研究成果

山原森林生態系の外来種侵略に対するレジリエンス 目標15:陸の豊かさも守ろう

 琉球大学農学部の辻瑞樹教授(ペンネーム辻和希)と下地博之博士、諏訪部真友子博士、菊地友則博士、大西一志博士、田中宏卓博士 、日高雄亮氏、河原健悟氏、榎木 勉博士の農学部OBの研究チームによる成果が国際的な学術雑誌「Ecology and Evolution」誌に掲載されました。

<発表のポイント>

◆成果:沖縄山原で開通後の年月がさまざまな林道を選び、道路脇環境で見つかったアリの顔ぶれを比較しました。道路を作り森林に手を加えると外来種のアリが侵入することを明らかにし、さらにその後のアリ種の顔ぶれの変遷を調べました。

◆新規性(何が新しいのか):外来種が侵略的になるのは、外来種の強い競争力が原因だとする説と、外来種が増えやすい環境を人が作り出すことが重要だという説があります。本研究は世界自然遺産の山原の森林で、後者の説を支持する証拠を提出しました。林道を作るとアシナガキアリ(写真)などの外来アリが侵入し、開通直後から少なくとも15年くらいのあいだ林道脇に棲みつきます。しかしさらに時間が経ち道路脇の植生が回復してくると、外来アリが次第に数を減らしていくことが示唆されました。

◆社会的意義/将来の展望:過去に伐採など利用痕跡が広くみられる山原森林に、ヤンバルクイナなどの多くの希少生物が絶滅せず生存し続けているのはなぜか。この研究は、山原の生態系には修復能力(レジリエンス)がある程度あり、それが希少生物を絶滅から守ってきた可能性を間接的に示しました。山原が生物多様性の宝庫であり続けるには、人的環境撹乱が修復能力を超えない大きさに管理することが重要です。また、外来アリの防除は殺虫剤による駆除が中心ですが、山原のような自然保護地域では薬剤使用は困難な場合も多いでしょう。そんな場合は、植生などの棲息環境の回復に努めるのが有効な戦略かもしれません。




<発表概要>
①研究の背景・先行研究における問題点

 山原(やんばる):山原(沖縄本島北部)や西表島など、琉球列島には見た目がワイルドな森林が比較的多く残っていますが、実はそのほとんどに過去の伐採など人による利用の形跡が見られることが森林の履歴の研究で判明しています1。それゆえ「手付かずの自然」を重視する立場からは、その自然保護上の価値を疑問視する意見も一部で聞かれます。その一方で、人為がおよんでいるにも関わらず、ヤンバルテナガコガネやノグチゲラなど固有種や希少生物がいまでも多数そこに棲み続けており、リュウキュウアユの沖縄島個体群を除き、少なくとも動物では絶滅の報告はありません。生物多様性の涵養地としてのこの価値が認められ、山原地域は最近になって国立公園と世界自然遺産の両方に選定されました。しかし利用の痕跡があるにもかかわらず、多くの野生生物が生き残ってきたのはなぜでしょう。本研究では、山原森林の生態系修復能力(レジリエンス)に注目しました。山原森林は手付かずではないけれど、その修復能力ゆえに希少生物の棲み場所であり続けてきたのではという仮説をたてました。

 外来アリ:本研究では外来アリに注目しました。アリは世界で約1万4千種が知られ種多様性が高いことと侵略的外来種を多く含むことから環境指標生物として世界で使われています。琉球列島には日本全体のおよそ半分にあたる約150種のアリの分布が確認されています。過去の研究で山原の成熟した森林には外来アリがほとんどみつからないことが報告されています2。しかし同時に、林道脇や集落、伐採後の開けた場所などにはアシナガキアリやツヤオオズアリなどの侵略性が強いといわれる外来種がよく見つかることも知られていました2-4。アリに限らず外来種は一般に人の活動に便乗して分布を拡大します5。山原に一旦侵入した外来アリはこのままだと森全体に蔓延してしまうのでしょうか。

