研究成果

CAR-T療法(血液悪性腫瘍に対する新規細胞治療)沖縄県に初導入 目標3:すべての人に健康と福祉を

     このたび、琉球大学病院第二内科は3種類のCAR-T製剤の認証(B細胞性悪性リンパ腫に対するイエスカルタとブレヤンジ、多発性骨髄腫に対するアベクマ)を取得し、B細胞性悪性リンパ腫と多発性骨髄腫のCAR-T療法が沖縄県内でも開始できることになりました。
     再発難治性の血液悪性腫瘍に罹患された症例のうち、既存の抗がん剤で完治しない症例や造血幹細胞移植が適応にならない症例に対して高い効果を示す新規治療法としてCAR-T療法が注目されています。
     CAR-T療法は患者さんの持つ免疫の力を活用してがんを治療する「がん免疫療法」の一つで、患者さん自身のT細胞(悪性腫瘍を攻撃する免疫細胞)を取り出し、遺伝子編集技術を用いてCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なたんぱく質を作るように改変します。CARは、がん細胞の表面に発現する特定の抗原を認識し攻撃するように設計されており、CARを作成するT細胞をCAR-T細胞と呼びます。このCAR-T細胞を患者さんに投与することにより、血液がんを完治させるのがCAR-T療法です。
     なお、CAR-T療法が行える施設は県内では琉球大学病院第二内科が初、九州・沖縄地方では九州大学病院、熊本大学病院に次いで3施設目となります。

    <がんに対する免疫療法>

     日本人の2人に1人が罹患するがんに対して、外科療法、化学療法、放射線療法の3本柱で治療が行われています。近年、がん治療の第4の柱として免疫療法への期待が高まっています。がん免疫療法は体内の免疫の力を利用してがんを治療する方法で、2018年に本庶佑博士がノーベル生理学・医学賞を受賞したこともあって話題になった「免疫チェックポイント阻害薬」もその一つです。最先端のがん免疫療法として注目されている治療の1つが遺伝子を改変したT細胞を用いたCAR-T(カーティー)療法で、臨床試験の結果では難治性の急性リンパ芽球性白血病症例の7割から9割に完全寛解が得られるなど驚異的な成績が次々と報告され、現在では固形がんへ適応を拡げる研究開発が進んでいます。

    <がん免疫>

     私たちの身体に備わる免疫システムは、基本的に2つの仕組みから成り立っています。1つは自然免疫*1で主に好中球やマクロファージ、樹状細胞といった食細胞やナチュラルキラー(NK)細胞などが主役で、全身をパトロールして外敵が侵入したり、がん化した細胞を見つけると即座に攻撃します。2つ目が獲得免疫*2で自然免疫から異物の情報を受け取ると、自然免疫の監視をかいくぐったがん細胞に対して攻撃します。獲得免疫で活躍する細胞はT細胞やB細胞といったリンパ球です。なかでも、がんを攻撃する免疫部隊のエースがT細胞で、強力な細胞殺傷能力をもつキラーT細胞や、他の免疫細胞のはたらきを調節するヘルパーT細胞などが連携して働きます。

    <がん免疫療法>

     がん免疫療法には2つの代表的な薬剤があります。1つ目が、既に使用されている免疫チェックポイント阻害薬です。がん細胞は自らが生き残るため、がんを攻撃するT細胞が働かないように免疫システムにブレーキをかけて攻撃から逃れようとする戦略を取ります。免疫チェックポイント阻害薬はこの免疫にかけられたブレーキを解除してT細胞を活性化させることで、がん細胞への攻撃を復活させます。もう1つがCAR-T療法です。CAR-T療法は患者さんからT細胞を取り出して遺伝子を操作し、がん細胞を集中的に狙って活発に攻撃できる強力な細胞に改造します。その後、改造T細胞を培養液で増殖させた後に患者体内に戻し、がん細胞を攻撃させる治療法です。これまで、難治性血液がんにおける根本治療は造血幹細胞移植*3でした。しかし、造血幹細胞移植は他人の細胞を患者に移植するためドナーの負担がつきものです。そして、治療がうまく行っても他人の細胞を移植したことによって生じる反応によって命を落とすこともあります。しかし、CAR-T療法は自己の細胞を使用するためこのような問題が生じず、造血幹細胞移植に取って代わる治療法として期待されています。
      このたび、琉球大学病院第二内科は3種類のCAR-T製剤の認証(B細胞性悪性リンパ腫に対するイエスカルタとブレヤンジ、多発性骨髄腫に対するアベクマ)を取得しました。この3剤が使用できる施設は県内では琉球大学病院第二内科が初、九州地方では九州大学病院、熊本大学病院に次いで3施設目となります。

