと比較してオスのNX-TKOマウスにおいて有意にそして著明に低下していた(Figure 1A)。私達は、NX-TKOマウスの生存率に性差が存在するのか否か、そしてもし存在すれば、その機序に性ホルモンが関与しているのか否かを検討した。生存率は、メスのNX-TKOマウスに比してオスのNX-TKOマウスで有意に低下していた(Figure 1B)。

    メスのNX-WTマウスとNX-TKOマウスの生存率における卵巣摘除術(OVX)の作用
     メスNX-WTマウスでは、OVXは偽手術と比較して生存率を増悪させる傾向を示したが(Figure 2A)、一方、メスNX-TKOマウスでは、OVXは偽手術と比較して生存率を逆に有意に改善させた(Figure 2B)。

    オスのNX-WTマウスとNX-TKOマウスの生存率における精巣摘除術(ORX)の作用
     オスNX-WTマウスでは、ORXは偽手術と比較して生存率を有意に増悪させたが(Figure 3A)、一方、オスNX-TKOマウスでは、ORXは偽手術と比較して生存率を逆に有意に改善させた(Figure 3B)。

    オスNX-TKO-ORXマウスの生存率、心筋梗塞罹患率、および血漿テストステロンレベルにおけるテストステロンの作用
     NX-TKOマウスの生存率における作用はOVXよりもORXの方が大きかったので(Figure 2B vs. 3B)、私達は、男性ホルモン テストステロンの作用に焦点を当てて以下の研究を行った。選択的・競合的アンドロゲン受容体拮抗薬ビカルタミドの長期経口投与は、オスNX-TKOマウスの生存率を有意に改善させた(Figure 4A)。テストステロン長期皮下投与はオスNX-TKO-ORXマウスの生存率を有意に悪化させた(Figure 4B)。ORXは、オスNX-TKOマウスの心筋梗塞罹患率を有意に改善させたが、一方、テストステロン長期皮下投与はオスNX-TKO-ORXマウスの心筋梗塞罹患率を有意に悪化させた(Figure 4C)。血漿テストステロンレベルはNX-WTマウスとNX-TKOマウスの間では差はなかった。ORXは、NX-TKOマウスの血漿テストステロンレベルを有意に低下させ、テストステロン長期皮下投与は、NX-TKO-ORXマウスの血漿テストステロンレベルをNX-WTマウスやNX-TKOマウスの血漿テストステロンレベルの3倍程度まで有意に増加させた(Figure 4D)。

    オスNX-TKOマウスの心血管危険因子におけるテストステロン長期投与の作用
     偽手術と比較して2/3腎摘術(NX)はオスTKOマウスの収縮期血圧(Figure 5A)、血漿総コレステロール値(Figure 5B)、および空腹時血糖値(Figure 5C)を有意に増加させた。ORXは、オスNX-TKOマウスにおけるそれらの値をすべて有意に改善させた。テストステロン長期皮下投与は、オスNX-TKO-ORXマウスにおける収縮期血圧と血漿総コレステロール値を有意に悪化させ、空腹時血糖値を増悪させる傾向を示した。

    オスTKOマウス大動脈におけるテストステロンによる内皮非依存性弛緩反応の障害
     3×10-5 mol/Lと10-4 mol/Lのテストステロンは、フェニレフリンで収縮させたオスのWTマウスとTKOマウスの大動脈において内皮非依存性弛緩反応を引き起こした。テストステロンによる内皮非依存性弛緩反応は、WTマウスの大動脈と比較してTKOマウスの大動脈で有意に障害されていた(Figure 6A,B)。

    NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用の分子機序
     NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用の分子機序を明らかにするために、私達はRNAシーケンスを行った。テストステロン14日間投与を行ったオスTKO-ORXマウスと未投与の同マウスにおける心臓組織のmRNA発現レベルを網羅的・定量的に比較した(各n=4)。私達はreference mouse genome mm9データベースに登録されている24,346のマウス遺伝子mRNAsを解析した。それらの遺伝子の中で、782のmRNAsが2群間で有意に発現レベルが変化していた。テストステロン未投与のオスTKO-ORXマウスの心臓と比較して投与を行った同マウスの心臓では378のmRNAsの発現レベルが有意に増加し、404のmRNAsの発現レベルが有意に低下していた。