②研究内容(具体的な手法など詳細)

 調査方法:山原の過去50年以上伐採を経験していない高林齢の場所をえらび、そこに開通している林道とその周辺環境を調査地にしました。林道開通後25年程度経過した場所(2箇所)、林道開通後15年程度経過した場所(2箇所)、林道開通後5年以内の場所(2箇所)の計6つを調査地とし、6つそれぞれの調査地で林道から森林内にむけ直角に20 mのラインを5本引きました(ラインは合計30本)。ラインとラインのあいだは50 m以上あけています。このライン上に5 m間隔で調査ポイントを設置し、そこにトラップを置いてアリを採取しました。調査ポイントでは温度と湿度も計測しました。アリの顔ぶれに林道開設後の時間や林道からの距離などとの関係が見られるかを統計学的に検討しました。

 道路脇の気温変化:図1を見てください。森林に舗装道路をつくると道路脇環境はより高温で乾燥したものになります(赤:各距離の左の値)。この状況は開通後少なくとも15年は続くようです(灰:各距離の中の値)。しかし開通後25年以上経つと、林道脇の気温はやや下がり湿度も上りました(青、各距離の右の値)。つまり道路脇の物理環境は林内奥(20 m付近を参照してください)のそれと差が小さくなったのです。これは道路脇の植生が回復したためだと推測されました。なぜなら横方向に伸びた樹木の枝で路上から空が見えにくくなっていたのは、開通後25年後の道路だけだったからです。

 アリの種数の変化:林道脇で採れたアリの顔ぶれを図2に示しました。森林に舗装道路をつくると道路脇の林内5 mから10 mぐらいの地表では外来アリがよく見つかるようになります。そしてこの状況は開通後少なくとも15年は続くようです(赤:左、灰:中)。一方、道路脇の植生が回復した開通後25年経過した林道脇では外来アリがほとんど姿を消していました(青:右)。在来アリの種数は道路開通後の年月とは明確な関係は見られませんでしたが、興味深いことに道路すぐ脇では外来アリ同様に種数が多い傾向が見られました。データは省きますが種数でなく個体数に注目しても同様の傾向でした。
 結果は、山原の森林に道路を作ると外来アリが侵入することを明らかにしましたが、同時に林道周辺の植生を回復させるなど適正な管理をするとアリ相も回復しうることを示唆しています。

 森林内部でのアリ相の変化:これと並行し、やはり過去50年以上伐採を経験していない高林齢の場所で同様のトラップによるアリ相調査をしました。ただしここは林道脇ではなく森林内部です。ここでは森林管理者による下刈り(下層植生の間引き)が行われましたが、その直前とその後の数年間でアリの顔ぶれを調べました。その結果、下刈の翌年から少なくとも2年間、外来種のアシジロヒラフシアリの発見頻度が伐採前の数倍に膨れ上がりました。しかし下刈り後7年経つとアシジロヒラフシアリの発見頻度は伐採前の状態に近づきました。一方、下刈りを経験しなかった場所では同じ研究期間のアリの顔ぶれは概ね安定していました。これは、1回だけの観察ながら、樹木の間引きという人為撹乱が外来種アシジロヒラフシアリを蔓延させる引き金となったことを直接的に示す結果です。またここでも時間の経過とともに、外来種の多い状態から少ない状態へとアリの顔ぶれが修復される可能性が示されています。

 

 

①社会的意義・今後の予定など

 生態系修復能力:この研究で、山原が手付かずの自然ではないにもかかわらず多くの希少生物の生息地であり続けてきた裏には、生態系修復能力があった可能性が示唆されました。山原がこれら生き物たちの安住の地であり続けるには、撹乱の大きさが修復能力を超えないよう管理することが重要です。また、外来アリの防除は殺虫剤による駆除が中心ですが、山原のような自然保護地域では薬剤使用は困難な場合も多いでしょう。そんな場合は、植生などの棲息環境の回復に努めるのが有効な戦略かもしれません。