    <CAR-T細胞の詳細>

     がん細胞への先制攻撃は、樹状細胞やマクロファージ、NK細胞といった自然免疫が行います。がん細胞を食べた樹状細胞やマクロファージはがん細胞がもつ目印(抗原)を記憶し、「抗原提示」を行って獲得免疫であるT細胞やB細胞へがん細胞の情報を提供します。
     抗原提示を受けると、B細胞は抗体を作り、T細胞は活性化してがん細胞への攻撃を開始します。T細胞を活性化するには、2つのシグナル伝達が必要です。1つは、主要組織適合抗原(MHC)が提示した抗原ペプチドを認識したT細胞受容体(TCR)からのシグナルです。これによって、がん細胞を攻撃すべき「異物(敵)」と認識します。もう1つは、共刺激シグナルと呼ばれ、抗原提示細胞上のある分子とT細胞上にあるCD28やCD137(4-1BB)といった分子の結合により発生する別経路のシグナルです。これらの2つのシグナルが入って初めてT細胞は充分に活性化し、増殖してがん細胞を攻撃します。
     しかし、がん細胞は免疫による攻撃から逃れるために、抗原や共刺激分子の発現を低下・消失させるなどして、シグナル伝達を阻害することでT細胞の活性化を防ごうとします。こうしたがん細胞による“免疫回避作戦”に打ち勝つために考え出されたのが、CAR-T療法です。CAR-TのCAR(chimeric antigen receptor)は「キメラ抗原受容体」という意味で、TはT細胞のことです。キメラは、ギリシャ神話に登場するライオンの頭、蛇の尾、ヤギの胴を持つ伝説の怪獣です。CAR=キメラ抗原受容体は、伝説の怪獣のように由来が異なった成分が融合して構成されています。具体的には、抗体の抗原認識部位とTCRのゼータ鎖の間に共刺激シグナル発生ユニットが挟み込まれた形になるよう設計されています(図1参照)。遺伝子編集によってCARを生産するようになったCAR-T細胞は、患者さんの体内に戻されると、T細胞でありながら抗体分子でがん抗原の認識を行うため、がん細胞に対して正確にアタックしやすく、同時に共刺激シグナルを発生する、非常に強力なキラーT細胞に“変身改造”できるのです(図2参照)。

    <CAR-T療法における実際の流れ>

     まず、患者さんの末梢血からリンパ球を取り出すことからスタートします。ベッドに横になった状態で、アフェレーシスという機械で血液を体外循環させてリンパ球だけを取り出します(患者さんは一旦、ここで帰ります)。取り出したリンパ球に対してウイルスベクターを用いて遺伝子導入することでCARを発現させます。ベクターは遺伝子を細胞に運ぶ仕事を受け持つ道具のことで“遺伝子の運び屋”と呼ばれますが、その運び屋の仕事をより効率よくするためにウイルスの力を利用することが多く、ウイルスベクター*4と呼ばれます。ウイルスを体の中に入れるとなるとインフルエンザなどの病気を連想して「怖い」と感じる人もいるかもしれませんが、ベクターとして使うときは毒性を抜き取ってあるので問題ありません。培養されたCAR-T細胞は後日、輸注(点滴)により患者さんの体に戻されます。
     CAR-T細胞を作製する作業は現時点では国外で行われます。培養には10日から2週間程度かかり、さらに製品の綿密な品質検査が必要なため、投与の準備が完了するには1か月ほどかかります。患者さんはCAR-T細胞の準備が完了する前後に入院し、CAR-T細胞療法の効果を高めるため事前に抗がん剤で体内のリンパ球を減らし(数日間)、その後にCAR-T細胞を投与します。投与後は合併症のリスクをコントロールするため、1ヶ月程度入院を継続するのが一般的です。 

    <用語解説>

    *1 自然免疫:からだの中に自分の細胞以外の物質(たとえば、細菌やウイルス)が入ってくると、その侵入者である抗原に対して攻撃します。このようにからだが自然に反応する最初の免疫を自然免疫とよびます。

    *2 獲得免疫:自然免疫で攻撃を行った抗原に再び出会ったとき、抗原の形を記憶して学習し、今後も繰り返し出会うときに備えて用意しておく免疫を獲得免疫といいます

    *3 造血幹細胞移植:化学療法(抗がん剤)や放射線治療によって骨髄に潜むがん細胞を破壊します。このとき、正常細胞もあおりを受けて消滅してしまいますが、これらの処置の後に赤血球・白血球・血小板などの血液細胞の親玉である“造血幹細胞”を点滴で体内に移植することで正常造血を再構築する治療のことです。主に白血病などの血液がんに対して、抗がん剤治療などの一般的な治療のみでは完治が難しいケースに行われます。

    *4 ウイルスベクター:遺伝子操作によって複製や増殖能を欠損させて毒性を消失または減弱させたウイルスに対して、目的遺伝子を組み込みます。その後、その目的遺伝子を感染細胞へ導入し発現させように処理するウイルス由来の運搬体を指します。ウイルスの能力を利用して、目的タンパク質を作製したり、逆にその効力を落としたりできます。

    <論文情報>

    Abramson JS, et al. Blood. 2023;141:1675-1684
    Anderson LD, et al. Transplant Cell Ther. 2024;30:17-37.