     Gene ontology term enrichment解析において、テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与したTKO-ORXマウスにおいて増加していたmRNAsの解析では、炎症、免疫、代謝を介した機序が関与していることが示唆された(Figure 7A)。一方、テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与した同マウスにおいて低下していたmRNAsの解析では、分子機序を説明しうる有意なbiological process termはなかった(Figure 7B)。

     Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) pathway解析では、テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与した同マウスにおいて増加していたmRNAsの解析において、炎症、免疫、代謝を介した機序が関与していることがGene ontology term enrichment解析と同様に示唆された(Figure 7C)。テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与した同マウスにおいて低下していたmRNAsの解析では、分子機序を説明しうる有意なpathwayはなかった(Figure 7D)。

     これらの結果を踏まえて、私達は有意に発現レベルが変化していた遺伝子のヒートマップを作成した。テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与した同マウスにおいて、免疫に関係する34の遺伝子(Figure 7E)および炎症に関係する25の遺伝子(Figure 7F)が有意に増加していた。

     最後に、NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用に関与していることが予想される代表的な遺伝子をピックアップした。動脈硬化の成因に関与していることが報告されているACE (angiotensin-converting enzyme), PDGF-B (platelet-derived growth factor-B), ICAM1 (intracellular adhesion molecule-1), END3 (Endothelin-3), MMP3 (matrix metalloproteinase-3), ANGPTL4 (angiopoietin-4), CCL2 (also known as MCP-1, monocyte chemoattractant protein-1), IL4Rα (interleukin-4 receptor alpha), IL6Rα, IL17Rα, IL18, IL21Rα, IL34などのmRNAの発現レベルが、テストステロン未投与のTKO-ORXマウスと比較してテストステロンを投与した同マウスにおいて有意に増加していた(Figure 7G)。

     

    考察

     本研究は、NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの心血管作用を検討した初めての研究である。

    本研究で使用した急性心筋梗塞モデル
     生体におけるNO合成酵素の役割は、L-NNAやL-NAMEなどの非選択的NOS阻害薬を用いて薬理学的に研究されてきた。しかし、非選択的NOS阻害薬は様々な非特異的作用を有しているため、生体におけるNO合成酵素の役割は未だ不明な点が多い。この点を検討するために、私達は3つのNO合成酵素アイソフォームをすべて欠損させたマウスを作製した(TKOマウス)。私達は、TKOマウスが心血管危険因子の重複、急性心筋梗塞、心臓突然死などの様々な表現型を呈することを報告した。私達はまた、2/3NXが、TKOマウスにおいて心血管危険因子の増悪と急性心筋梗塞による心臓突然死を早めることを報告し、実験に有用な急性心筋梗塞を引き起こすマウスモデルの開発に成功した。本研究では、この私達の急性心筋梗塞モデルを使用した。

    NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用
     NX-TKOマウスの生存率は、メスに比してオスで悪かった。この結果に一致して、ヒトにおいて急性心筋梗塞の罹患率は女性よりも男性で高いことが報告されている。ORXは、オスNX-WTマウスの生存率を増悪させたが、オスNX-TKOマウスの生存率は逆に改善させた。これらの結果から、内因性のテストステロンは、生存において、NO合成酵素存在下では有益な作用を、NO合成酵素非存在下では有害な作用を示す2面性を有していることが示唆された。アンドロゲン受容体ビカルタミドはオスNX-TKOマウスの生存率を改善させた。この結果から、NO合成酵素非存在下における内因性テストステロンの生存に対する有害な作用には、アンドロゲン受容体を介していることが示唆された。テストステロンの長期投与は、オスNX-TKO-ORXマウスの生存率、心筋梗塞罹患率、および心血管危険因子を増悪させた。これらの結果から、テストステロン投与により引き起こされた心血管危険因子の増悪が、オスNX-TKO-ORXマウスにおける生存率の低下と心筋梗塞罹患率の増加に寄与していることが示唆された。

    NO合成酵素非存在下におけるテストステロンによる動脈弛緩の障害 
     テストステロンによる単離大動脈の内皮非依存性弛緩反応はWTマウスに比してTKOマウスで有意に障害されていた。この結果から、テストステロンによる血管反応の障害がテストステロン投与後のオスNX-TKO-ORXマウスにおける生存率の低下と心筋梗塞罹患率の増加に寄与していることが示唆された。過去の研究において、テストステロンは、様々な血管において内皮非依存性弛緩反応を引き起こすこと、および、内皮を剥離したブタ冠動脈におけるテストステロンによる弛緩反応の機序の一部には、神経型NO合成酵由来NOによるcGMP合成およびcGMP依存性蛋白質リン酸化酵素の活性化を介していることが報告されている。