 注意点:しかしながらこの研究結果の解釈には注意が必要です。まず結果は沖縄本島にすでに侵入している外来アリに関するもので、未侵入の外来アリ種や他の分類群の外来種にあてはまるかはまだ不明です。例えば、ヤンバルクイナの個体数回復には外来種マングースの駆除が確実に貢献しました。駆除を優先するか、棲息環境の回復を優先ポリシーとするかはケースバイケースの注意深い考察が必要でしょう。

 修復の限界:また、林道脇では外来アリだけでなく在来アリも多くなっていました。これはおそらく中程度の撹乱効果と生態学で呼ばれるものです。しかしもっと広範囲に強く撹乱された環境、たとえば裸地や畑地では、アリの顔ぶれがすっかり変わり外来種が優占することが先行研究で知られています2。いかにレジリエンスがあるとはいえ修復できるのはある程度の撹乱までなのは明らかです。実際、この研究でも環境撹乱後のアリ群集が外来種侵入から「自然に回復する」のに25年という長い年月がかかると推測されました。

 今後の研究:最後に、林道脇のデータに関しては、同じ場所で継時観察したものではないことにも留意すべきです。開通25年後の2つの林道脇調査地には何らかの理由で 初めから外来アリが少なかった可能性も否定しきれません。しかしこの疑問は今後の研究で解決できる可能性があります。実はデータは2005年から2006年にとられたものなのです。今これらの場所がどうなっているのか調べれば、レジリエンス仮説がより直接的に検証できるでしょう。たとえば外来種の多かった当時開通後15年だった場所ではいまアリ相が回復しているのでしょうか。今後の研究が待ち望まれます。

 

引用文献
1.    Abe, T., Kudo, T., Saito, K., Takashima, T., et al. (2021) Plant indicator species for the conservation of priority forest in an insular forestry area, Yambaru, Okinawa Island. Journal of Forest Research, 26:3, 181-191. DOI: 10.1080/13416979.2020.1858535

2.    Yamauchi, K., & Ogata, K. (1995). Social structure and reproductive systems of tramp versus endemic ants (Hymenoptera: Formicidae) of the Ryukyu Islands. Pacific Science, 49, 55–68.

3.    Suwabe, M., Ohnishi, H., Kikuchi, T., Kawara, K., & Tsuji, K. (2009). Difference in seasonal activity pattern between non-native and native ants in subtropical forest of Okinawa Island, Japan. Ecological Research, 24, 637–643. DOI: 10.1007/s11284-008-0534-9

4.    Tanaka, H., Ohnishi, H., Tatsuta. H., & Tsuji, K. (2011). An analysis of mutualistic interactions between exotic ants and honeydew producers in the Yambaru district of Okinawa Island, Japan. Ecological Research, 26, 931–941. DOI: 10.1007/s11284-011-0851-2

5.     橋本佳明(編集)(2020)「外来アリのはなし」朝倉書店 191p.

 

<論文情報>
(1)タイトル Resilience of native ant community against invasion of exotic ants after anthropogenic disturbances of forest habitats
        (和訳)森林生息地の人為撹乱後の外来アリの侵入に対する在来アリ群集のレジリエンス

   雑誌名:Ecology and Evolution

(2)著者 下地博之 1  諏訪部真友子2  菊地友則3 大西一志4 田中宏卓5 河原健悟6 日高雄亮6 榎木勉7辻和希(瑞樹)6, 8*   

* Corresponding author 1 関西学院大学生命環境学部 2 沖縄科学技術大学院大学(OIST)環境科学セクション 3 千葉大学海洋バイオシステム研究センター 
4 環境省関東地方環境事務所野生生物課 5 九州大学総合研究博物館協力研究員 6 琉球大学農学部
7 九州大学農学研究院 環境農学部門 8鹿児島大学連合大学院連合農学研究科

(3)DOI番号:10.1002/ece3.9073

(4)アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1002/ece3.9073