研究成果

市民科学で明らかにされた海洋生物の新たな知見〜⼤⼈気の⿂の写真で⾒過ごされてきた多⽑類の広がりと⾏動の解明〜 目標14:海の豊かさを守ろう

     琉球大学理学部のライマー教授らの研究チームが、市民科学プラットフォーム「iNaturalist」(https://www.inaturalist.org)に掲載されたタツノオトシゴの一種でダイバーに人気のある“ピグミーシーホース”(Hippocampus bargibanti)の写真を用い、1956年以降記録されていなかった多毛類(ゴカイなどの仲間)Haplosyllis anthogorgicolaハプロシリス・アンソゴルジコラの新たな分布と行動を明らかにしました。この研究成果は国際学術誌の「Proceedings of the Royal Society B」に掲載されました。

    <発表のポイント>
    •  研究チームは、沖縄と高知の海域で、Anthogorgiidaeアントゴルジア科の八放サンゴと共生する多毛類Haplosyllis anthogorgicolaを観察・採集し、1956年の新種記載以来の68年ぶりの報告をしました。
    • iNaturalistのピグミーシーホース写真から、この種と共生する今回報告した多毛類がインド太平洋全体に広く分布している可能性を示しました。また、特定の状況下では、この多毛類がサンゴを守るために攻撃的行動を見せることも観察しました。
    • この研究により、サンゴの保存と絶滅危惧種のタツノオトシゴの共生関係についての理解が深まり、将来的にはサンゴ礁生態系の保護に貢献する可能性が示唆されます。


    図1.多毛類の一種Haplosyllis anthogorgicola

     

     本研究は、市民科学プラットフォーム「iNaturalist」(https://www.inaturalist.org)に投稿された写真を用い、サンゴ礁生態系における新たな共生関係と、見過ごされがちな多毛類の分布と行動を明らかにするものです。琉球大学理学部のクロエ・フォーロー氏(大学院生)とライマー教授の研究チームは、八放サンゴAnthogorgiidaeアントゴルジア科(図2)に共生する多毛類Haplosyllis anthogorgicola ハプロシリス・アンソゴルジコラ(注1)が沖縄や高知の海域に分布していることを観察し、1956年の新種として記載されて以来、68年ぶりに記録しました。


    図2.八放サンゴAnthogorgiidaeアントゴルジア科の一種の群体

    図3.写真中央にピグミーシーホース(Hippocampus bargibanti
    が紛れている

    研究の背景・先行研究での課題
     サンゴ礁には多様な生物が共生しており、その中には寄生・共生関係を築く小型生物も含まれます。しかし、Haplosyllis anthogorgicolaのような小型多毛類(注2)は長年記録がなく、分布や生態が十分に研究されていませんでした。さらに、同じサンゴに共生するタツノオトシゴの一種である“ピグミーシーホース”(Hippocampus bargibanti)(図3)は、観光業での人気が高く、ダイバーによる水中写真も多いため、市民科学の写真データからも詳細な情報が得られるであろうというアイデアがありましたが、これまでそれを活用した研究は行われていませんでした。

    研究の方法と結果
     本研究では、iNaturalistの写真データ(研究グレードの写真652件)を解析し、タツノオトシゴが写り込んだサンゴの画像にて、Haplosyllis anthogorgicolaの生息痕跡や構造(巣穴やトンネル)を観察しました。この結果、私たち研究グループは、この多毛類がインド–太平洋全体に広がっている可能性を示すことができました。また、サンゴの枝やポリプの周辺で観察された行動には、他の生物への反応やクリーニング機能(注3)を持つ可能性も確認しました。さらに、特定の状況下では、この多毛類がサンゴや自身を守るためにタツノオトシゴに対して防御的な行動を示すことが観察され、共生関係における役割が再評価される契機となりました。

    この多毛類で新たにわかったこと
     Haplosyllis anthogorgicolaが同種の八放サンゴの共生者であるタツノオトシゴと密接に関連し、市民科学の写真データを通して、その分布域が従来考えられていたよりも広範にわたる可能性があることを初めて明らかにしました。また、多くの人々による市民科学の写真から収集した行動データによって、多毛類がクリーニングや防御機能を持ち、複雑な生態系の一環として作用していることが示唆されました。

    社会的意義/将来の展望
     この発見は、サンゴ礁生態系の保全活動において重要な意味を持ちます。多毛類の一種Haplosyllis anthogorgicolaと八放サンゴおよびタツノオトシゴの共生関係に関する理解が進むことで、サンゴ礁の生態系の多様性を守り、絶滅危惧種のタツノオトシゴの保護にもつながると期待されます。また、市民科学が学術研究の補完的役割を果たす大きな可能性も示されており、今後の研究ではさらなる詳細なデータを基に、これらの共生関係の維持メカニズムや相互作用を調査する予定です。 

    <用語解説>

    (注1)Haplosyllis anthogorgicola: 八放サンゴの組織内に住み、ポリプ周辺に巣穴を作る多毛類の一種。
    (注2)多毛類: 環形動物のうち、体表に毛状の構造を持つ種類の総称。主に海洋に生息する。
    (注3)クリーニング機能: 他の生物の体表を清掃し、寄生虫や老廃物を取り除く行動。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:「The Trojan Seahorse: Citizen science pictures of a seahorse harbour insights into the distribution and behaviour of a long-overlooked polychaete worm」(和訳:トロイのタツノオトシゴ:市民科学写真を用いた見過ごされてきた多毛類の分布と行動に関する洞察)
    2. 雑誌名:Proceedings of the Royal Society B
    3. 著 者:Chloé Julie Loïs Fourreau*, Laura Macrina, Jue Alef A. Lalas, Ai Takahata, Tatsuki Koido, James Davis Reimer
    4. DOI番号:https://doi.org/10.1098/rspb.2024.1780
    5. アブストラクトURL:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2024.1780