    NO非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用における免疫と炎症を介した機序の関与
     私達は、最後に、テストステロン未投与のオスTKO-ORXマウスとテストステロンを投与した同マウスの心臓におけるRNAシーケンスを行った。RNAシーケンス解析は、mRNA定量法のゴールドスタンダードであるreal-time PCRと94%の定量的一致率を示し、real-time PCRに匹敵する高い定量性を有している。Gene ontology term enrichment解析とKEGG pathway解析では、ともに、テストステロン投与が、免疫、炎症、代謝に関係する遺伝子の発現を増加させたことが示唆された。事実、代謝に関して、オスNX-TKOマウスでは、血漿総コレステロール値と空腹時血糖値がテストステロン投与後に増加していた。免疫と炎症に関しては、オスNX-TKO-ORXマウスにおいて、免疫に関係する34の遺伝子、および炎症に関係する25の遺伝子がテストステロン投与後に増加していた。加えて、動脈硬化の成因に関与していることが報告されているACE, PDGF-B, ICAM1, Endothelin-3, MMP-3, ANGPTL4, MCP-1, IL4Rα, IL6Rα, IL17Rα, IL18などの遺伝子の発現が増加していた。自然免疫、獲得免疫、炎症は、動脈硬化および急性心筋梗塞を含む血管合併症の成因に重要な役割を果たしている。ヒト心血管イベントにおける免疫療法および抗炎症療法の有効性が報告されている。以上より、NO合成酵素非存在下におけるテストステロンの有害な心血管作用には、免疫や炎症を介した機序が関与していることが示唆された。

    本研究の臨床的意義 
     テストステロン補充療法の心血管系における安全性については結論が出ていない。テストステロン補充療法を受けた男性における過去の後向きコホート研究では、いくつかの研究で心血管イベントのリスクを増加させたと報告されているが、別の研究では低下させたと報告されている。テストステロン補充療法の心血管系における安全性に対する懸念を検討するために、最近、TRAVERS研究(the Testosterone Replacement Therapy for Assessment of Long-term Vascular Events and Efficacy Response in Hypogonadal Men)が実施された。TRAVERS研究は、更年期障害を有し、かつ心血管病に罹患しているか心血管病ハイリスクの中年および高齢の男性を対象として、心血管イベントの発生率におけるテストステロン補充療法の作用を検討する目的で計画された。TRAVERS研究の結果、テストステロン補充療法はプラセボ(偽薬)と比較して主要な有害な心血管イベントの発生率を増加させないことが2023年のNew England Journal of Medicineに報告された。しかし、TRAVERS研究には以下のような研究の限界(limitation)が認められる。第一に、テストステロン補充療法によって達成された血清テストステロンレベルは正常値の下限であったこと。第二に、プラセボ群と比較してテストステロン補充療法群では統計学的に有意な血圧の上昇、心房細動の増加、急性腎障害の増加、および肺塞栓症の増加が認められたこと。第三に、私達の研究にとって最も重要なこととして、TRAVERS研究において検討されたNO産生が低下している65歳以上の高齢男性の症例数は全症例数のわずか47%であったことである。私達の研究に一致して、過去の大規模ヘルスケアデータベースを用いたコホ-ト研究では、テストステロン補充療法後の急性心筋梗塞の増加に寄与する重要な因子は65歳以上の高齢であることが指摘されている。これらの研究の限界は、TRAVERS研究の結果の解釈に注意が必要であることを示している。

     

    本研究の結論


     私達は、テストステロンが、NO合成酵素非存在下では、生存率の低下、心筋梗塞罹患率の増加、動脈弛緩の障害、心血管危険因子の増悪を含む有害な心血管作用を示すこと、そして、この機序には免疫や炎症を介した機序が関与していることを見出し、NO合成酵素の存在の有無に依存したテストステロンの心血管作用の二面性を初めて明らかにした。私達の知見は、過去の臨床研究において、なぜテストステロン補充療法がNO産生が低下している高齢男性において心血管イベントを増加させたのかを一部説明しうると考えられた。この知見は、NO産生が低下している高齢男性におけるテストステロン補充療法の実施に警鐘を鳴らすものであり、高齢男性ではテストステロン補充療法が心血管イベントを増加させる可能性が示唆された。


