研究成果

ノコギリエイは国内において絶滅していたことを解明 目標14:海の豊かさを守ろう

     琉球大学理学部小枝助教らの研究チームによる研究成果が、学術雑誌「魚類学雑誌」誌に掲載されました。

    <発表のポイント>
    • 東京大学総合研究博物館所蔵の古標本群から1928年に東京市場で水揚げされたノコギリエイ科魚類の標本を発見した。

    • 日本のノコギリエイ科には2種が含まれていることが分かった。

    • 16世紀にまで遡る徹底的な文献調査の結果、少なくとも1種は日本国内において絶滅していたことが明らかになった。

    <発表概要>

     ノコギリエイ科はエイ類としては最も大型であり、最大全長は7 mにも達します。いずれの種も沿岸環境の悪化や乱獲により個体数が減少し、分布域の減少も懸念されるなど絶滅の危機に瀕しています。今回、琉球大学理学部海洋自然科学科生物系の小枝圭太助教による東京大学総合研究博物館動物部門に収蔵される魚類標本の包括的な整理・調査の過程において、1928年3月5日に東京市場にて水揚げされた九州西方の東シナ海産とみられるAnoxypristis cuspidata(読み:アノキシプリスティス カスピダータ)(サカタザメ目ノコギリエイ科)1 標本を確認しました。そこで、国内に残されたノコギリエイ科の標本について分類学的な観察をおこなうとともに、さらに神奈川県立生命の星・地球館の瀬能 宏 博士との共同研究により、16世紀から現在に至るまでに日本および東アジア域から報告された本科魚類に関する文献資料を整理しました。

     その結果、日本にはノコギリエイ科のエイは1種だけが分布するとされてきましたが、実は2種が含まれていること、それらの和名や種の認識に混乱がみられること、両種とも、とりわけノコギリエイAnoxypristis cuspidataについては当該海域において絶滅と判断するに十分な50年以上もの間、正確な記録がないことなどを明らかになりました。本研究ではこれらの諸問題を整理するとともに、ノコギリエイについては国内絶滅1)の確かな例として発表するに至りました。日本において国内絶滅が証明された実例は、海産魚類としては初めてとなります。

    なお、今回の研究で日本にも分布していたことが確認されたAnoxypristis cuspidataには標準和名ノコギリエイを適用し、もう一種のノコギリエイ科Pristis pristis(読み:プリスティス プリスティス)には新標準和名オオノコギリエイを新たに提唱しました。

    <研究代表者(小枝)のコメント>

     はじめて東京大学総合研究博物館の魚類標本庫からノコギリエイ科の標本を発見したときは、2つの点に非常に驚いたことをよく覚えています。ひとつは水揚げ場所が東京市場であったこと。さらに、調査を進めていくとこの標本がおそらく東シナ海で漁獲されたのち、東京まで運ばれたものであることが分かってきました。もうひとつは、その標本が私の認識していたノコギリエイとは大きく異なっていたこと。こちらも文献や標本の調査を進めていくと、「ノコギリエイ」という魚の認識が1990年代後半を境に全く別の種に置き換わってしまっていたことが明らかになりました。

     これらの問題を整理する過程で時には長い巻尺で全長5 mもある標本の計測を実施し、時には江戸時代に出版された古文書を読み解くなど、和名の問題を整理し、国内における絶滅を客観的に納得のできる証拠を集めることに奔走しました。何より、海という人類の手の届かない場所が多く存在する環境において、生物が「いない」ことを証明することが難しかったと感じています。

     今回の成果は、過去から現在に至るまでに日本の魚類学者たちが蓄積した膨大かつ貴重な魚類標本群、さらには本草学・博物学・分類学・生物地理学・生物多様性といった様々な視点で出版された文献資料に対して多面的にアプローチできた結果であると考えています。種が地域において絶滅してしまっていたという事実は、生物学者として極めて残念ではありますが、このような事実が気づかないうちに進行してしまっていることを理解するための重要な事例となれたのではないかと感じています。

    <用語解説>

    1)国内絶滅:国内において50年以上の確認例がない場合、環境省レッドリストの判定基準として国内絶滅に該当する。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル:Anoxypristis cuspidata(サカタザメ目ノコギリエイ科)の日本における記録と適用すべき和名および日本国内における生息状況
    2. 雑誌名:魚類学雑誌:6月20日(オンライン;魚類学会員限定公開)
    3. 著者:小枝圭太*(琉球大学理学部 助教)
      瀬能 宏(神奈川県立生命の星・地球博物館)
    4. DOI番号:10.11369/jji.23–042(オンライン;魚類学会員限定公開)
    <画像提供>


    Koeda_image1:東京大学から発見されたノコギリエイの標本


    Koeda_image2: 巨大なオオノコギリエイの標本を観察・計測する様子


    Koeda_image3: 1590年に李により出版された「本草綱目」に沙魚(胡沙)として登場するノコギリエイ科