琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設の和智 仲是 (わち なかただ)助教と沖縄昆虫同好会の小浜 継雄(こはま つぐお)氏、長田 勝(おさだ まさる)氏は、これまで八重山諸島から記録のなかったコウヤツリアブと、それとそっくりなコウシュンツリアブを西表島から報告しました。本成果は、特定の調査を目的としたものではなく、和智助教が日常的に行っている西表島での昆虫観察の中で偶然得られた記録に基づいています。 採集した個体はお互いに外見がそっくりで、両者を同種とみなす研究者もいるほどです。今回の西表島での記録は、今後、2種の分布や分類学的位置づけを検討するうえで貴重な資料となると期待しています。 今回得られた西表島産の個体は、翅の模様(特徴的な点状の斑紋の有無)に基づきそれぞれの種に同定され、コウヤツリアブは八重山諸島からの初記録となりました。一方、コウシュンツリアブは1906年に小笠原諸島からの記録があるとされているものの、近年の確実な記録はなく、国内で最近の記録は2018年に西表島で採集された個体のみでした。今回の個体は2023から2024年に西表島で採集されたもので数少ない追加記録になりました。 ただし、本記録は現時点での分類学的知見に基づく暫定的なものであり、今後の研究により見直される可能性がありますが、現段階ではそれぞれの種として報告しています。 本研究成果は2025年10月5日付で風樹館が発行する学術誌 Fauna Ryukyuana に掲載されました。
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<発表概要>
ツリアブ科は、幼虫が他の昆虫の幼虫を食べて成長するハエの仲間です。このうちクロツリアブ属(Anthrax)は、おもにドロバチやハキリバチの巣に寄生し、その名のとおり翅と体が黒っぽいのが特徴の一つです。日本から5種が知られ、琉球列島にはこのうち3種がいるとされています。
クロツリアブ属の一種であるコウヤツリアブ(Anthrax aygulus)は、本州・四国・九州で普通にみられますが、琉球列島からは長らく記録がありませんでした。ところが2019年に宮古島・池間島・伊良部島 (文献1) から、2020年に沖縄島 (文献2) から相次いで記録され、琉球列島にも分布することが確認されました。
もう一種のコウシュンツリアブ(A. koshunensis)は台湾産の個体をもとに記載された種で、小笠原諸島からの古い記録や西表島からのわずかな記録が知られるのみでした。これらの種は非常に近縁で識別が難しく、分類学的な検討が進められている興味深いグループです。
和智助教は2023年から2025年にかけて、クロツリアブ属の個体10匹を西表島で採集し、ともに琉球列島の昆虫全般に詳しい、沖縄昆虫同好会の小浜氏(宮古諸島からのコウヤツリアブの初記録を報告した著者の一人)と長田氏(沖縄島からのコウヤツリアブの初記録を報告した著者)と協力して、種の同定を試みました。その結果、2023年12月と2025年6月に得られた2個体はコウヤツリアブ、それ以外の8個体はコウシュンツリアブと判断されました。
コウヤツリアブは八重山諸島からの初記録となり、コウシュンツリアブは1906年に小笠原諸島からの記録以来、2018年の西表島で採集された個体につぐ確実な追加記録となりました。ただし、本記録は現時点での分類学的知見に基づく暫定的なものであり、今後の研究により見直される可能性がありますが、現段階ではそれぞれの種として報告しています。
図1. 西表島産コウヤツリアブ(左)とコウシュンツリアブ(右)ともに雌。
翅に点状の斑点があるのがコウヤツリアブで、斑点がないかごく小さいのがコウシュンツリアブ。
<今後の展望>
クロツリアブ属のハエは日本では5種が知られ、コウヤツリアブのような普通種もいる「地味なハエ」の一種ですが、琉球列島から知られる3種は、記録が少なく、また、点状の斑紋の有無以外での識別は非常に難しく、分類学的に複雑な問題もはらんでいます(文献3)。このため、琉球列島のクロツリアブ属についての記録は単なる「地味なハエ」の分布確認にとどまらず、南西諸島の昆虫相の全貌を解明する上で興味深い研究対象の一つであると考えています。
実は、コウシュンツリアブとコウヤツリアブは同一種である可能性が指摘されています。本研究では、現在入手可能な文献に基づき、翅に雲状の斑紋と2つの点状の紋があるとコウヤツリアブ、点状の紋を欠くかごく小さい斑紋があるとコウシュンツリアブとして同定しています。しかし、2種は外見がよく似ているだけでなく、翅の斑紋の有無には個体差があることが知られています(文献3)。今回の個体も、どちらかの種の有紋型と無紋型である可能性も残されています。
本報告では分類学的議論には踏み込んでいませんが、2種の分類学的な関係については今後のより詳細な検討が必要と考えています。
また、琉球列島から知られる3種のうちのもう一種のホシツリアブは沖縄島から知られているのですが、その原典となる文献情報は今回確認できませんでした。加えて、小笠原諸島およびハワイからのホシツリアブの記録は、コウシュンツリアブの誤同定であると言われており、この記録は今のところコウシュンツリアブとして扱われています。沖縄島のホシツリアブの正体の解明も今後の課題の一つです。
<参考文献>
1) 小浜継雄・砂川博秋, 2019. 宮古諸島におけるハエ目昆虫3種の分布記録. Pulex, 98: 800–801.
2) 長田勝, 2020. 中城城址でコウヤツリアブを採集. 琉球の昆虫, 44: 80.
3) 大石久志, 篠木善重, 紺野剛, 2020. 日本産ツリアブの同定. はなあぶ, 49-2: 1–134.
<論文情報>
(1) 論文名:八重山諸島からのコウヤツリアブの初記録とコウシュンツリアブの確認記録(ハエ目・ツリアブ科)
(2) 雑誌名:Fauna Ryukyuana 77: 63–66.
(3) 著者名:和智仲是*・小浜継雄・長田 勝
*: 責任著者
(4) URL: https://u-ryukyu.repo.nii.ac.jp/records/2021630