    Figure 1
    2/3腎摘オス正常野生型マウス(NX-WTマウス)と2/3腎摘オス神経型/誘導型/内皮型トリプル欠損マウス(NX-TKO)マウスにおける生存率の比較(A)、および、メスとオスのNX-TKOマウスにおける生存率の比較(B)


    Figure 2
    卵巣摘除術(OVX)を施したメスNX-WTマウスと偽手術を施した同マウスにおける生存率の比較(A)、および、OVXを施したメスNX-TKOマウスと偽手術を施した同マウスにおける生存率の比較(B)


    Figure 3
    精巣摘除術(ORX)を施したオスNX-WTマウスと偽手術を施した同マウスにおける生存率の比較(A)、および、ORXを施したオスNX-TKOマウスと偽手術を施した同マウスにおける生存率の比較(B)


    Figure 4
    オスNX-TKOマウスの生存率におけるアンドロゲン受容体拮抗薬ビカルタミドの長期経口投与の作用(A)と、オスNX-TKO-ORXマウスの生存率(B)、心筋梗塞罹患率(C)、および血漿テストステロンレベル(D)におけるテストステロン長期皮下投与の作用


    Figure 5
    オスNX-TKO-ORXマウスの収縮期血圧(A)血漿総コレステロールレベル(B)、および空腹時高血糖値(C)におけるテストステロン長期皮下投与の作用


    Figure 6
    オスWTマウスとTKOマウスの内皮を有する単離大動脈におけるテストステロンによる弛緩反応(A,B)








    Figure 7
    テストステロン14日間皮下投与を行ったオスTKO-ORXマウスと未投与の同マウスの間で心臓のmRNA発現レベルが異なる遺伝子群。(A,B)テストステロン投与を行ったオスTKO-ORXマウスで有意に増加あるいは低下していたmRNAsにおいてgene ontology term enrichment解析で検出された有意なterm。(C,D)テストステロン投与を行ったオスTKO-ORXマウスで有意に増加あるいは低下していたmRNAsにおいてKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) pathway解析で検出された有意なpathway。(E,F)有意に発現レベルが変化していた免疫および炎症に関係する遺伝子のヒートマップ。赤色は発現レベルが増加していたことを示す。(G)動脈硬化の成因における関与が報告されている代表的な遺伝子

    <用語解説>
    1)生理活性物質:生体内でごく微量で生命活動を維持・調節する化学物質の総称。
    2)恒常性:外部環境の変化や体内の状況にかかわらず、生物が体温、血液成分、血圧などの内部環境を一定の安定した範囲に保とうとする性質のこと。
    3)同化作用:生物が体外から取り入れた物質をエネルギー(ATP)を使って体に必要な複雑な高分子物質(たんぱく質、脂肪、糖など)へ合成する代謝プロセスのこと。
    4)2/3腎摘NO合成酵素完全欠損マウス:2/3腎摘とは、マウスの腎臓を手術によって3分の2切除すること。慢性腎臓病モデルを作製する目的で2/3腎摘を行った。NO合成酵素完全欠損マウスとは、3種類のNO合成酵素をすべて欠損させたNO産生が低下しているマウスのこと。

    <論文情報>
    論文タイトル:マウスにおけるNO合成酵素の存在の有無に依存したテストステロンの心血管作用の二面性
    責任著者:琉球大学大学院医学研究科薬理学講座 教授  筒井 正人
    著者:比嘉 章太郎1,2,#、坂梨 まゆ子2,3,#、筒井 正人2、田崎 貴嗣4、谷本 昭英4、平良 雄司5、下川 宏明6、國吉 幸男7、古川 浩二郎1
       #比嘉章太郎と坂梨まゆ子は共同第一著者です。
    所属:1   琉球大学大学院医学研究科胸部心臓外科学講座
       2   琉球大学大学院医学研究科薬理学講座
       3   金城学院大学薬学部薬学科
       4   鹿児島大学院医歯学総合研究科病理学分野
       5   琉球リハビリテーション学院理学療法学科
       6   国際医療福祉大学
       7   浦添総合病院心臓血管外科
    論文URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/circj/advpub/0/_contents
    研究費の情報:本研究は、坂梨まゆ子の日本学術振興会 科学研究費 基盤研究C(課題番号15K10644と18K09141))によって一部支援されました。
    受賞:第一著者の比嘉章太郎は、本研究の一部を2023年の日本薬理学会西南部会で発表し若手研究者奨励賞を受賞しました。